第9話
俺が兵舎に戻ると、先輩兵士のルカが俺のベッドに腰掛けていた。ルカは俺に気がつくと「やあ」と言って人懐っこい笑みを浮かべた。
ルカは十六歳で同い年だが、俺よりも数ヶ月前に兵士なった先輩だ。文官と間違われそうな感じの物腰の柔らかな人で、城内の使用人や文官からの評判も良い。
顔立ちも整っていて、ハニーブロンドの髪をいつもきっちりとオールバックにして整えているため、規律にうるさい年配の兵士からも人気がある。
ルカは立ち上がると、俺の背をぽんぽんと軽く叩いて尋ねてきた。
「ジャック、大丈夫だったかい? 変なことに首を突っ込んでいるんだろう?」
「耳が早えな。ああ、何も考えずに引き受けたら、ちょっと面倒な話だったぜ」
「やはりか」
ルカは少し思案すると口を開いた。
「……この後兵長からも話があると思うが、地下牢に捕らえられている人物の説明があった。重大犯罪の現行犯の為、審議会を経ずに死罪となることになるらしい」
「重大犯罪ィ? 何を言ったか知らないが、王子様にわがままを言ったくらいで、死罪は重すぎるんじゃねぇか?」
「噂になっているのを聞いたことはないのかい? 件の公爵令嬢の罪状は、殺害未遂。第一王子と男爵令嬢に、毒を盛って殺そうとしたそうだ」
「毒⁉︎」
俺はギョッとしてルカを見た。
ルカは、コクリと頷くと小さな声で続けた。
「……ヘンリエッタ公爵令嬢は、卒業式の場で現行犯逮捕。物的証拠として、彼女が持っていたとされる、毒物が見つかっている。さらに、目撃者も数名いるらしい」
「はー、そんなヤツには見えねぇけどなぁ」
「やはりジャックもそう思うのかい?」
「勘だけどな。地下牢に行ったら、事前に聞いてない人がいるもんだから、話を聞いてみたら噂の公爵令嬢様でさァ」
「……相変わらず君は物怖じというものをしないね」
ルカが呆れたように苦笑する。
しかし、次の瞬間には真剣にな眼差しに変わり、俺の肩に腕を回してさらに小声で囁くように言った。
「……ただ、僕は妙に思うんだ。目撃者の洗い出しに時間がかかるのは分かる。しかし、殺害に使う証拠品の開示がこんなに遅れたのは何故だろうかと。毒の特定に時間がかかるのなら分かる。しかし、殺害の道具がなんであったかすら開示されず、その上投獄されていることすらまともに周知がされていない」
「まるで、証拠を後から準備して辻褄を合わせに行っているような」
「……そういうこと」
ルカはにっこりと微笑んで、回した腕を下ろして歩き出した。
「何にせよ、僕らはあまり深入りしない方がいい気がするよ。貴族は面倒だ」
「まぁな」
「ジャック。そんなことより、食堂へ急がないと、夕食を食べ損ねてしまうよ」
「腹減ったァ。ルカ、急ごうぜ」
俺はルカを追い越し、小走りで食堂へと向かった。
その頃──
とある屋敷の一室で、リリアン男爵令嬢は窓から見える月を見上げ、小さく舌打ちをした。
「ここまで順調に事を運んでいたというのに、とんだ邪魔が入りましたわ。とにかくあの女の身柄を確保しなくてはいけませんのに」
焦茶色のストレートの髪を指先でクルクルと遊ばせた後、リリアンは顔の横で二回手を叩いた。
「ヘイ! エイブラハム!」
「お呼びでしょうか、『艦長』」
「エイブラハム。この姿の時は『お嬢様』と呼べと言いましたわよね? 蛆虫は蛆虫なりに知恵を持っているのです。どこで誰に聞かれているか分かりませんわ」
「ハッ! お嬢様!」
エイブラハムと呼ばれた執事服の初老の男は、リリアンに深く礼をすると、手に持っている銀色の何かをリリアンに差し出した。
「ハァ、定例報告が憂鬱なのは、本当に久しぶりですわね……」
「お嬢様、時間でございます」
「ええ、分かったわ」
リリアンは、エイブラハムに手渡されたそれを頭に被り、スッと背を伸ばすと、人差し指と親指で輪を作り、両腕を左右に広げた。さらに右足をスッと上げ、つま先を左の膝のあたりに持ってきた。足元だけを見れば、バレエのようにも見えるだろう。
「こちらリリアン! 定例報告をさせていただきますわ!」
月の光に照らされるリリアンの頭に光るそれは、地球に住む誰かが目撃しているのであれば、おそらくこのように形容しただろう。
──アルミホイルである、と。
頭にアルミホイルを巻いたリリアン男爵令嬢は、エイブラハムと二人きりの部屋の中で、まるで第三者に説明するかのように、話し始めるのであった。
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私事で恐縮なのですが、今日めっちゃお腹痛いです。
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