第10話

 食堂に着いて、木製の盆を手に食事の配給の列に並ぶと、ルカが口を開いた。


「ジャック。そういえば、先ほどから気になっていたのだけれど、君のその頭はどこで怪我をしたんだい? 結構な怪我のように見えるけれど、医務室には行ったのかい?」

「あー。叩かれただけなんだけど、なんか派手な怪我みたいになっちまったんだよなぁ」

「叩かれただけ?」


 ルカはキョトンとした顔で俺を見た。

 ヘンリエッタ様から頭を引っ叩かれから……というのは、今ここで詳しく説明するわけにはいかない内容だ。


「後で診てあげようか? 医務室へ行くと、平時はお金がかかってしまうし」

「おー、頼むぜ。ルカの方が丁寧に診てくれるしな」


 ルカは平民の出でありながら、白魔法が使える。

 城に常駐している医術師連中が嫌な顔をするからあまり表立って使うことはないが、簡単な怪我はこっそり治してくれるのでありがたい存在だ。

 そういえば、村にいた時から村の診療所で医術師の手伝いをしていたと言っていた気がする。

 ヘンリエッタ様の体のことを、ルカに相談してみても良いのかもしれない。


「あはは、医術師様達は、あの少ない人数で城全体の者たちを診ているから致し方ないよ」

「ルカも医術師になれば、給料も地位も跳ね上がるんじゃないか?」

「僕には無理だよ。君の父上くらいの功績者でなければ、王城の医術師なんてなれはしないさ。それに、僕が使える魔法はすり傷を治す程度。だったら、兵士の中に混ぜておいて、有事の際に補給部隊か前線かで活動させた方が効率的だよ。僕が指揮するならそう思うね」

「……俺の親父かぁ。親父に相談してみるのも、悪くねぇかな」


 俺の親父は、先の戦争でまだ少年だった現国王様を自分の白魔法で治療し、大怪我で生死の境を彷徨いかけた窮地を救ったことで、名誉伯を賜ったプチ英雄だ。

 幼少期から誰にも習うことなく魔法を行使できたが、親父が子供の頃は貴族の平民への偏見が今より強く、魔法が使えてもそれに見合った職業に就けることはなかったらしい。

 兵士として戦争に参加していた親父は、そこでいくつかの功績を立てたことにより、戦後は医術師として王城で勤務することになったらしい。

 戦前を知る年齢の平民のおっさんおばさんからは、結構尊敬されているっぽい。

 その親父の息子ってことで、産まれた頃は魔法が使えるんじゃないかと思われて、俺もそれなりに期待をされていたらしい。

 が、棒切れを振り回して野山を駆け回るようなタイプの俺は、そのうち期待されることもなくなり、今では親父の名前を出すと「嘘でしょ?」という顔をされることの方が多いくらいになった。


「相談? 何をだい? 僕で良かったら聞こうか?」

「おー。だよ。気になることがあってさァ」

「……なるほどね。戻ったら聞こうか」


 ルカは頷くと、いつの間にか列が進んで目の前来ていた食堂の調理のおばちゃんに、朗らかな笑みを向けて挨拶をした。


「こんばんは。いつもご苦労様です」

「あら、ルカ君じゃないの! いつもありがとうねぇ。挨拶してくれるのなんて、ルカ君くらいよォ」

「ばんわっス」

「あ、ジャック。あんた今度は何をやらかしたんだい?」


 おばちゃんが俺を見て溜息をついた。


「え? 何もしてねーっスよ」


 心当たりがなかったので一体なんだろうかと思い、尋ね返す。


「何もしてなきゃ、洗濯室長のサリーがあんなに激怒してそこら中探し回ってるわけないじゃないのさ。何したか知らないけど、寝る前にはサリーのところまで行きなさいよ!」

「ゲェーッ⁉︎」


 あれか、シーツを盗んだからか!

 なんで既にサリーのババアにバレてんだ⁉︎


「ジャック……君、今度は何をしたんだい?」

「……使用人のシーツ盗んだ」

「それは……マダムサリーは怒るだろうね」


 ルカが苦笑いを向けてくる。


「やったのは俺だけどよォ……誰にも見つかってないはずなのに、なんでバ……サリーさんは俺のこと探してんだ?」

「あんたそりゃ、日頃の行いが悪いからでしょうが」


 おばちゃんが笑い飛ばしてくる。


「ええーっ⁉︎ そんなの、暇な仕事が悪りぃだろ!」

「暇……なのは本当かもしれないけど……ジャックより服を破くことが多い人は、僕は知らないからなぁ……疑われても致し方ないというか……」

「ルカまで!」


 俺は今日のメニューのクリーム煮が乗った皿を受け取り、ルカと空いた席に着くと、これからサリーのババアに叱られることが確定している数時間後のことを思い、盛大にため息をついた。

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