第二章 悪役令嬢がやっぱり頑丈すぎて処刑できない

第8話

 オリハルコン。

 それは、遥か天空から現れた神が人類に与えたとされる。

 かつては地上にも存在していたとされるそれは、熱による加工も、物理的な衝撃による加工も出来ないとされ、神の御業でのみ姿形を変えるとされる、伝説の金属である。


 あくまで、神話にのみ語られる存在である。

 そのはずだった。


 しかし、目の前のヘンリエッタ様はどうやら全身がオリハルコンで出来ているご令嬢らしい。そんな意味不明なことがあってなるものかと思い、小一時間ほど俺とヘンリエッタ様とで鑑定をし続けたが、結果は変わらずであった。

 その間、思わず引っ叩いてしまったヘンリエッタ様により、頭、口の端の左右、最後に胸のサイズをうっかり鑑定してしまい、顔面を小突かれて鼻血を出し、いよいよ満身創痍が近付いてきた俺は、夕刻が近付いてきたこともあるため、ひとまず兵舎へ戻ることにした。


「ヘンリエッタ様がいちいち叩くから、俺の顔ボコボコなんスけど」

「だってしょうがないじゃない! びっくりしてしまうんだもの! 今までだって、愚図な侍女を躾ける為に叩いたことは何回かあるし、普通のことじゃない!」

「えっ、アンタ使用人のこと叩いてんスか?」

「だ、だってわたくしは妃になるんだもの。平民に見下されるようなことがあっては……!」

「……見下されたくないからって、叩くのは違うんじゃないっスかね?」

「……」

「俺は女の子がボコボコ叩いてくるのって、なんか可愛くないっスよ」


 ヘンリエッタ様は俺に怒っているような不満気な顔を向けていたが、耐えきれなくなったのか、顔を歪めてめそめそと泣き始めた。


「どうしたらいいのか分からないの……国母になるのだからって思って、張り切れば張り切るほどから回ってしまって……きっと、わたくしが可愛くない上に不甲斐ないから、ジェド様に婚約破棄されてしまったのね……そのうえ、処刑までされてしまうことになってしまうだなんて……」

「うーん、婚約破棄は仕方ないっスけど、処刑はどうもやりすぎというか……陰謀めいたものを感じるというか……」

「仕方なくなんかないわよ! うわーん、ジェド様ぁ~!」


 ヘンリエッタ様はついに顔を両手で覆って牢屋の柵の前にしゃがみこんで大泣きし始めた。

 確かにヘンリエッタ様は、ここまで会話した感想、わがままなところはあるけれど、処刑までされるような悪人には思えない。なんかアホっぽいから、裏工作なんて出来ないだろうし。

 あまり国政について調べたことはないが、審問も無いのに処刑だなんて聞いたことがない。しかも、投獄から一週間で処刑は前代未聞だ。


 第一王子であるジェド様は非常に優秀な方だという評判だ。冷静沈着で思慮深く、民意に沿うというタイプではないが、現国王の良い部分を受け継いだ立派な方だと思う。

 そんな方が、こんな破天荒な行動をされるだろうか。


「じゃ、とりあえず俺はそろそろ業務終了の時間だし、戻るっス。では、おやすみなさいっス」

「ええっ! 行っちゃうの?」


 ヘンリエッタ様がかじりつくように柵にしがみつく。


「明日も多分ここの担当なんで、大丈夫っスよ。また来ます。おやすみなさい、ヘンリエッタ様」

「わ、分かった……おやすみなさい、ジャック」


 ヘンリエッタ様は少しほっとしたように微笑んで、小さく手を振った。

 薄く微笑みを浮かべ、潤んだ瞳でこちらを見るその顔が思ったより可愛くて、内心どきりとした。


 なんだ、可愛いところあるじゃん。


 俺は来る時に持ってきていたランプをヘンリエッタ様の手の届く位置に置くと、地下牢を後にした。

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