第3話 種族

この世界には、大きく分けて二つの種族がいる。


一つは、魔族

身体能力に優れ、高い知能を持ち、膨大な魔力を有している。


もうひとつは、貴重な労働力であり、魔族のシモベである、人間

力も弱く、魔力も極めて弱い。

だが、手先が器用で知能も割りと高い。


魔族に守られなければすぐに絶滅してしまうような儚い存在だ。


シモベと言っても、家事をやらせたり、料理を作らせたり、或いは愛でてみたり。

上手に使ってやると本当に便利な種族だ。

中には、怠け者だったり反抗的なやつも居るようなのだが、大抵が仕付けてやれば素直になるとてもいい種族だ。


私にも、側使えに人間がいる。

名を“ナリア”と言う。


メスであり、私よりも頭がよく、様々なことをそつなくこなす。

たまにではあるが、お父様からの言いつけで、勉強を教わったり、護身術とか言う身体を使う技を教えてもらっている。


ナリアは、私のことを軽々と投げ飛ばすし、私の攻撃も難なく避けるかそらすのだ。

人間の癖に強いが、本人曰く「その辺りの魔族の魔圧で気絶するくらいには弱い」だそうだ。


その割りには、私の魔圧は見事に躱しやがるのだが、どう言うことでしょうかねぇ?




「お嬢様、足元がお留守でございます。」


「ぎゃんっ!」




ナリアの言葉でハッとした瞬間、すでに私は両足を中空に投げ出され、後頭部に衝撃が走った。

大の字に倒れた私のしかいには、チカチカと光が瞬き、そこに澄まし顔のナリアが両手をお腹の前で重ねて見下ろしてきていた。




「稽古中に考え事をしていてはいけません。

常に、相手の次の手を読み、合わせ、力を流すのです。

今のも、私の言葉に驚いて、後退りしようとした勢いが、そのままお嬢様へと返ってきただけです。」




そういって、ナリアは起き上がろうとした私の腕をソッと掴み、軽くクイッと引っ張ってきた。

すると、不思議なことに私の身体は全く労なく立ち上がり、自然と気を付けの姿勢をとっていた。

ナリアは、そんな私を見て、ペコリと優雅に一礼して見せて、再び所定の位置に移動して構えた。


・・・実は、彼女は魔族で操作系の魔術をかけているんじゃないだろうか?




「何度も申しておりますが、私は人間でございます。

それに、力・体力は並以下、魔力もゼロでございます。

言ってしまえば、小手先のみでお嬢様をひっくり返しておりますので、悪しからず。」




ナリアは再び頭を下げた。


私は、その言葉と態度に沸点を下げた。


結局、その後何度も何度もひっくり返され、最終的にナリアを倒すことは一度も出来なかった。














「と、言うわけで。

あなたもそういった技術とかで攻撃や魔術を避けたり受け流してるって訳じゃないかしら?」


「いや、ねーよ」




案山子の前で、ズビシッと指差したポーズでそういうと、案山子は首を無理やり左右に振り、私の天才的な気付きを否定した。


むむむ、違うのか。

まあ、確かにそんなことを出来るような状態ではないだろう。


両手足は張り付け、首も動かせず、挙げ句には魔力を操っている形跡すらない。


だが、そんなことがあり得るのだろうか?


ここ数日案山子を見てきたが、はたから見ているだけでも、弾け飛んだり蒸発したりしていても可笑しくない攻撃の数々。


それら全てをその身一つに受けておいて、無傷なのだ。

やはり、魔術的なアプローチでもない限り、これはあり得ない。




「あー、わかったわかった。

すこーーーーーーしだけ、俺のこと話してやんよ。」


「ほ、ほんとう?!」




案山子からの情報とは、思ってもみなかったことだ。

本人からの情報である、それは確定情報として扱える!!!


ふふふ、また一歩、案山子の正体に近づいた!!




「はぁ、まさか、そんなキラキラした顔されるなんてなぁ。

嬢ちゃんやっぱりかわってるぜ?」


「そ、そんなことはどうでもいいから!

さぁ、あなたのことを教えなさい」




私がそういうと、案山子は無理矢理肩をすくめるような動きをしてから、話し出した。


最初は、立て札や私が見てきてなんとなくわかっていたことから始まった。

仕組みまでは話してくれなかったが、概ね私が調べたり見たりした事ばかりだった。


姿が憎い相手等に変化する

魔術・物理の攻撃はあまり意味がない


だが、最後にひとつとんでもない一言を案山子は言いはなった。




「そして、これはまぁ、知ってるやつはおそらくいないだろうが・・・

こんな見た目してるが、割りと動ける。

その代わり、動いたら今まで言ったこと全部無かったことになるけどな?」


・・・な、なんだって?!

