第4話 噂

今日は、生憎の雨である。


打ち付ける雨粒が、窓や屋根を激しく叩く。


なにかを催促するように

なにかを責め立てるように

なにかを・・・・打ちのめさんとするかのように




「・・・はぁ」




窓辺に佇みながら、雨で歪む外の景色を眺めながら、ため息をつく。


憂鬱な気分である。

私は、この天気が嫌いなのだ。

特になにもないのに、暗い気持ちになる。

外にも行けない。

じめじめして気分も悪くなる。




「サリエ~。どうかしたのかい?

窓の外なんて見て」




不意に、周囲に花を撒き散らさんばかりの雰囲気で現れたのは、この館の主のニックだった。

今日も今日とて、変わらずほんわかポワポワの能天気おにいさんである。


くっ

不覚にも、ちょっと可愛いとか思ってしまった。


男性の魔族に、可愛いなどと大変失礼なことを・・・・・・




「あー、わかったよぉ。

サリエ、今日は外に出られないからぁ、拗ねているんだねぇ?

そんなに気になるのかい?

───あの案山子」




ニックの言葉に、私はギクリッと反応してしまい、しまったと思ったときにはもう遅く、ニックは眉根を少し下げながら肩をすくめて見せた。




「困ったなぁ。

あれは、僕にも正体がわからない不思議な物さ。


なんせ、“如何なる攻撃が効かない”耐久力に


無差別に近づくものを凶暴化させる幻覚付き。


果ては、案山子の周囲の物さえ元に戻ってしまう破格の修復機能まである。


あの案山子を置いた犯人も、どんな目的で置いたのかさっぱりの代物さ。」




頭を降りながら、両手をダランと挙げたニックは窓の外を指差した。




「だけど、唯一案山子の幻術の影響下になってない魔族が一人。


毎日のように調査と称して、案山子に会いに行って困ってるんだぁ。


僕、街長として、なんとか解決しないといけないと思ってるんだけどぉ、どう思うかな?サリエ???」




ほんわかと笑顔を浮かべたニックの言葉に、私は苦笑いを浮かべながら窓の外へ顔を背ける以外の選択肢はなかった。


私も、分かっている。

まだ100歳にも満たない子供が、わがままで家出していると言われても仕方ない。

だが、こればっかりは譲れないのだ。


性分なのである

「知りたい」という欲求には、ついぞ逆らえる気がしないのだ。


幸い、眼はいい方だ。

見ただけでなんとなく理解できるものもある。


だが、あの案山子

あれだけは特別である。


いくら調べようとしても

いくら眼で見ようと


一向にのである。


曰く、憎い相手が見えるという

曰く、絶対に壊せず、滅っせないという

曰く、しゃべりはするが動きはしないという。


だが、知れば知るほど

調べれば調べるほど


どんどん深みにハマっていく


それが、それがどうしようもなく


どうしようもなく───────






「──────昂ってしまう」


「んー?どうしたのぉ??」




いつの間にか、隣にニックがいて、ホワホワスマイルでこちらを見ていた。


私はあわてて距離をとり、「なんでもありません」とベッドの方へダイブした。


くっ!

不覚にもドキッとしてしまった!!

これだからイケメンは!!




「まぁ、なんでもいいんだけどねぇ?

そうそう、近々別の街から長が見えることになってるからぁ、その日はごめんだけど、外出は控えてねぇ?


ちなみに、来るのは最果ての街の長だよぉ?」


「“鮮血帝 ライザー”様ですか?」




思わぬビッグネームに、ニックの方をいぶかしげに見た。

彼は、ほんわか笑顔で頷くと、私はまたため息をついた。


彼の御方、鮮血帝ライザー

いくつもの戦に勝ち、血によって己の功績を示してきた猛者である。


いくつもの噂や武勇伝がはびこり、本当か嘘かも定かではない。


噂が独り歩きしてる感が否めない。

噂の中には「性別が存在せず、不死身である」などと言うものもある。


実際面識があるものから言わせれば、「見て分かるだろう?」と言いたくなる。




まあ、功績には何一つ偽りはないのだが、それでも不死身だったりというのはとんでもないホラである。

なにせ、普通に生きるだけでも命がけな可哀想な人なのである。




「・・・・彼、無事にたどり着けるんですかね?」


「うん、僕も心配なんだぁ

まあ、簡単には死なないんだろうけど。

何せ彼、ひ弱だからなぁ」




ニヘラッと笑う彼に、私はさらに心配になった。

できれば、無事にたどり着いてくれることを祈ろう。


それから、ニックは一通り私と雑談を交わすと、従者の人に呼ばれ、部屋を出ていった。


外を見て、扉を見た。

私は、こっそりと練習していた“透過魔術”を使用する。

これは、一時的に存在を稀薄にし、物理法則から解放される。


平たく言うと、霊のような存在になれる。


成功したかを試すために、窓に触れる。

私の指先が窓に触れ、なんの抵抗もなく貫通し、私の手を濡らす。


さすがに、雨を透過させるには至らないらしい。

今後、練習して精度を上げよう。



さて、気を取り直して

いざ行かん、案山子のもとへ!!!






