第1話 少女
街の広場に、一人の少女がいた。
少女は、あっちへこっちへ世話しなく走り回り、回りの人に声をかけてはまた駆け出していた。
少女のいる広場には、有る有名なものが鎮座している。
殴られ案山子
この街では、誰もが知っているおり、誰もが睨み付ける先にそれはある。
街行く人が、必ず目に止めて、必ず何かしらの攻撃をする。
もはや、それがルールとでも言うかのように道行く人はそれをする。
そして、揃ってみんな暗い笑みを溢して去っていく。
普通ならば、案山子は壊れてしまっているだろう。
普通ならば、一部の過激な人に捨てられたりしていただろう。
だが、誰もそれに手を出しはしても、「無くそう」や「捨てろ」と言う人は一人もいない。
私は、そんな人々のうち、何人かに声を掛ける。
もちろん聞くのは、「どうして案山子をいじめるのか?」だ。
細かい動機はよくわからないけれど、共通しているのは「憎いから」の一言である。
私は、その後「どうして案山子を無くしてしまわないの?」と決まって聞く。
そうすると、どの人も共通して「捨てるかちすらない」と言う。
さらに聞こうとすると、どこかへ言ってしまうか、今度はこちらに殺気を飛ばしてくるので、これ以上は聞けなかった。
私は、連日こうして広場に留まっては、街行く人に同様の質問をしている。
曲がりなりにも魔族の私は、わからない事や理解できない事があるととてもモヤモヤするのだ。
どうして、私がこんなにモヤモヤしているのかと言うと、原因は案山子にある。
私は、他のみんなのように案山子を見ても、少し違って見えるのだ。
それは、一人の魔族の姿をしている。
私の知っている人ではない。
どこかで見たことがあるような感覚はあるが、全く記憶にない。
家族に聞いてみても、該当する容姿の魔族はいなかった。
そして、ここが最もおかしな点なのだが
【おいおい、またうろちょろしてるのか?
早いとこ家に帰んな、嬢ちゃん。】
案山子が、こちらに煽りではなく、普通に話し掛けてくるのだ。
私は、案山子を無視して再び回りの人へ質問を繰り返す。
その様子を見て、案山子はさらにため息をつく。
といっても、写し出している人物がしているわけで、別に麻袋の人形がそうしているわけではない。
【嬢ちゃんも大概変なやつだよなぁ。
どーして俺に当たり散らして来ないんだ?
俺はやられるのが仕事だぜ?】
これも無視をする。
なにせ、普通に話し掛けているところを回りに見られてしまうと、それこそ奇異の目で見られてしまう。
・・・まあ、もう手遅れかもしれないが。
それからしばらくして、人もいなくなり、広場に私しかいなくなったタイミングで、私は改めて案山子に向き直る。
そして、案山子の顔辺りを指差す。
「ちょっと!!
人がいるときに話し掛けてこないでっていっつも言ってるでしょ!!
変なやつって思われちゃうじゃない!!!」
威嚇のために軽く魔力を乗せて怒鳴ってやると、案山子は少しのけ反り、周囲の石畳が魔力圧に負けてカタカタと鳴った。
私のような子供でも、これくらいは出きる。
だが、案山子は何事もなかったかのようにもとの態勢に戻る。
【けっ、その程度じゃ風に吹かれてるのと変わらねーぜ?
もっと魔力を集中させな。】
「もーっ!!街長の魔術でもケロッとしてるんだから、効く分けないでしょ!!!」
私が地団駄を踏みながらそういうと、案山子はカラカラと笑った。
【カーッカッカッカッ!
あんな青瓢箪より嬢ちゃんの魔力圧の方が断然きついぜぇ?
まあ、それでも俺は壊せねぇだろうけどな?】
「キィー!!
一言多いのよ!一言!!!」
私はさらに地団駄を踏むと、途端に案山子は神妙な顔つきでこちらを見下ろしてきた。
突然の変化に、私は一瞬身構えた。
だが、案山子の次の一言は拍子抜けするようなものだった。
【なんで嬢ちゃんは、俺を責めないんだ?
そこまで苛立って地団駄まで踏んでんだ、当たり散らしたってだらもせめやしねーぜ?
それに、いま踏みつけられてる床の変わりになるのが、俺だぜ?】
案山子がそういって、顎でしゃくるように首を動かした。
私は、足をチラッと上げて地面を見る。
石畳は、私の地団駄でわずかにだが表面が削れ、足跡のようなものが残っている。
しまったと思いつつも、認めるのはなんとも癪に触るので、プイッと顔を反らした。
「わ、私が悪い訳じゃないもの!!!
あなたが言ってくるからそのせい!!」
私がそういってズビシッと案山子を指差してやると、分かりやすく肩をすくめた。
・・・今さらだけど、どうやって肩をすくめているんだろうか?
両手と首まで縛り付けられてるのに
気になり出す前に、私は案山子に別れを告げ、広場を後にする。
案山子も気になるが、皆の話を聞く方がもっと大切だ。
そうして私は、再び街行く人に質問を繰り返す。
どう返されようとも、どう思われていようとも
気になるものは気になるのだ。
だって、おかしいではないか。
曰く、案山子はその人が最も憎む人を写し出す。
曰く、案山子はその人が最も許せない人を写し出す。
曰く、案山子は当人を怒らせる情報を吐き出す。
曰く、本人以外にはその声は聞こえない。
だったら、どうして?
どうして、私に見えている案山子の姿は
どうして、私が聞いている案山子の声は
最も敬愛し
最も信頼し
最も・・・愛おしい
“
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