第5話 あくまで

ノンラレビット卿

それは、聞く人が聞けば震え上がるほどの名。


魔王様の側近であり、魔王業務を現在取り仕切り、変わりに行っている彼は、じつに切れ者である。


他のものが“1”を聞き、理解している間に

彼は“10”の物事を捉え、解釈する。


戦闘能力も申し分なく、その巨体から振るわれる剛力は、山を穿ち、大地を揺るがすといわれている。

実際、過去の戦歴や功績からも、強さは申し分ない。

まさに、魔王の側近にふさわしい魔族である。



ただ、そんな彼にも欠点や弱みがある。


それは──────




「おーおー、久しぶりだんなぁ??

ずぃぶん会わねぇーうちに、辛気臭ぇ面になったんだなぁ??」




強烈な語気と所々癖のある喋り方に、私は思わず首を傾げてしまいそうになった。



・・・・・・何て??



彼、ノンラレビット卿はかなり辺境の土地出身で、独特の発音で喋る。

故に、少々話を聞くのに苦労をする場面が常に発生する。


集中して聞いていないと、なにを言ってるのかさっぱりわからない事が時々ある。




「あんれぇ!!

魔王様の娘っ子でねーか!!

城で見ねぇと思ったら、こんなとこにおったんかぁ?

仮にも、魔王様の跡継ぎだべぇ?

家出にしても長くねぇーか?」




「魔王様の娘っ子」という単語を聞き、あわてて会釈する。

まあ、言ってる感じ私のことを責めている様子なので、とりあえず謝罪の意味も込めてだ。


すると、ノンラレビット卿が少し悩ましげにこめかみをグリグリともみ、ニックの方をみる。




「そもそも、おんめぇがすぐに帰さねぇのが悪ぃど?

子供は宝、大事にせねぇばな??

んだども、おめぇさんのことだ。

なんか考えてんだべ?」


「・・・買いかぶり過ぎだよぉ?

僕はしがない街の長、君みたいに、先の先まで見通せてる訳じゃないよぉ?」




ニックがそういうとノンラレビット卿は、少しだけ目を見開き、数瞬後、大口を開けて笑いだした。

そして、ひとしきり笑い終えた後、今度はライザーの方を見た。




「最果てんとこも、久しぶりだんなぁ?

おまんとこの民層、クセ強ぇかんなぁ!!

ヒ~ヒヒヒヒヒッ!!」




ライザーを指差しながら、盛大な引き笑いを披露した彼は、満足したのかドカリと椅子の背もたれに寄りかかった。


ニックとライザーも、少々困った笑みを浮かべながら、ノンラレビット卿へ視線を向けた。

すると、彼はニコニコしながら二人を指差した。




「すったら顔されちまったら、オラもおふざけしてる場合で無くなるなぁ?


さぁて、二人とも早速で悪いんだけんど


─────ちーっと、働いてもらうど?」




ノンラレビット卿は、そういうと懐からひとつの巻物スクロールを取り出した。


そして、目の前の机に広げると、彼は二人の方を見た。




「あんなぁ?

今回は、最果てんとこの動きを予測して、あえて二人に頼んどきたかった案件だぁ。


最果てんとこのと話してっから、まあ知ってるとは思っけども、まあ確認がてらなぁ?


今、各街で反魔王勢力が増えつつあるんだけんども。

そんなかでもかなり過激になり始めった街があんだ。


深緑谷んとこの長のスライムがな?

今回は収めたって話だけんど、肝心要のスライムから連絡がまだねぇ。


律儀で義理堅ぇあいつが、連絡してきてねぇんだ。


─────もう、何頼むか分かっか??」




ノンラレビット卿の質問に、いち早くライザーが言葉を返した。




「率直に答えさせてもらう。

無理だ、代わりがいない。」




即答したライザーに、ノンラレビット卿は答える。




「まぁ、慌てんなって?

どうだべ?ドミニック。オラの言いてぇこと、正確に補足できるんでねぇか?」




話を振られたニックは、困ったように眉根を下げながら、説明し始めた。




「えーっと、ライザー。

わかりきってると思うけど念のため言っておくとぉ

この話、受けないって選択肢事態が最初から無いんだぁ。

理由は簡単で、僕らの自治領が、深緑谷に隣接してるってのもあるけど、ノンラレビット卿が事前対策してないわけがないし、それでも僕ら二人に頼んだって点で、これがだってことが間違いないからね?

