第2話 1人と1体

『_____初めまして、My master_____』


 人形は、慈愛が滲み出るほどの生者らしい微笑みを浮かべて私を見つめてきた。

「は、はひ…っ!?ま、ますたぁ?えっ、え??」

 微笑みを浮かべる人形(動いたから人形というよりアンドロイド?)とは対照的に私は慌てに慌てて尻もちをついたまま腰を抜かせてしまった。

「どうか、されましたか?My master」

 微笑んだまま小さく首を傾げる人形。どうかされたのかとかされなかったのかとかそんな事よりも自分の頭に膨大な情報が入ってきて頭が痛くなる。

 私は頭を押さえながら一つ一つ今起こっている現実を理解する為に整理させて欲しいと目の前の人形に言うと、表情から笑みが消える。

「えっと…。まずアナタは何者?」

「私はマスター、【東雲シノノメ ハル】の友人となるよう命を受け、知性体との交流を目的として製造された人工人間、そのプロトタイプです」

「え、えぇ…。そしたら、その人工人間さんを作ったのは誰?」

「沢山の白衣を着た人間達です」

「あ、うん…」

 少し質問の仕方が悪かったのかな?恐らく私が欲しい解答ではなく、技術者とかその辺の人を答えたしまっているようだった。

「ごめんなさいね。少し聞き方を変えると、アナタを作るとこを主に指示してた人は誰?」

「お兄様です」

「そっかぁ…。お兄様かぁ…」

 兄が目の前の人工人間に対してと呼ばせている事にドン引きしつつも、質問を続ける。

「その…。兄からなんで突然アナタが送られて来たのかな?友達になる様に命を受け〜とか言っていたけど…」

「…?そのままの意味です。私はマスターの友人としてこれからお世話になる予定となっております。お兄様は常日頃からマスターの事を沢山聞かされてきました。どうやら学業は問題なくとも友人関係には乏しい模様。なのでお兄様は心配して私を製造し、友人として___」

「うん。分かった。分かったからもうやめて」

 腕を前に突き出し話を止める。ますます頭が痛くなる。

「つまり、私のぼっち生活を心配した兄がアナタを作って送り付けてきたと?」

「情報としては多少不足していますが、要約すると正解です」

 盛大な溜息をつきたくなってくる結論に私は愕然とした。あの兄のブラコン変態性はとうとう海を越えてここまでやる程に成長してしまったのか…。

「以上で情報の整理は終了でしょうか?」

「まだ頭の中は混乱してるけどね…。とりあえずは…うん…。いいかな」

 これ以上話しても多分理解する余裕もないだろうから質疑応答は終わらせる。さてこれからどうしようかと考えようとしていたところ。

「ではMy master。急務となる事が1つあります。私の今後についてはその後に」

 何でしょう?と急務と言われて姿勢を正す。勿論まだ腰は抜けたままなので出来る範囲で姿勢を正しているため、客観的に見ると違和感はあるだろう。

「私の固有名称。つまりは名前を設定して頂けますか?こちら初期設定として決めて頂けなければならないものですので」

「名前?え〜っと……」

 ただでさえパンク寸前の脳をフル回転させて名前を考える。ペットやモノに付けるのとはレベルが違い過ぎるので、直ぐに思い浮かばなかった。

 改めてじっと私が名前を決めるのを待っているモノを見つめる。

 新雪の様な白銀の髪。美術品の様な顔。目を凝らすと僅かに人工物だと分かる程度にまで再現度が高い瞳。

 白銀で外人だから和名は避けた方がいいのかな。そもそもとして私に名前のセンスなんて無いし…なんてことを考えていたら、まるでこちらの思考を読んでいたかのように「和名でも洋名でも構いません」と言ってくる。

「えっと…じゃあ…レイ…とか?」

「れい…レイですか。書きは?」

「んと…こうで…」

 手元にあった紙の上で指を滑らせ、文字を描く。

「麗しい衣と書いて…麗衣。ダメ…かな?」

「…?ダメも何も、私はマスターに従いますよ?」

 そっかと苦笑しつつ、改めて【麗衣れい】という名前を付ける事にした。…本当に大丈夫か心配だったけど、無難な感じにはなった…よね?

「では固有名称を麗衣と登録します。以上で初期設定はひとまず終了となります。以降詳細設定につきましてはその都度よろしくお願いします」

「は、はい…。あの…麗衣が来ることって…、お義母さんとかに伝えてたりしてるんだよね?」

「いいえ?お兄様からその様な事は伝えられてません」

「えっ!?じゃああなたが来ること誰も知らないの!?」

「はいマスター。サプライズとのことなので身内の方達には連絡はされてないかと」

 そっか…。そっかぁ…と言葉を漏らしながら溜息を1つする。お父さんのみが知らないのならまだいい。あの人はそういうのに興味が薄いから特に何も問題は起こらないから。

 問題が発生するのはお義母さんが知らない場合だ。あの人が実質家の殆どの事を仕切っているというのもあるから勝手な人員の増減に関しては敏感に反応する。

「大丈夫ですマスター。何かあっても私がマスターを守ります」

「今その守ってくれる存在のお陰で危機が訪れているんだけどね?」

 キリッと凛々しく宣言した麗衣を嫌味で流して、私はゆっくりと立ち上がる。腰抜けがやっと治り、早期に問題を片付けようと麗衣を連れてお義母さんのもとへ向かおうとする。

「あぁ…。なんか新しい日々が始まると思ったら、胃痛事案からスタートかぁ…」

 ブツブツとなんと説明しようかと思考を巡らせ始めながら倉庫から出ようとする。

 その直後、後ろから強い力で後ろに引っぱられてよろけてしまう。

「ちょっ…。何する__!」

 と言いかけた所で私の動きが停止する。なぜなら私が数秒前までいた所にはお義母さんが立っており、覚めた目線で私達のことを見下ろしていた。

「……とりあえず、そちらが何か説明して下さる?」

 お義母さんがゆっくりと笑みを浮かべると、その場の温度が一気に下がったかのような寒気が私の全身を駆け巡った。

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0と1の私とワタシ 庭園の庭師 @rose_garden

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