第12話

「ジャック、傷を見せてご覧」


 食堂から帰ってきた俺は、ルカに促されるがままルカと向かい合わせに椅子に座った。

 そして、ルカに言われてコクリと頷き、ヘンリエッタ様に巻かれた布をそっと外した。

 ルカは俺が外すその布を受け取ると、それを観察するようにスッと目を細めて見つめた。


「……包帯ではないね。随分傷んだ布に見えるけれど、これだけの長さがあって白いと言うことは、おそらくはシーツか何かかな」

「牢屋に包帯なんか置いてるわけねぇもんな。あのお嬢さん、シーツを裂いて包帯を用意してくれたってことかな」

「だろうね。古いものだから、繊維はボロボロのようだし」


 そう言って、ルカは力を入れてその布を引っ張った。

 それだけでその包帯もといシーツは、簡単に千切れてしまった。


「生粋の公爵令嬢様が、とんだ粗末な環境にぶち込まれて大変なこったな」

「そうだね。陰謀だとしたら、彼女に同情するよ。ところで傷は……少し切ったようだね。大した傷ではなさそうだ」

「頭の傷だから派手に血が出て大変だったぜ。血が派手に出たからお嬢さん大慌てでさ」

「まぁ、彼女の環境を想像すると、怪我なんて無縁だろうしね。じゃあ治すから頭をこっちに傾けて……『ヒール』!」


 ルカが俺の頭に手を添え呪文を唱えると、傷のあった箇所にじわりと温もりが生まれ、その手が離れた時には、ズキズキとした痛みは無くなっていた。

 ついでに、口の両端も治ったらしい。

 口を開けたり閉じたりしてみても、特に開きづらさを感じることはなかった。


「他にも怪我があったのかい?」

「おー、他に二回殴られて、口の両端が切れてたんだ。ついでに治って助かった」

「……随分と、お転婆なお嬢様のようだね」


 ルカが思わずといった風に、苦笑いを浮かべる。


「あ、そういえば。さっき言った相談の件なんだけど、これ知ってるだろ?」


 そう言って、俺はポケットに入れていた鑑定眼鏡を取り出し、ルカの前に掲げてみせる。


「実は今日、既に処刑が執行されたんだ」

「……えっ⁉︎ 彼女はもう、既に……」

「違う違う! 執行はされたんだが、わけがわからん手違いがあって、彼女は

「……死ななかった?」


 ルカが怪訝な顔になる。


「例のお嬢さんはな、執行される前から体が変だとは言っていたが、火炙りにされても火の中で燃え残ったんだ。三時間もの間、火の中にいたのに」


 俺はあの時の光景を思い出そうとして、すぐに涙が水蒸気爆発を起こしていたシュールな姿を思い出した。


「涙が……じゃなくて、そんで燃え残ったお嬢さんが全裸なもんだから、俺はシーツを盗んだってワケ」

「シーツは分かったとして、それは?」


 ルカが俺が手にしている鑑定眼鏡を指さす。


「そうそう! これ!」


 俺は、ルカの眼前に鑑定眼鏡を突き出して続けた。


「これでお嬢さんの状態が分かるんじゃねぇかなって思ってみたらさ、名前だけ出てきたんだ。公爵令嬢様が『オリハルコン』で出来てるって」

「……オリ……ハルコン? 服が?」


 俺は首を横に振る。


「いーや、お嬢さん自身がオリハルコン。何回も見たけど表示の狂いではなさそうだったぜ」

「そんな……」


 ルカは考え込んでいるのか、天井を見上げてから自分の足元を見つめた後、俺の顔に視線を戻した。


「……明日からは、おそらく配置を増やすことになる。今、きっと上長の皆様は久しぶりの事件にてんてこ舞いになりながら、人員調整をなされているだろうね」

「お、つまり?」


 ルカは珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべると、俺に顔を近づけて囁いた。


「事務処理のお手伝いでもしてくるよ。ついでに、僕の配置をジャックと同じにしてもらおうと思うよ」

「言うと思ってたぜ! そう来なくっちゃ!」


 ルカは舌をぺろっと出すと、立ち上がってにっこりと人当たりの良い笑みを浮かべた。


「君は怪我をしたのだから、あとはここで休むといい。僕はちょっと出てくるよ」

「ああ、ありがとな」

「気にしないで。僕も正直、結構この仕事は退屈なんじゃないかって思っていたところなだけだから。興味津々ってわけさ」


 そう言って軽く手を振って部屋を後にするルカを見送り、俺はベッドに横になった。

 ルカが、興味津々と言うには不釣り合いなほど、真剣な表情になっていたことには気付くことは出来なかった。

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オリハルコン製の悪役令嬢が頑丈すぎて、ギロチンでも火炙りでも処刑できない モプルトトムンタン @i5zmu

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