第2話 街長
ドルニーゼ=マニタイト=サリエ
私は、敬意を持ってそう呼ばれる。
今代魔王ドルニーゼ=マニタイト=ガイゼールの一人娘。
それが、私に向けられる最も一般的な認識。
だが、私には悪い癖と言われ続けているものがある。
それがこの“知りたがり”である。
気になり出したら、なりふり構わず探求してしまうのだ。
今回も、不思議な案山子があると噂を聞き、家を飛び出して調べに来たのだ。
幸いにも、私のことを詳しく知るものはおらず、ここの街長も気がいい魔族だ。
案山子の調査をする間、屋敷に泊まってもいいと言ってくれた。
こういってはなんだが、私のような子供の我が儘を、魔王の娘とはいえ聞いてくれるとは、なかなか器の大きな人物であると思わざる終えない。
強さも申し分なく、“
あと、かなりのイケメンだ!!
「いやぁ、そんな風に言われると、照れてしまうなぁ」
ふにゃっと音が聞こえそうなほど穏和な雰囲気で答えたのは、この街の街長であり、居候先の主、“ドミニック・ローレンツァ”である。
本人は、“ニック”と呼ばれることを好むので、大体の人がそう呼んでいる。
私は、つとめて平静を装い、優雅に一礼して見せる。
「街長様、本日もお加減がよろしいようで何よりです。
・・・それで、私に何か御用でしょうか?」
「うーん、いつも言ってるけど、もっと気安く喋ってもいいんだよぉ?
壁があるみたいで嫌なんだよねぇ、敬語って」
分かりやすく眉を下げて悲しそうな顔をするニックに、私はうっと対応に詰まってしまう。
だが、こればかりは譲れない。
私は曲がりなりにも魔王の娘。
目上の者には敬意を払うのが普通である。
「ご容赦ください街長様。
私にも、立場がありますので。」
「えー、居候な上に家出?した子供に、立場も何も無いと思うんだけどぉ?」
「うっ・・・」
い、痛いところをつかれてしまった。
だ、だが!!
この程度で引き下がるわけには!!
「それに、魔王様の眼を誤魔化すのだって限界があるんだよぉ?
そう長くは持たないよぉ。
早いところ、家に帰ったらどうかなぁ?
ほら、遊びに来るならぜんぜん構わないし。」
やんわりと説してきたニックに、私はさらにグヌヌッとする羽目になった。
せ、正論である
正論による暴力である!!!
わ、私だってそれくらいわかってますよーだ!!!
でも、仕方ないじゃないか!!
気になってそれどころじゃないんですからね!!!
私が、グヌヌッしながらニックを睨んでいると、彼はしばし真剣な顔でこちらを見下ろし、そしてひとつため息をついた。
「まあ、あの魔王様の娘だし、これも血筋なのかも知れないなぁ。
既に数日匿ってしまってるし、誤魔化せるところまで誤魔化してあげるよぉ。
でも、バレてしまったら、その時は諦めて帰るんだよぉ?
僕だって、自分の身が可愛いんだからねぇ?」
「・・・ありがとうございます」
私がお礼を言うと、背後に花が飛び交うような雰囲気でフニャリと笑顔を作った。
・・・これで何人の女性を陥落させたのだろうか?
私がまだまだ子供なせいなのか、そんなことを冷静に考えてしまう程度には、まだ恋愛感情は育っていない。
そのうち、その辺りも調べてみたいなぁ。
どういったときに恋しやすいとか
相性とか
好みとか
脱線しかけた思考を無理やり振り払い、私は街長の前を横切り、また駆け出した。
向かうのはもちろん、案山子のところである。
ニックは、そんな私を止めるでもなく、ただ両手を振りながら「夕飯までには帰っておいでよぉ」と伝えてくるのみだった。
・・・私が言うのもなんだが、彼には危機感と言うものがないんだろうか?
それとも、この程度は問題にならないと認識しているんだろうか?
