第145話 めでたし、めでたし

「…………。ッ!!」


 ガバリ、と上体を起こしガーレンは目を覚ます。鳴り響くプラベラの音そして、エンジン音。どうやらここが魔法飛空艇の甲板の上だとガーレンは理解すると、自身の左腕を見る、切り取られた左腕には治療の痕跡が見られた。


 特に冒険者という職業柄、治療痕に関して詳しいガーレンはどうやらそれが治癒魔法の類の治療を施されたことわかった。


「なぜ……私は……」


「起きたかよ」


 聞き覚えのある声が近づいてくる、ガーレンが顔を上げるとそこに立ってのは、よく知る少年だった。


「ドンキホーテ!!」


 咄嗟に戦闘態勢に移行しようと、ガーレンは立ち上がろうとするが、ジャリリという音と共に何かに足が引っ張られる。

 ガーレンは自分の足元を見ると鎖が自分の足に巻き付いていることがわかった。


 しかもただの鎖でははない、呪詛が施されていた。罪人を捕らえるための、力もうとすればするほど、逆に力が抜けていく、その呪詛は弱っているガーレンでは到底解けそうもなかった。


「私は……なぜ生きている」


 当然の疑問だった。負ければ死ぬ。戦士同士の、ましてや正義の行き違いによる戦いなど、どちらかが死ぬまで終わるはずはないのだから。

 だがガーレンは生きている。そのことがどうも不可解だった。

 ガーレンは質問を変えた。


「なぜ、生かした」


 その問いにドンキホーテすこしばかり悩んだ後、すぐに口を開いた。


「別に……殺す必要もないだろ、アンタも俺も人を殺しすぎた、だから……もうこれ以上はさは必要な血を流す理由もねぇだろ」


「甘ったれた考えだな」


「そうかもな」


 でも、といいドンキホーテは手に持っていた、トレーを差し出した。そこには焼かれた肉とパン、そして飲み水の入ったコップが置かれていた。


「いいじゃねえか死にたいわけでもないだろ」


「それが……! 貴様、舐めているのか!」


「舐めてなんてねぇよ、慈悲を与えたつもりもねえ、ただ俺は……そうだな、自分の正しいと思うことをしただけさ」


 そう言ってドンキホーテは、ガーレンに背を向けた。罵倒を背中に受けながら。


 ─────────────


 ──ガチャリ


 ドンキホーテは扉を開け飛行船の船内に移動してきた。するとドンキホーテに声をかける者が一人。


「ドンキホーテ、平気だったか」


 レーデンスだった。


「ああ、大丈夫だったぜ、心配ないよ、暴れる力も残ってないみたいだ」


「そうか、まあ甲板上には第十三騎士団の団員が複数いる、いざという時も大丈夫だ」


 レーデンスの言葉にそうだな、と返すドンキホーテ。

 今回は全く運が良かった。


 バルナッド山で転送魔法が発動した際、無事、カイン達兄妹は飛び立った。

 その時、バルナッド山からは光柱がでたのだ。

 たまたま第十三騎士団に研修に来ていたレーデンスはそれを確認すると同時に副団長のロンに報告した。


 そして調査したところ、バルナッド山の聖域から出てくる、ガーレンとドンキホーテ、そして魔女アレンを見つけたというわけである。


 もとより、ジミニーという男が第十三騎士団の飛空船に接触し、今回の灰色のホウキの事件の顛末を聞かされた。


 故にドンキホーテがなぜここにいるのか。この騒動はなんだったのか。

 スムーズに状況の理解は進んだ。妊婦や子供に対する非人道的な、行為はやはり、ソール国の定めた国際条約にも抵触する恐れがあり、直ちにガーレンは拘束された。


 のちに、神父ダン・アストーも飛空船に回収した第十三騎士団はダンの証言も合わせ、シーライの率いた遠征隊をひきつづき調査する意向を示した。


 だが──


「シーライ神父とそれに付き添ってた、奴らは捕縛したが他の分散した部隊は見つけられなかったそれが、心配だがまぁ、地道にやっていくしかないだろうな」


 レーデンスはそう締めくくった。

 まだ完全には終わってはいないがとにかく一旦は波が落ち着いたそれがドンキホーテにとって喜ばしいことだった。


「はぁ、終わったな」


 そうドンキホーテは吐露する。するとその様子を見てレーデンスは言った。


「その……すまなかった」


「何が?」


 ドンキホーテは、レーデンスの言っている意味がわからない。


「ドンキホーテ、お前は….…お前の苦しみを気付きながら私は、何もしてやれなかった」


「……気にしてないぜ、俺が勝手にやったことだしな」


「それでも、私は……お前が一人で立ち直れる……なんでもできる奴だと、そう決めつけていた……本当は私もお前と一緒に悩むべきだったんだ」


 そんな言葉を発しながらレーデンスの声色には後悔が、滲んでいた。


「……ありがとな」


 そんなレーデンスに対して、ドンキホーテは感謝の念しか感じられない。ただ嬉しい。それが彼の本音だった。


「お前が、レーデンスがそう思ってくれるから、多分俺は戻ってこれたんだと思うよ」


 だからさ、とドンキホーテは続ける。


「そんな顔しないでくれ! 俺はお前がいてくれて嬉しい! 本当にな! また帰ったら冒険でもしようぜっな!」


 レーデンスは頬を綻ばせる。


「……そうか……ドンキホーテだが、私以上に会ってやるべき人がいる、お前にはな」


 ドンキホーテは一瞬で、思い至った。会うべき人の顔を。


「ああ……そうだな……!!」


 ─────────────


 朝日が差し込む中、病室でジェーンは目を覚ます。未だに自分の家である冒険者の宿には帰れていない。あそこはまだ父を思い出すから。


「ドンキホーテ……」


 ジェーンは思い人の名を口に出す。すると病室のドアをノックする音がジェーンの耳に入る。


「お母さん? ……アリスちゃん?」


 そう尋ねるジェーンに対して答えを示すかのようにドアは開いた。

 ドアの向こう側にいたのは、ジェーンの会いたかったその人だった。


「帰ってきたんだね」


 ジェーンがそう尋ねる。


「ああ……ただいま!」


 そう言ってドンキホーテはジェーンにハグをした。

 こうすることがドンキホーテにとって本当に正しいことだと、彼には思えた。

 復讐などきっと必要なかったのだ、ドンキホーテにもジェーンにも。


「おかえり……!」


 ジェーンはただドンキホーテを幸せを噛み締めるように抱きしめた。

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シシ狩り!〜自分の正義を貫いた結果、パーティを追放されたけどまあいいか!俺は自分の夢を信じて突き進むだけだ!〜 青山喜太 @kakuuu67191718898

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