=================







「・・・まさか、ここにいるなんて」




広場に来てみて、最初にそう呟いた私は、案山子の前で棒立ちになっているガリガリの魔族を見つけた。

あの不健康そうな後ろ姿、間違えるはずもない。

あれは間違いなく、“鮮血帝ライザー”である。


彼は、傘も差さずに案山子の前に立ち尽くし、ただただ案山子を見上げていた。


私は、念のために持ってきていた傘を使い、ひとつ咳払いをした。




「ライザー様、こんなところで何をしておいてですか?」



外用の口調でライザーの背中に話しかける。

彼は、こちらに振り返ることもなく、ただ案山子を見つめていた。


何事かと彼の顔を覗き込んでみて、私は驚愕した。


彼の表情からは、恨みだとか、怒りは感じられなかった。


代わりに、案山子を見上げる顔には、ただ哀れみや同情といった、おおよそ今までの人たちとは違う感情が現れていた。




「・・・ライザー様?」




私は、もう一度彼の名を呼ぶと、やっと彼はこちらに顔を向けてくれた。


そして、私を見下ろす彼の顔を見て、私はまた驚愕した。

彼は、あろうことか、案山子を見ていて、大粒の涙を流していたのだ。


降っている雨による見間違いなどではない、たしかに、彼は案山子を見ていながら、怒りでも妬みでもなく


明確な悲しみを向けて見せたのだ!!




私は、思わずどうして泣いているのか問い詰めて仕舞いそうになり、そんな自分を必死に理性で押さえつけた。


飛び出して仕舞いそうになったのを、数回の咳でごまかし、私は外用の自分を取り繕い、再び声をかける。




「ライザー様、このようなところに供も連れず、傘も差さずに居られてはお身体に触ります。

わたくしの傘でよければ、お使いになってください。」




私はそういって、忍ばせていたもう1本の傘を差し出す。

本当は、案山子に渡そうと考えていたが、よく考えると彼に傘は要らないだろう。

そもそも、差すことができない。


私がライザーに傘を差し出したかたちで固まっていると、彼はゆらりとこちらに手を伸ばしてきた。

そして、傘に手が掛かるというところで、彼は突然私の持っている傘ではなく、私の手首をがっしり掴んできた。


私は驚いて、思わず声をあげてそれを振り払おうとしてしまったが、彼の手はがっしり私を掴んでいた。


なんの真似だ?と彼を見上げた。

すると、彼の方もちょうどこちらを見下ろしており、彼とバッチリ目があった。


真っ赤な血走ったような眼に見下ろされ、私の身体はまるで金縛りにあっているように固まっていた。


彼は、ゆっくりと顔をこちらに近付けてきて、見開かれた目が、私の左手へと向けられる。


釣られて私の目も、追うようにそちらに向くと、私が行使した透過魔術の魔方陣が残っていた。




「・・・屋敷を抜け出したのか?」




低く、重力を伴ったような声にそういわれ、私は思わずヒッとひきつった声が出てしまった。

それを聞き、ライザーは先程までの恐ろしい顔を止め、目を細めて眉根を下げて訪ねてきた。




「咎めるつもりはない。

迎えに来てくれたことにも礼を言おう。

さらに、私の心配をしてもらったことにたいしても、感謝する」




そういって、骨張った手を私の手首から離し、代わりに差し出したまま固まっていた私の手から傘をやんわり取り外した。


そして、バサリと傘を差し、少しかがんだ。




「怖がらせてしまったな?

少々、それを見て感情的になってしまった。」




ライザーは、目線を私に合わせながら、そういって肩をすくめてみせた。


やっと動けるようになった私は、少し大きめに息を吸い込み、一礼した。


向こうがとにかく謝罪をしているが、最初に取り乱したのはこちらであり、失礼な態度をとってしまったのもこちらだ。

謝るべきはむしろこちらだろう。


私の様子を見て、彼は少し困った様子で頬をかき、再び案山子を見上げた。




「この案山子、ずいぶん残酷なものを見せてくるのだな?