まあ、なんにしても今はそんなことより案山子だ。
例のごとく、私は案山子がいる広場に到着した。
相変わらず、案山子は通りの人たちに叩かれたり魔術を当てられたりですごいことになっている。
中でも、魔術の方がやはり凄まじい。
各々が、得意な属性の魔法を代わる代わる打ち込んでいる。
巨大な火の玉
高圧で発射される水鉄砲
石畳すら切り裂く猛風
激しく鳴り響く雷撃
多種多様な攻撃に用いられる魔術が、案山子に向けて打ち込まれるのだ。
魔術を当てる側は
「○ねぇーー!!!」とか
「このア○ズレがぁーー!!!」とか
「小遣い増や────あ、いえ!何でもありませ・・・ぎゃぁぁぁぁーーー!!!」
とか
とにかく色々雄叫びを上げながら魔法を打ち込んでいた。
なお、一番最後の人には、両手をあわせて祈っておいた。
強く生きてください、見知らぬ男の方。
しばらく様子を見続け、昨日同様一通り落ち着きを取り戻したタイミングで、私は一人案山子の前に歩み寄る。
案山子は、相変わらず両手足に腹、首を粗末な縄で縛り付けられており、憎たらしいほど
侮るような顔で私を見下ろしていた。
「ぃよーう、嬢ちゃん。
今日こそ、俺を殴りに来たのか?
それとも、魔圧の向上でもさせに来たのかい?」
「残念だけど、そんな下らないことをしに来たんじゃないわ!
あなた、物理ダメージだけじゃなくて魔力抵抗力も強いのね?」
私は、ズビシッ!と案山子の方を指差しながらそういうと、案山子は事もなげにそれを肯定した。
「あったり前だろ?
俺の役目を考えたら、それくらいの能力、備わってるに決まってるだろ?
嬢ちゃん、そこの立て札読んだことあるか?」
馬鹿にしないでもらいたい、これでも、下調べは入念にしているのだ!!
まあ、ほとんどが街長からの情報なのだが・・・
曰く、万の兵でも壊すこと叶わず
曰く、星をも砕く大魔術ですら、傷すら付かず
曰く、聖人君主すら、悪鬼のごとく怒り狂わせる。
しかし、動くことはついぞない
しかし、攻めることはついぞない
立て札に偽りなし
・・・確かに、その通りである。
街長のフニャリとした態度と笑顔で言われ、信憑性はかなり薄いと思っていたが、今まで見てきた壮絶な攻撃の数々を、この案山子は受けている。
中には、案山子よりも周りへの被害が大きそうな規模の攻撃もあったが、不思議と案山子の周りは壊れたりせず、まるで何事もなかったかのように案山子は突っ立っている。
攻撃した当の本人も、驚愕したようすで案山子を見て、最後には周りに居たものに謝って帰っていった。
「っつー訳で、俺はいくら殴ろうが、いくら魔術で攻めようが、全く傷付かねぇ。
あと、動けもしねぇ。
まあ、文字通り壊れない“案山子”だ。
稽古なり、憂さ晴らしなり、人によるが悪口の掃き溜めだったり・・・まあ、なんでもアリって訳よ。
不満や恨みつらみ、腕試しだって可能だ。
万人に対して一律の結果をもたらせてやれる。
そんな存在なんだぜぇ、俺はよぉ?」
案山子は、片眉と口の端を吊り上げつつ、こちらを見下ろしてきた。
・・・ドヤ顔だ。
ドヤ顔してきやがったぞ、この案山子は!!
本当になんなのだこの案山子は?
対象を煽るだけ煽って、最後には攻撃させる上、本人は全くノーダメージときたものだ。
「・・・あなた、本当になんなのよ?」
私が割りと真剣な顔でそうきくと、案山子はうんざりした様子でこちらを見下ろした。
「だーかーら!!
殴られ案山子だってさっきから言ってんだろ?
嬢ちゃん、人のはなし聞かないタイプか??
あれか?ぼっちか?!
友達居なくて寂しいから俺んとこ来てんのか?
俺に攻撃もしねーで話だけって、いよいよ訳わからんぞ?」
・・・どうしよう
本当にムカついてしまうこの案山子。
今すぐクシャクシャのボロボロになるまで殴りたい。
だが、ここで負けては駄目だ!
こいつの思いどおりにだけはなってやらない。
いや、そもそも
私がこの案山子に手を出せるわけがないのだ。
だって、この案山子は、似すぎている。
曰く、恨みや妬んでいる人物や物に姿を変える
曰く、最も攻撃をしやすい物に変わると言う。
では、なぜなのだ?
なぜ、私の目に写る案山子の姿は
─────“
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