第4話 この王子には違和感が
木曜の午後。
毎週、楽しみにしている、我妻准教授の「ドイツ中世史」の講義前。
雅紀は教室で林太郎に会い、昨夜の夢の話をした。今度は、我妻先生に無視されたので、林太郎の機嫌を
「4時間も寝られたんだ、大進歩じゃん。やっぱり『安眠石』って効果があるんだな」
さすがは我が家の家宝、と林太郎は満足そうだ。確かに4時間、熟睡できたので、かなり頭がすっきりしている。
「今度は江戸時代か。でもって俺が、雅紀の弟」
にやにやする林太郎。
「笑いごとじゃないよ。腹を切れ、って迫るリン、マジ怖かった」
「今度は、もっといい役で出してくれ」
林太郎はそう言ったが、雅紀は、
「ンなこと言われても。俺の意思で夢の中身を決められるわけじゃないから」
そこへ、我妻先生が入ってきた。本日ももちろん、スーツ姿がきまっている。
「我妻、結婚してるってよ。去年、入籍したんだと」
小声でリンが言う。
「そう」
急なことで、そう聞いても、現実味がない。先生のソフトな声が、全く耳に入らず、じわじわとショックが広がっていく。
(そうだよな。あんな素敵な先生に、誰もいないはず、なかったんだ)
傷心のまま、雅紀はアパートに帰った。
がらんとした殺風景な部屋。床はフローリングだが、和室に使われる砂壁、それも抹茶色というアンバランスさ。畳を外して床だけ洋風にリフォームしたのが丸わかりな、古い部屋だ。
それでも、家賃は安いし、ベッドも置けるので、雅紀は気に入っている。
ベッドに腰かけ、枕の下の「安眠石」を取り出し、手にとって眺める。
(今夜も、またヘンな夢、見せられるのかな。これ以上、落ち込みたくないんだけど)
我妻先生には失恋決定だし、リンには彼女がいるみたいだし。
でも、せっかくリンが、自分のことを思って貸したくれたのだから、と思い直し、雅紀は石を、枕の下に戻した。
「オーロラ姫様、16歳のお誕生日、おめでとうございます」
大広間のあちこちから祝福の声が上がる。
「ありがとう」
愛らしいドレスに身を包んだ雅紀は、にこやかに周囲に手を振った。二度目にして、すっかり女装にも慣れた感じ。
(16歳か、若返ったな)
雅紀は気をよくしていた。もう昨日のように、おっさんとは言わせない!
今日は「オーロラ姫」らしい。「眠りの森の美女」のヒロイン。誰もが知ってる物語で、雅紀にも、自分がこれからどうなるのか、容易に想像がつく。
(不眠症の俺がこれから100年、眠ることになるなんて、皮肉だなあ)
宴は続き、イケメン王子が4人も登場。いずれも、オーロラ姫に求婚するために、遠い国から、はるばるやってきたのだ。
(求婚者が4人も。いきなりもててるな、俺)
といっても夢の中の話だし。と、すっかり冷めている雅紀だった。
それぞれの王子から一輪のバラを受け取る。そろって見目麗しいが、
(リン!)
いきなり胸が高鳴った。
最後の王子は、林太郎だった。大きな羽飾りのついた帽子、マントもよく似合う。
雅紀に深紅のバラを捧げ、
「姫。どうか、私と結婚してください」
と、熱くささやく。
もちろんです、と言いたかったが、声が出ない。
(それに、これから俺は100年の眠りについて、別の王子と結婚する運命。「眠り」の筋書き通りなら)
あきらめるしかない雅紀だった。
その後。つむぎ針を指に刺してしまい、雅紀@オーロラ姫の意識は、遠のいていった。
気が付くと、目の前に、派手な化粧の、きれいな顔があった。
「おお、いとしのオーロラ姫、目覚められたか」
王子様、のようだ。けばい化粧に、何か違和感がある。
(はいはい、この人のキスで、俺は100年の眠りから目覚めたわけね)
今日の王子様には、はっきり言って、ちっとも、ときめかない。
(今日は、我妻先生じゃないんだ。先生が結婚してたって聞いて、夢で逢いたいとも思わなくなったのかな)
襲われかけたり、無視されたり。というのも悲しいが、全く会えないのも寂しい。乙女心(?)は複雑なのだった。
大広間では、オーロラ姫の結婚式が盛大に行われている。
盛装した厚化粧王子が、愛がどう、バラがこう、と甘ったるく仰々しい歌を、高らかに歌い上げる。
おとぎの国から、青い鳥、長靴をはいた猫、赤ずきんとオオカミなどがお祝いに駆けつけ、踊って踊って、華やかな祝宴は幕を閉じだ。
「はあー、疲れた」
雅紀はベッドに倒れこんだ。もうくたくた。このまま寝てしまいたい。
いつの間にか、雅紀は、白いネグリジェ姿になっている。
「さあ、姫。私と愛の一夜を過ごそうではないか」
厚化粧王子が、じりじりと迫る。
やはり、ときめかない相手では、仕方ないことなのか。
王子が上着に続いてフリルのブラウスを脱ぐと、白い胸があらわになった。さらしをきつく巻いた胸には、深い谷間がくっきりと。
(胸の、谷間?)
雅紀は、気づいた。
「あ、あなた、女の人!」
そうだ、どこかで見たことがあると思ったら。母がはまっていた、タカラヅカの男役だ!
「女だったら、なんだというのだ」
男装の麗人王子が、険しい顔になる。
「俺、ゲイなんです、女の人とはムリ、ムリですっ!」
腰が抜け、逃げることもできない雅紀。
「私に恥をかかせる気か、どうしてもアカンのなら、そんな役立たず、切り落としてくれるわ!」
剣を抜き、雅紀の股間に突きつける、タカラヅカ王子。
「やめて、たすけて、かあちゃーん!!!」
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