其の十 求道者は歩み続ける

 最後に立ち寄った人里を離れてから、三日が経つ。木々が鬱蒼と生い茂る山中の獣道を、一生一学は独り歩いていた。日の位置は高かったが、上空は所狭しと伸びた枝が幾重にも重なって、緑色の天井を形成し、辺りを薄闇に包んでいた。


 ふと、俯けた視線を上げると、前方の道に木漏れ日が差し込んでいた。細くも凛と力強い一条の光は、二十年前に見た、堀部安兵衛の一太刀を想起させた。


 全ての初まりは、その一太刀だった。月光を柔らかく反射する、上質な絹弦の如き、一筋の線……清水一学を殺したその一撃に、一生一学は心を奪われた。堀部安兵衛が残した忠義の剣という言葉に、彼は取り憑かれた。


 忠義とは、くも剣技を美しく昇華させるものなのか。忠義とは、何なのか……。

 その答えを探し求め、二十年間国々を渡り歩いてきたが、未だに、見つけ出せてはいない。


 一生は、一月前に立ち寄った宿場で見た、厚き忠義の数々を思い出した。


 男から女へ、女から子へ、連綿と受け継がれる忠を冠した愛。悪と罵られようと、己が義を貫かんとした、忠を冠した誠。

 在り様はどれも忠義であると一生には思えたし、その生き様に彼は敬服した。だが、その精神美と、堀部の一太刀を結び付ける答えは、得られなかった。


 畢竟ひっきょう、自身にも命を賭して護るべきものが見つからない限り、理解し得ぬ境地なのだろうか? 

 そうなのかもしれない。しかし、今はまだ、そうと確信し得る根拠すら霧中であるから、足を止める訳にはいかないのだ。


 眼前に、美しい一条の木漏れ日が落ちていた。堀部安兵衛をそこに重ね見た一生は、すかさず居合い斬りを放った。

 彼が最も得意とする、右手による小太刀の逆手抜刀。刃は音もなく風を斬り、陽光を屈折させて、獣道を覆う闇に一閃を突き刺した。


「……違ぇな。こんなんじゃねぇ」


 自らの一太刀に甚だ不満足な一生は、小さく溜息を吐いて小太刀を納めた。

 木漏れ日を通り過ぎる。出口の見えない暗澹たる道を、一生は歩いて行く。

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一学伝 さとう @satou9602

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