地獄へご案内

 黄色い紙を持って、ぼろ雑巾のような悪魔は地獄の門の前にぽとり、と落ちた。

 大鎌を持ち、ぐねぐねと曲がる角の生えた門番が、大きな牙の生えた口を少し開いて、にやりと笑った。

「よう、今日はどれくらいだ」

 悪魔は首をぐるりと回した。「7人」

「まあまあ、じゃないか」

「まあね」

 悪魔が少し不満そうな声を出した。「もっと、いけると思ったが」

 門番が言った。「しかし、面白いやり方を思いついたな。さすが、デスペラティオニス」

「だろう?」悪魔は、黄色い紙の束を地獄の門の周りで燃え盛る炎にくべた。「これで、完了。クーリング・オフは、なしだ」

 門番がにやにやしながら、悪魔に尋ねた。「なんで、そんな姿?」

「この方が成功率は高い」

「確かに。もとのままのあんたが行ったら、話が始まる前にそいつの魂が口から飛び出すな」

「最近は賢くなって、この話はおかしいぞ、と気付く奴もいる。まあ、そういう奴のところには最初っからお邪魔しないんだが」

 門番は持っていた大鎌の柄に頬をのせて、またにやりと笑った。

「みんな、死なないから、魂は地獄に来ることはない、と思ってる。間抜けだよな」

「不老不死なんて欲張るから地獄に堕ちるんだ。まあ、仕掛けたおれが言うことじゃないがね」

 悪魔はそう言うと、耳を澄ませるように、口と目を閉じた。

 門の内側からは、彼にとっての悦びと幸福、彼をぞくぞくさせ、うっとりさせる音が響いている。

 恐怖に泣き叫ぶ声。

 苦痛に呻き、わめく声。

 悪魔は想像する。

 今日会った7人が、今までに黄色い紙に血を記した人間たちが、同じように絶望に打ちひしがれて、彼の耳に心地よい音を出す様を。

「死んでこっちに来てりゃ、いつか上に上がれるチャンスもあったのにな」門番は、指をくるくると上に向けて回した。

 それから、げらげら笑って言った。

「あいつらを照らしてる太陽ってのは、あとどれくらい持つんだろうなあ!」

 悪魔は目を開いた。ぎらぎらと緋色に光る眼が、嬉しそうに歪んだ。

「真っ暗闇を、地獄の最下層よりも凍りついた地面に転がって、ほとんど凍りついた若いままのからだで、それでも死ねないあいつらに会いに行くんだ。あいつら、きっと言うぞ!『こんなの聞いてない!騙しやがって!嘘つきめ!』って。そしたらおれは、あいつらに言うのさ。おれが嘘つきだって?嘘なんかついてないぞ!ちゃんと不老不死を与えたろう?それに…」

 ぼろ雑巾のような悪魔は、その瞬間が待ちきれない、と言うように、からだをぶるっと震わせた。


「ここは、地獄だろ?」

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悪魔デスペラティオニスの奸計 白柳 @parsnip

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