えさをあたえないでください
秋空夕子
えさをあたえないでください
えさをあたえないでください
これは、Aさんが大学生だった頃の話だという。
若い頃からバイク好きだったAさんは、当時から休みの日にはバイクに乗ってツーリングするのが日課だったらしい。
その日も特に行き先も決めに山道を走っていたら、小さな街にたどり着いた。
そこはこれといった名所も名物もないらしい普通の街であり、どちらかと言えば寂れていて活気がなかったそうだ。
しかし、見知らぬ場所を散策するのも旅の楽しみだと感じていてAさんはバイクを押しながら街を見て回った。
すると、ある張り紙を見つけたそうなのだ。
その張り紙には人の顔が描かれていたのだが、Aさんは違和感を覚えた。
というのも、その張り紙には大きな文字で「えさをあたえないでください」と書かれていたのだ。
(は? なんだ、これ?)
野生の動物の餌付けを禁止している場所はたくさんあるし、そういうところではこういった張り紙は珍しくない。
しかし、その張り紙に描かれているのは動物ではなく人間なのだ。
(誰かの悪戯か?)
そう考えたAさんはまたバイクを押していったのだが、曲がり角を曲がった先にもまた同じ張り紙を見つけた。
描かれている人物も「えさをあたえないでください」という文言も全く同じ物。
よくよく確かめてみれば、そこかしこに同じ張り紙が貼られているのに気づいた。
(うわ……悪戯にしてもたちの悪いな。近所の人もどうして外さないんだ……)
人間をまるで動物のように扱うその張り紙に不快感を抱いていたAさんは、だんだんとここにいるのが億劫になってきた。
こんな街、さっさとさっさと出ようかと考えていると、誰かが近づく足音がしてAさんは振り向く。
するとそこには、一人の男がいた。
日焼けをしてやせ細り、肌も服も汚く汚れたその男は、確かに張り紙に描かれている人物とよく似ている。
その男と目があった瞬間、Aさんは思わず息を呑んで体を強張らせた。
ちょっとやそっとでは動じない自信があったが、今まで経験したことのない異様な状況に彼の頭はパニック寸前だ。
固まるAさんに何を思ったのか、男はフラフラとした足取りでさらに近づいてくる。
長い間、風呂に入っていないのか男が近づくほどに酷い異臭が鼻をつき、Aさんは思わず鼻を手で抑えた。
そんなAさんの態度に気を悪くした様子もなく、男はボソリと呟く。
「なにか、食べ物はありませんか?」
男のその質問にAさんは首を横にふった。
「持って、ないです……」
なんとかそれだけ返したが、男はさらに言葉を続ける。
「本当に? 本当に持っていませんか? ほんの少しでも?」
必死ですがるような男の声に、Aさんは逃げなくてはと咄嗟に判断した。
バイクにまたがりエンジンを入れると、男が「待って!」と声を張り上げる。
しかし、それを無視してバイクは走り出す。
「お願いだ、少し! 少しでいいから食べ物をっ」
男の懇願を聞こえないふりをして、Aさんはそのまま町を出て来た道を戻っていく。
街から出るまで……否、自宅につくまで後ろを振り向くことはできなかった。
「これは俺の想像なんですけど……」
話を終えた後、Aさんはそう前置きをして言った。
「あの男の人って、村八分に遭ってたんじゃないですかね。あの街って結構、田舎のほうだったし……どんなことをしたらあんな目に遭うのかはわかりませんけど。もしかしたら、大した理由なんてないのかも……」
Aさんは数年経った今でも、その街には決して近づかないようにしているのだという。
「気にならないといったら嘘になりますけど、それ以上に関わりたくないんですよね。だって、絶対にろくなことにならないじゃないですか」
その男性は今でもそんな状況にあるのか、それとも改善したのか、死んでしまったのか。
それだけでも確かめてみたいと思ったが、Aさんの言う通り絶対に後味の悪い話しか出てこなさそうなので、私もその街には近づかないようにしようと心に決めた。
えさをあたえないでください 秋空夕子 @akizora_y
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