収束型Wゼータエネルギー砲 634

流々(るる)

世界が終わる日

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

 七日前から、テレビはすべて録画による自動放送となった。もちろん、このニュース番組も。この状況で最新のニュースに関心を持つ者などいないし、そもそもテレビを見る者さえいないのかもしれない。


 NASA(アメリカ航空宇宙局)が巨大隕石の接近を発表したのは半年ほど前だった。あの時点では「地球付近を通過するかもしれない」だったのが、観測を続けた三か月前には「地球に接近する」へと変わり、宇宙ステーションからの情報を踏まえて検証した二か月前には「地球への衝突は不可避」となった。

 迫りくる隕石は地球の三分の二ほども直径があり、成層圏に突入する際に燃え尽きることはない。我が国が誇るスーパーコンピューター『富岳』でシミュレーションした結果は――隕石との衝突による地球の崩壊だった。


 すぐに国連の安全保障理事会が招集され、核弾頭を搭載した長距離弾道ミサイルによる隕石への攻撃が採択された。

 一ヶ月の準備期間を経た攻撃日には、おそらく世界中の人々がテレビの前で祈ったことだろう。アメリカ、ロシア、中国から発射された合計十五発のミサイルに全てが委ねられた。

 そして着弾予定とされたのが二十日前の金曜日。

 NASAからは十発の着弾と隕石の飛翔継続が発表された。


 人々が失望から絶望へと変わるのは必然だった。



「おはようございます。世界の終わりまであと六日になりました」


 このキャスターはどんな思いで原稿を読んだのだろうか。あと五日分も収録されているはずだ。テレビから伝わる表情や声は、感情を押さえて冷静にふるまおうとしているのが伝わってくる。

 世界の終わりを告げられ、人は混迷した。

 何処へ行っても同じなのに海外へ逃げ出す者、愛するものとともに好きなことをして過ごす者、この期におよんでも不平不満をまき散らす者、そして自ら命を絶つ者。

 誰も責められない。


 だが我々は希望を捨てていない。


「長官、そろそろ官邸で会議のお時間です」

「わかった。車を用意して待っていてくれ」

「かしこまりました」


 テレビのスイッチを消した。

 東京で断続的に停電が続いていることは、今日のニュースで触れられるはずもなかった。



「おはようございます。世界の終わりまであと五日になりました」


「我々の準備はあと三日で終わる。どうやら間に合いそうだよ」


 無表情のキャスターへ話し掛けてやった。

 本当なら全世界に向けて発表したい。

 しかし、我々がやろうとしていることは憲法に違反する超法規措置であり、国連憲章にも反する。くだらない邪魔が入って、地球を救えなくなってしまったら意味がない。

 今は極秘裏に進めるしかない。



「おはようございます。世界の終わりまであと四日になりました」


「エネルギー貯蔵率は目標値の九十二パーセントに達しました。全て予定通りです」

「近隣地区への避難勧告はどうなってる」

「押上地区を中心に錦糸町、浅草地区に避難指示を出しました。しかし、理由を明示しておりませんし、この状況なので家に留まっている者も多数いるとの報告が……」

「やむを得ないだろう。ぶっつけ本番だし、どのような被害が発生するかも分らんからな」


 実行日は二日後の十九時に決まった。



「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました」


 いよいよ明日、我が国が極秘裏に開発してきた対宇宙兵器、収束型Wゼータエネルギー砲 634ムサシ(Directed-W Zetta Energy Cannon634)による巨大隕石への攻撃を行う。

 従来の指向性エネルギー兵器(Directed-Energy Weapon)を応用し、エネルギー量を十の二十一乗(zetta)×二倍まで高めたのがこのエネルギー砲になる。

 専守防衛の理念を踏まえ、宇宙からの侵略に対抗することを想定して開発を進めてきた。そして唯一、実装したものがだ。

 電波塔としての機能だけでなく、巨大な固定砲として地下二階には管制室、地下三階にはエネルギー貯蔵庫が敷地一杯に拡がっている。


 最大の懸案はエネルギーの貯蔵だったが、約一ヶ月を掛けて都内の電力をスカイツリー地下に集中させて確保してきた。もし今回の攻撃が失敗に終われば、エネルギーを再貯蔵する猶予は残されていない。