噂では、怒りや恨みを助長させると聞いていたが・・・どうやら、私には違う効果をもたらしたようだ」




ライザーは、案山子を見上げながらそういうと、空いている方の手を案山子の方に伸ばした。




「お前、そんなにうらまれたかったのか?」




ライザーの悲しげな問いに、案山子は答えることはなかった。

私に見えていたのは、ただただ顔を伏せ、ピクリとも動こうとしない案山子の姿が写るだけであった。


彼にも、私と同じものが見えているのだろうか?

それとも、別のなにか?



知りたい

わかりたい

問いたい



・・・だが、ダメだ。


せめて、この人が信用に足る人物であると判断せねば。

私の本性はさらせない。



私は、ウズウズしてしまう自分をなんとか押さえつけ、未だ案山子を見つめているライザーに声をかけた。


すると、彼はわかったと短く返事をすると、一言、ただ一言案山子に「さらばだ」と告げ、私の前を歩き始めた。


向かう先は、ニックが待っているであろう館。

私も後を追おうとしたのだが、不意になぜか案山子の方を振り返ってしまった。


なぜだがわからないが、ふと思ったことを彼に伝えるべきだと考え付いてしまったのだ。




「・・・また会えるわ、きっと。

いや、会わなきゃダメよ?」




私は、案山子が何か言ってくるまえに、そういい残してライザーの後を追いかけた。


残された案山子は、相も変わらず広場の中央で、宙ぶらりんの自分を鑑みながらも、気分は頭や頬をかいているような気分で空を見上げた。


しんしんと降り続く雨に濡れ、どんよりとした雲を見つめ。




「・・・会いたくても、あわせるツラがねぇーんだよなぁ~。」




誰に言うでもなく、雨にかき消されたであろう言葉は、なぜか案山子の頭のなかで、何度もこだました。

まるで、彼の現状をさいなむかのように。

彼の行いを責めているかのように。


だから、だから彼は今日も待つのだ。



だれかがトドメを差してくれるのを

だれかが終わらせてくれるのを




「許されるわけ、ねぇだろ」




憤りをたぶんにはらんだその声を、聞き届けるものは、一人もいなかった。














=================




「いやぁ、無事についてよかったよぉ

まさか、サリエが連れて来てくれるなんて夢にも思わなかったよぉ。」


「ふーむ、私はそんなに頼りないか?

道くらいわかるし、自衛くらいわけないぞ?」


「風が吹くだけで飛ばされてしまいそうじゃないかぁ

心配にもなるさぁ?」


「むーん、以後留意しよう。

供をつけるし、身体も少し気にすることにしよう」


「はじめから身体には気を付けてよぉ

心配で、面倒を見てしまいたくなってしまうよぉ」




応接室にて、どこかずれた感じの会話をしながら、ニックとライザーが楽しげに顔を付き合わせていた。


私はというと、メイドに首根っこを掴まれたまま、部屋の隅で立たされていた。

しかも、捕まえているのが、私の指南役であるナリアである。


こうなっては、私にはどうしようもない。

いまここで透過魔術を試しても良いのだが、おそらく、ナリアから逃げられてもニックやライザーから逃げられない。


何せ、人間のナリアには、魔術の機微や魔力の流れなぞ捉えようもないだろうが、二人は歴とした魔族。

痕跡を追ったり出来なければ、長になんてなっていないだろう。




「・・・お転婆な忘れ形見もいたものだな?」




ニヤリと笑みを浮かべながら、ライザーがニックにそう告げる。


すると、ニックは珍しく表情をスーッと消し去り、まっすぐライザーを見た。




「忘れてなんかいないさ?

今もどこかで、僕たちを見てくれている。

間違いなく、だよ?」




ニックの言葉に、ライザーは両手を組んでソファーに背を預ける。




「・・・魔王陛下は、未だ消息不明。

宰相であるノンラレビット卿が、代行を勤めているとは言え、そろそろ限界が近いぞ?

私の地方では、既に反魔王を唱え始めている不届き者すら出始めている。

悉くを消し去っているが、このままでは持たんな」




ライザーの口から、最果ての街の現状が飛び出してきた。


“最果ての街”

様々な力ある魔族が点在していることで有名な街

多種多様な魔族がおり、力の示し方もそれぞれであり、中では知力の誇示や、技術力の有無、果ては力の証明などなど

他分野に秀でた魔族が一同に介している。


そんな街の長であるライザーは、その悉くを返り討ちにし、長の座に君臨し続けている。


無敗にして無敵

しかし、見るからにガリガリで、不健康そうな見た目の彼は、魔族の中でもとりわけ弱そうに見える。

実際、そこまで力は強くないだろう。

魔力もそこまで強くないはず。


だが、無敗

だが、死なない


故に、不死身と噂されている。




「・・・お薬の方、お渡しした方がよろしいでしょうか?」


「どうかしら、要らないと思いますが?」




ヒソヒソとナリアとそんなことを話していると、ニックが分かりやすくため息をついてこめかみ辺りをグリグリと揉み始めた。




「もー、そっちもかい?

