第1-2話 『初めまして、My master』

 ______オトガキコエル


 様々な機材に囲まれ、溶液に沈んでいる身体から発せられる己の微かな駆動音と気泡の音以外に、今日もあの人間の音が聴こえる。

「やぁ、元気かな?元気だろうと元気ではなかろうと何を基準にして判断をしているのか興味があるけれども、今の僕には君の体調より妹の体調の方が何億倍も優先度が高いからこれはただのお決まりセリフと処理したまえ」

 真顔でありながらも饒舌に話す人間は、挨拶にしては少々長すぎる語りをし、こちらの返答など求めてないといわんばかりに話し続ける。

 会話の思考回路に負荷がかかる。コレが相手をしていて疲れるというものであろうか___。

「…であるからして、我が愛すべき妹は今日も今日とて兄の見えない所で苦しんでるかもしれないのだよ!」

『あの。僕はいつここから出る事が出来るのでしょうか。』

 溶液に沈んでいる状態の自分は、口パーツを駆動させて発声しない。代わりに首に接続されているコードを通して内部スピーカーから問い掛ける。

「ん?現在君のボディは最終調整中さ。そう長い事妹を待たせるのも悪いからね。来週にはここを出られるさ。…あと、その一人称はやめたまえ。私と言いなさい」

『はい。申し訳ありません。』

 ウンウンと大きく首を縦に振るお兄様。僕が製造されてから終始一貫として言われてきたこと。お兄様曰くこの名称は4番目に遵守しなければならないものらしい。

 1番目は今後会うお兄様のマスターとの友好関係を築き、要望を叶えること

 2番目は友好関係者が何かしらのトラブルに巻き込まれた場合、対象を護ること

 そして3番目は_______

「……かね?聞こえているのかね?」

 ハッとして我に返る。いや、正確には命令の確認の為思考にリソースを割いていた所から通常状態に遷移しただけなのだが。

『申し訳ありません。命令の優先順位の確認を行っていました。』

「ふむ。確認の為にそこまで環境情報を制限するなんて…。思考機能の拡張とリソース配分を調整したほうがいいのではないかい?それでは我が愛する妹を任せられるか心配になるよ」

『では、このボディの規格と耐久性が変化しないギリギリまで拡張を所望します。』

「承知した。ボディ・耐久性の不変はもちろんの事、総質量も人間と同等のものにやるように調整してあげよう。他に何か要望はあるかね?」

 いいえ。ありませんと告げると軽く鼻をならして人間は部屋を出ていく。

 その後しばらくしたらぞろぞろの白衣の人間や黒服の人間が僕の元に来ては様々な計器を使って作業を行う。その間、僕はただその様をじっと見ている日々。

 嗚呼、どんな人間なのだろうか。僕のマスターは。きっと僕を造る人間の妹なのだ。聡明で人徳があるに違いない。

 そんな仮説を立てながら、僕は調整が全て終わるその日まで静かに時を待っていた。


 数週間後


「おめでとう。そして待たせたね。全ての過程が現時刻をもって完了…。つまりは君の完成だよ」

 パチパチと手を叩くお兄様。周りには白衣を着た人間も同じように手を叩いている。

「ありがとうございます。そしてお疲れ様でした。自己診断の結果でも全ての値が正常範囲内となっております」

 運動能力検査修了時に渡された薄手のワンピースを着た僕は片足を斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、カーテシーを行う。

 感謝の意と労いを込めて行った所作にお兄様意外の人間は「おぉ…」と言った感嘆の声をもらした。

「では私達の出番はもうコレで終わりかな。後は我が愛する妹ハルの為に手紙を添えて彼女のもとに君を届けるだけ…」

 周囲で喜びの声をあげている中でお兄様だけが普段通り(家族の話をしてる時以外)の真顔で見つめてくる。

「あの…お兄様。何か懸念点でも私にあるのでしょうか。でしたらすぐにでも修正を…」

 少し上目遣いで問いかけると、すぐに

「ん、あぁ…。問題ない。君が妹の力になって、支えてくれる事を期待している。それはそうと……」

「…?」

「妹に会ったら…。私がどれだけ心配しているか伝えて欲しいのだが…」

 首を傾げる僕の耳元に近付き、少し周りを気にしながら小声で話しかける。

「お断りします。その様な事は私を通しての言葉ではなく、直接伝えた方が意味があると考えます」

「う…。それはそうだが…仕事がね…」

「身内の心配をしておいて仕事を優先させているのですか?それは……」

「あーもう分かった分かった!君が妹との仲がしっかり築けたなら時間を作って会ってあげよう!」

「ただいまの発言、メモリーに記録しました。約束…守って下さいね」

 口角を上げて笑顔の表情を作ると、お兄様は逆に戸惑いの表情へと変化していった。

「一体誰がこんな正確に設定したんだ…。いや私か…」

 そういいながら私の側から離れ、白衣の人間達を静めた後、1つ咳払いをしてまたいつもの表情に戻る。

「よし、これから君を目的の場所に輸送する。それに従って君を一度休止状態にするが、私と君はコレでしばらくはお別れだ。次にその瞳に映る人物は君のマスターであり使命を遂行する対象でもある。…最後に何か言うことはあるかね?」

 静寂になる部屋。僕の答えを待っている間の部屋は、人間の呼吸音と小さな動力の稼働音しか聞こえない。その中で僕は目尻を下げ口角を上げ、データ状にある言葉を選択した。

「いいえお兄様。行ってきます」

 微笑みながら告げたその言葉を受けて、お兄様は小さな声で「行ってらっしゃい」と言うと、休止状態にする準備を始める。

 僕は静かに瞼を閉じた。


 休止状態とはいっても、僅かながらも稼働はしている訳で、暗闇の中に居ながらも外部からやってくる音を聴いて僕は本稼働する時を待っていた。

 エンジンの音、輸送車が揺れる音、波の音、命令口調で話す人間の声、力の無い返事を返す人間の声。

 恐らく目的の場所に着いたのだろう。先程から力無い返事をしていた人間の声が断続的に聴こえる。

「後は…。手紙と一緒に入っていた鍵を胸元のにあるペンダントの鍵穴に差し込んで…。起動コマンドを言いながら回す…か」

 そう聴こえた次には起動キーを差し込まれ、認証待機状態になる。

「《起動コマンド"HAL" 承認コード"18010"》」

 自信の無い声と共にキーが回される。その瞬間、数多のシステムが走り、休止状態から本稼働状態へとシフトする。


 起動プロセス__OK

 起動コマンド__OK

 認証コード__OK

 声紋情報参照__OK

 システム始動


 身体内部の駆動が始まり音が部屋に響く。その音に反応し小さく驚いた声が微かに聴こえた。

『起動コマンド及び承認コード受諾。起動します』

 ゆっくりと瞼を開く。瞳から入る光で数秒程視界が白く染まったが、直ぐに光量を調節することで周囲の倉庫らしき環境とその中で小動物の様にこちらの様子を伺う人間の姿があった。


 __あぁ、この人がお兄様の言っていた___

 これから僕の守るべき主。支えるべき相手。使命の対象。


 ゆっくりと身体を起こしながら、出来るだけ警戒心を抱かせないよう最大限の配慮を行いながら、僕は口を動かした。


『_____初めまして、My master_____』


 微笑みを浮かべて挨拶をする。それに対して僕の主はというと…。

「は、はひ…っ!?ま、ますたぁ?えっ、え??」

 まるでショートした前時代機器の様に混乱でフリーズしていた。

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