 この星の命運は明日に掛かっている。



「おはようございます。世界の終わりまであと二日になりました」


 このキャスターの挨拶も今日で終わりにする。


 午後四時になり、官邸に設けられた指令室に入った。大きなモニターには管制室の様子とスカイツリーの映像が映し出されている。

 最終会議を終えて十八時になった。

 スカイツリーのイルミネーションが消えていく。


「官房長官、指示をお願いします」


 事務次官が声を掛けてきた。


「エネルギー充填、開始」


 スカイツリー地下にある管制室の動きがあわただしくなった。

 モニター越しにも緊張感が伝わる。


「エネルギー充填、十五パーセント」

「エネルギー充填、二十パーセント」


 管制室からの声がモニターを通じて、この指令室にも響き渡る。

 隣の映像ではスカイツリーの中心部が白く光り始めた。


「エネルギー充填、五十パーセント」


 十八時半、予定通りだ。

 ツリーの頭頂部も白い光を放ち始めている。


「エネルギー充填、八十パーセント」


 指令室で口を開く者はいない。

 誰もがモニターを見つめていた。

 ツリーの中央部は光の棒のように辺りを明るく照らしている。頭頂部も輝きを増した。


「エネルギー充填、九十パーセント」


 いよいよだ。

 我が国の技術を結集した、この収束型Wゼータエネルギー砲であの巨大隕石を破壊してみせる。

 頭頂部は直視できないほどの青白い輝きを放っている。


「エネルギー充填、百パーセント!」


 寸分の狂いもなく、十九時に管制室からの声が上がった。

 隣に座る首相を見やる。


「エネルギー砲、発射!」

「エネルギー砲、発射!」


 首相の号令を受け、管制室が応えた。

 モニターにはレバーを押し込む姿が見える。

 一瞬の間をおいて、スカイツリーの先端からまばゆいばかりの光の束が闇に包まれた上空へと一気に放たれた。それは地上から放たれた白龍のようにまっすぐと昇っていく。

 再び訪れた闇とともに静寂が指令室を包む。

 モニターからも何も聞こえてこない。


 とても長い時間にも感じたが、一、二分しか経っていないのかもしれない。

 サッシのガラスが音を立てた気がした。


「JAXAより入電、巨大隕石は消滅した模様!」


 一気に歓声が爆発した。

 立ち上がり両手を突き上げる者、手を叩いて喜ぶ者、涙を流す者もいる。右手を伸ばし首相と固い握手を交わした。

 管制室も喜びに沸く様子が映し出されている。

 背面のサッシがはっきりと音を立て始めた。


「気象庁から緊急入電です!」


 歓喜の余韻の中に大きな声が響いた。ざわめきの波がひいていく。


「気象衛星の画像では東京上空のオゾン層に大きな穴があいています! 現在も拡大中!」

「映像を切り替えます」


 管制室の様子が衛星からの映像に切り替わった。台風の目ほどはっきりとはしていないが、たしかに黒っぽい穴のようなものが見える。


「どんな影響があるんだ!?」


 首相の問いかけに指令室からもモニターからも応えがない。

 サッシがきしむ音は誰の耳にも明らかになっていた。

 そこへ気象庁からの切迫した声が入ってきた。


「エネルギー砲の影響で猛烈な上昇気流が発生しています! オゾン層の穴から大気が成層圏外に流出していると考えられます」

「どういうことだ。それによって何が起こる?」


 わけが分からず怒鳴ってしまった。


「大気中の酸素濃度が低下して……酸素欠乏症で命を落とす可能性が」

「なんだと!? 何とかならんのか!」

「無理です。オゾン層の穴はすでに関東平野ほどの大きさになり、拡大を続けています。これほどの大きな穴を人工的に塞ぐなんて不可能です。もし拡大が止まったとしても修復されるまでにはいったい何年かかるのか……」

「影響を受ける範囲は?」

「日本を中心に、世界中に影響を与えるかもしれません」


 身体の力が抜けて椅子にもたれかかった。

 なんということだ。

 我々はこの地球を守ったけれど、人類の命は守れなかったということなのか。


 ついにガラスが割れ、たくさんの書類が夜の闇へと飛んでいった。



「おはようございます。世界の終わりまであと一日になりました。みなさんは最後の日をどのように過ごしますか」


 点けっぱなしのテレビから流れてきたキャスターの声を聴いた者は誰もいなかった。




―― 了 ――

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