火炎山の麓街の長も、深緑谷の街の長も、果ては海底街の長も

みーーんな、そんな根も葉もない噂信じてるんだもんなぁ


僕は悲しいよぉ。

どうやって、あの魔王様がいなくなるなんて思考回路になるんだぁい?」




大袈裟な動きで肩をすくめ、首をコテンとかしげて見せたニックに、ライザーが「ふむ」と顎に手を当ててしばし思案顔を見せる。

さほど時間を掛けずに、ライザーは話し出した。




「あれだけ動き回っていた魔王様のお姿を見かけない。

魔王様の魔力が感じられない。

・・・忘れ形見が魔王城におらず、後継者にするには若すぎる、これくらいか?」




つらつらと喋りながら、最後だけ、私を横目で見ながらそう告げた。

ニックは、膨れっ面になりながらも必死に抗議する。




「なんだよぉ!

どれもこれも根拠も証拠も薄いじゃないかぁ!!

魔王様の放浪癖なんて、今に始まったことじゃないしぃ、魔力だって完璧にお隠しになられる力量だしぃ!!


・・・最後のだけは、解決するには時間がどうしても掛かっちゃうよねぇ。」




尻すぼみになりながらそう告げたニックに、私はその場で地団駄を踏みそうになってしまった。


な、なんと言うことだ!!!

ニックからも後継は無理だと暗に言われているだと!!!


し、心外だ!!!

私は仮にも魔王の娘である!!!


若く、見聞を広めるのが好きなだけで、力がないわけではない!!!


だが、ここで抗議するのははしたない上に子供っぽい。

ここは、大人の対応をするべきだろう。


私は、ひきつった笑みを浮かべながらも暴れだしたい気持ちを必死に押さえた。

気持ちナリアの襟を掴む力が強まった気がするが、気のせいだろう。




「その通りだ。

何にしても、私たち長は魔王様を信じて待っているのが現状だが、一魔族達はそうも行かないと言うことだ。


この街は、お前の手腕や人望で平和そうではあるが、深緑谷の街長は、僅かではあるが過激になり掛けているぞ?


つい最近、変身仕掛けたという話もある。」


「へ?、彼変身なんか出来たのぉ?

ただのスライムだよねぇ???」


「あいつは特別製だ。

普通のスライムに出来ないことが出来るそうだ。

詳しくは私も知らんな。」




「むぅ~、君に知らないことがあるのなら、誰もわからないよねぇ?」


「買い被りすぎだ、私も無いものは拾えんぞ?」


「あはは、謙遜しちゃってぇ

でも、反乱分子はもうあらかた見つけたんでしょ?」


「無論、対処した。だが、まだきな臭い話がいくつか──────」




どんどん話をしていく二人に、私は徐々についていけなくなってきていた。


正直、あっちの街がとかこの人が悪いとか、私はどうもそういった話が苦手である。

魔族関係ほど面倒な話や事はない。


人間と関わることですら面倒なのだ、魔族なんてなおのこと面倒くさい。

そんなことをする暇があったら、魔術の分析や魔力鍛練をした方が有意義だ!!!




「・・・私は、サリエ様の味方ですよ?」


「どうしてこう察しが良いんでしょうか?

私の心を読まないでもらえます?」


「分かりやすいもので、つい」


「・・・不敬罪って知ってるかしら?」




ヒソヒソと軽口を叩きながら、二人の話が落ち着くのを待つ。

白熱する長同士の話に、少しだけブレーキが掛かり始めた頃、突然、扉が数度ノックされた。



「失礼します!!

お、長!!緊急事態です!!」




返事も待たずにそう叫びながら入ってきたのは、ずいぶんと若い男だった。

見た目は良いおじさまの40半ばである騎士姿の彼が、来客中のこの部屋に飛び込んで来るってことは、本当に緊急事態なのだろう。

ニックも、普段のポワポワした雰囲気を少しだけ引っ込ませて、真剣な表情で騎士を見た。




「た、たた、たった今!!

魔王城から使者の方が!!


の、の、ノンラレビット卿がお越しになられております!!!」






騎士から飛び出してきた名前に

その場にいる全員が直感した。




















────面倒事だ、っと









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