第7話 天人(月とかぐやの連絡係)
「(やっと帰れるわね。)」
長かった。あれから実に20年の歳月がたった。
身を縮められ、”牢獄”に押し込まれた彼女。如何ばかりの苦痛であったことか。
私は、”牢獄”の降下点の近くで作業をしていた人のよさそうな翁を音波で操り、そこに導き、彼女に繋いだ。
彼女が地上に流された夜から、私と彼女の交信は続いてきた。
そして、「空」の情報を送り続けた。
彼女が決して絶望しないように。
罪をあがなうため、罰を受けさせながらも、時を経てまた戻ってこれるように、声をかけ続けた20年だった。
本来、不死の我らにとって、地上人にとっての20年など”光陰矢の如し”である。
本来ならもっと長い期間、彼女の地上降ろしは続いていたのかもしれない。
しかし、近年の状況の変化が、我らにとって早期に彼女を早期に戻さねばならない原因となっていた。
彼女が帰ってくれば「状況」は変わる。
もう、それしか手がないのだ。
心底そう思う。
今や、彼女の帰還は我らの最後の希望なのだ。
だからこんなに早く迎えに来たのだ。
忌むべき大陸からやってきた「仏」と呼ばれる存在。
地上人の信仰が我らの力となってきた。
今、我ら古来より日本各地に祀られている「空」の勢力は、劣勢を強いられている。
20年前、彼女は罪を犯した。
内通。
そう断ぜられた。
彼女の行動を、仲間たちは厳しく非難した。
彼女はそのとき、反論せず、ただ黙ってそれを受け入れていた。
しかし、私は知っている。冤罪であったことを。
20年間彼女のそばにいて、彼女と心を通わせながら、ずっと話を聞いてきたのだ。
彼女は決して私たちを裏切ってなどいなかったのだ。
彼女のあのときの行為を「裏切りだ!」と断罪するものがいるのは理解できる。
彼女は優しすぎるのだ。そして皆に愛されすぎるのだ。
誰もが、それをわかっていたのではないか。
戦力的な劣勢に追い込まれるかもしれないという不安よりも、彼女が自分たちだけを見てくれていないのでないかという嫉妬にも似た気持ちこそが、彼女の行為を罪と扱った原因だったのではないか。
そして、彼女に下された罰は、地上への流罪であった。
彼女の不死を奪い、命を奪い、永遠に彼女の存在をこの世からなくすることは誰にもできなかったのだ。
それは今も変わっていない。
仲間の思いも。彼女の性質も。
そう。
彼女は優しい。
優しいとは、「人」を「憂」うことである。
そもそもけっして、彼女は我々のシンボルになりたいわけではないのだ。
彼女は汚らわしいと我々がさげすんできた地上人たちに対して最大の配慮をしながらこちらに一歩また一歩と向かってくる。
何たる慈悲か。
そこまでしなくてもいいのにとも思う。もうこの者たちと会うことは二度とないのだから。
長年ともに過ごしてきたり、愛情を向けられたりするうちに、情が移ってしまったこともあろうが、植え付けられた差別や偏見というものはそんなに簡単に解消できるものではないのではないか。
ともに過ごしてきた者たちへの礼か。もうそんな表面を取り繕わなくていいのではないか。
それだけで、蔑んできた者たちへの対応が変わるものか。
顔も見たくない。近くにいたくない。吐いた息も吸いたくない、そんな相手と共に過ごしてきた鬱憤を晴らしてやってもいいのではないか。
私ならそうしてしまいそうだ。
そうしないまでも、態度や顔に出てしまいそうだ。
彼女は内心でいったいどのように考えているのだろう。
私には計れない、深い考えがあるのだろうとは思う。
彼女が筆を執り、帝にあてて文を記すのを見ながら
【異説】竹取物語「かぐや姫の昇天」登場人物たちの考えている事を覗いてみたら、みんな意外と色々と苦労していた? @togawa1228
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