僕らにしか解決できない案件だよ。」




ニックの説明に、ライザーは頭を抱えた。




「待て待て、わかりきってることをつらつら言うんじゃない。

私が聞きたいのはただひとつ。


我々が抜けている間、誰が代わりをやるのだ?


納得などというくだらないものの前に、具体的な案を聞かせてくれと言っているのだ!!」




苛立たしげにそういい放つライザーに、ノンラレビット卿は答えた。




「最果てんとこの文句はもっともだけんど、どうしても解決するにはお前たちの力がいんだ。


まあ、うちから事務官来させっから、それで手打ちにしてくれ?」




両手を顔の前で合わせ、ペコリと頭を下げたノンラレビット卿に、ニックは眉根を下げながら横目でライザーを見て、ライザーは鼻をならしてそっぽを向いてしまった。


その様子に、ニックはうなずいた。




「彼も納得してくれたみたいだからぁ、詳しく聞かせてもらえるかなぁ?


あー、そうだ。

ナリア、申し訳ないんだけどぉ。

サリアと一緒に席を外して貰えるかなぁ??」


「かしこまりました」




ニックに言われ、ナリアが優雅に一礼した。

すると、スッと私の両脇に手を差し入れて、持ち上げられてしまった。


……え??




「それでは、失礼いたします。」



ナリアは、何事もない様子で、私を持ち上げたまま部屋を後にした。

私は、何が起こったのか理解した頃には、既に部屋を出てしばらくしてからだった。


何をするんだと抗議したら「何をいってるのか全く理解できません」とでも言いたげな顔で首をかしげ、私を見下ろしてきた。


いや、ホントに

ナリアだけはいつか泣かすッ!!




「お嬢様にはまだまだ無理ですよ?」


「キィー!!心を読むなと何度も言っているッ!!!」


「ほら、素が出てますよ?

よーしよーし」


「あやすなぁッ!!!」




ユラユラされながら暴れる私を、まるで聖母のような顔で微笑んでくるナリア。


舐めてるな?

いや、もはや見下してるなこの人間はッ!!


絶対に泣かすッ!

鼻水垂らすまで泣かせるッ!!!




「お嬢様ぁ~、寝言は寝てからいうのもなのですよぉ~」




終始挑発してくるナリアに、腸が煮えくり返る。

だが、逃げたり反撃したくてもできない。

なぜなら、定期的に脇を擽られる。


そして、暴れれば暴れるほど、力を逃がされ、さらに擽りが激しくなる。


情けない声を出す前に、大人しくするのが利口である。




「お嬢様、本当に残念な方ですねぇ?」


「…もはや、怒りを通り越して何もする気が起きないわ」


「それは結構。

こんな雨の中、例の案山子の元へいかれますと、風邪を引いてしまいますからね?」


「え、えぇー????

な、なな、なんのことかしらぁ???」




考えていたことが言い当てられてしまい、盛大にうろたえた私を、ナリアが先程のからかうような様子ではなく、少し真剣な雰囲気で私を見下ろしてきた。




「…お願いですから、危険なことはしないで下さい。


私は、ただのメイドで人間なのですから…。




……脆くて弱い、人間なんですから」




表情は変わっていないのに、彼女の顔からは、はっきりとした恐れと悲しみが滲み出ていた。


………参ったなぁ。

これは、本当に心配を掛けられないじゃないか。





ナリアを見上げながら、私は口をへの字に歪めつつ、今日は部屋で大人しくすることにした。


そう思って、私の部屋の扉に手を掛けると、伸ばし掛けた手をナリアに捕まれてしまった。




「如何されたんですか??

これからみっちり稽古ですよ?


ご安心下さい。

“食事”と“入浴”だけは許可しますので」




なーんだ、これから稽古だったのかぁ

そうかそうか、それならしかたない─────







───いや、そうはならないっ!!!


しかも、なんだ食事と入浴だけって!!

他は許されないのか?!




私の手首をつかんで放さないメイドを見上げ、彼女が満面の笑みを浮かべている姿から、私の中で何かが消えていくのがわかった。



このあと、ニック達が話し終えて声を掛けられるまで、私がぼろ雑巾のようになっていたのは言うまでもない。


なお、今日は本当に食事と入浴しか許されませんでした。マル。
















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殴られ案山子と知りたがり少女 @040413shun

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