第11話

 ヘンリエッタは、ジャックが去った後の地下牢で、一人膝を抱えた。

 ヘンリエッタはここ一週間、まともに人と会話すらしていなかった。



 ◆



 レイネシ王立魔法学校の卒業式の最中、これまでずっと慕ってきたつもりのジェド王子に婚約破棄を言い渡され、混乱してわけが分からなくなっているうちに、捕らえられてしまったのだ。

 目隠しをされ、乱暴に移動用の馬車か何かに乗せられた。

 しばらくの後、次に目隠しを外された時には、既に地下牢の中にいた。

 そして、牢屋の柵を挟んだ向こうには、ジェド王子が立っていた。


「……心優しいリリアンに感謝するんだな。リリアンは、お前にいじめられていたそうじゃないか。しかし、それに耐えただけでなく、リリアンは『ジェド様! 確かに、ヘンリエッタ様は糞にたかる蠅のような方で、性格も反吐が出るほどねじ曲がっていらっしゃるわ! しかし、このリリアンが彼女のお心をお救いしますわ! ジェド様の婚約者として、お役目を果たせるように! だから、ヘンリエッタ様を一ヶ月ほど当屋敷で預からせてくださいまし! ジェド様の元にお戻りになる時には、同じ虫でも蜘蛛くらいの存在価値がある方に大変身させてみせますわ!』と、俺に懇願してみせたのだ。お前に嫌な思いをさせられていたにも関わらずだッ!」


 なお、上記の台詞のリリアンの台詞は、ジェド王子渾身の演技力が発揮されており、裏声かつ姿勢も内股に変わり、見る人が見れば劇団にスカウトしたくなる程の力の入れようであった。

 ……ジェド王子もヘンリエッタも気付いていないが、リリアンはよく考えてみると、ヘンリエッタを蠅呼ばわりしただけでなく、ジェド王子を糞呼ばわりしているのだが、この時二人とも気付くことはなかった。


「そんなつもりはッ……! わたくしはただ、リリアンの頭に黒板消しを落としたり、牛乳を飲んでいる時にくすぐって笑わせたり、リリアンの寮の部屋をコンコンダッシュしたり……あと……」

「いじめではないかぁぁぁああッ!」


 ジェドが怒鳴り、ヘンリエッタはビクッと肩を震わせた。

 他にもヘンリエッタがジェド王子への釈明の中で色々と語るのだが、書いている作者ですらヘンリエッタの幼稚なイタズラの数々に心が辛くなってきたので、ここで強引に場面転換を入れるのであった。


 ヘンリエッタを地下牢に置いたまま、ジェド王子は地下牢を去っていった。

 残されたヘンリエッタは、そこから五日間ほど檻の中で放置された。

 六日目には三十代くらいの兵士が地下牢を見にきたが、ヘンリエッタを一目見るとギョッとした顔をして、すぐに去っていった。

 そして、七日目にようやっと、ジャックが来たのであった。



 ◆



 普段から物事を深く考えることが少ないヘンリエッタは、そのが自分にないが故に、捕らえられてから現時点まで、何も口にしていなければ、トイレに行ってすらいないことに一切気付いていなかった。


「はぁ……早く出たいわ……」


 ヘンリエッタは、月明かりが差し込む通気孔の穴を見上げた。

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