私は、あまりの事にその場で数歩後ずさった。


う、動けるの?

この見た目で?!


私はまじまじと案山子を見つめ、どう動くのか考察を始める前に、案山子はため息をついた。




「考えてもみろ?魔術も物理的な攻撃も効かねぇやつが、こんな細くて脆そうな紐やら木の棒ごときで、動けなくなる訳無いだろ?」




あ、ああああー!!

た、確かに!!!たしかにそうだ!!


言われてみれば、その通りではないか!!!

どうして今まで気が付かなかった!!


そこまで絶大な力を跳ね返す能力があるなら、普通拘束なんてされるわけがない!

ど、どうしていままで気が付かなかったんだ??


そこまで考えて、ふと疑問に思うことがあった。




「・・・どうして、案山子は動かないの?

というか、どうして未だに縛られているのよ?あなた」




私の素朴な疑問に、案山子は少しいいよどむが、すぐに返事を返してきた。




「そりゃあ・・・・・俺の罪だからだな」


「罪ぃ?どういうことなの?

あなたもしかして、犯罪者なの??」



私が、からかうようにそういうと、案山子は神妙な面持ちでこちらをみて、力強く頷いた。




「ああ、俺は大罪人だぜぇ?

言っても分かんねーと思うが・・・

俺は、ってやつだ。」



案山子の言葉に、私は小首を傾げてしまった。


たいりょうぎゃくさつはん??

なんだそれは?

言葉てきには、多く虐殺した者が罪に問われたと??

そんなの、か?


敵勢力は、皆殺しにするのが普通であるし、反乱の意思を潰すためには、到って普通のことである。

むしろ、大量に殺すほどの力を持っているという証明で、恐れられても罪にはならないんじゃないだろうか?


私がそう思っていると、案山子は困ったような笑顔を浮かべた。

そして、まるで私に言い聞かせるように語り始めた。




「まあ、嬢ちゃんにもいつか分かるようになるかも知れねーけどよ?

嬢ちゃんみたいな魔族にゃわかんねー価値観かもな。


ちなみに、俺も歴とした魔族だが、まあ、その・・・・・いい縁を持てたからな。

お陰さんで、今では、この通りだ。」




案山子は自分を示すようにそういうと、苦笑いした。


・・・そうか

何者かによって、案山子はこうなったのか。

それも、こいつは今でもこうして縛られ、顔も知らない奴らに痛め付けられているのか。



それは・・・

それは、それは随分──────








「・・・弱のね、あなた」





私がその言葉を言った瞬間、案山子が両目を見開き、私をじっと見つめてきた。



そして、案山子は今までで一番辛そうな顔をした。




「・・・ああ

そうだ、その通りだよ嬢ちゃん。



・・・俺は、弱い。

弱いんだ・・・弱かったんだよ。



もっとはやく、気付いてりゃよかったんだけどなぁ・・・・・・・自惚れてたよ」




案山子のいままで見せたことのないような、どこか遠くを見つめる表情をみて、私は何も言えなくなってしまった。


な、なんなんだろ?

なんだか、とても申し訳ないことを言ってしまったようだ。

バツが悪くなり、一度視線を周囲に向け、そして気がついた。



・・・わずかだが、魔力がにじみ出ている。


私がそれに感づくのとほぼ同時に、私の背後の路地から凄まじい金属音が鳴り響く。


私は反射的にその場から前方へ飛び、案山子を飛び越える。

すると、まるで予測していないほど巨大な爆発音

それと同時に、案山子の頭を、小さな何かが貫き、風穴を空けた。


私は、案山子越しに音のした方をみると、そこには一人の魔族。

手には、見慣れない鉄製の筒と、これまた鉄の小さな球体を袋に入れており、ジャラジャラと手のなかで弄んでいた。


「お嬢ちゃん、もういいなら退いてくれねぇか??

俺ぁ、もう耐えきれねぇぜぇ??

そのクソッタレの浮気女を魔蜂バトルビーにしねぇと気が済まねぇんだよぉ!!!」


血走った目でこちらを案山子ごと睨み付ける男は、手に持った見慣れない筒を構え、手の中の球体を筒に詰め込んだ。




「人間が作った最新の武器だぜぇ?

爆裂魔法と振動魔法のミックスだ!!!

細胞ごと吹っ飛ぶこと間違いなしだぜぇ?!

クソアマァぁーーーーー!!!」




どうやら、あの男には案山子が恋人にでも見えてるのだろう。

男が雄叫びをあげるのと同時に、大きな炸裂音と共に、案山子のからだ部分が大きく吹き飛び、辺りに真っ赤な液体が飛び散った。

そして、案山子がうわ言のようになにかをぶつぶつと呟き始めた。




「は、はっはーー!!!

いーいキミだぜぇ?!?!

お、俺を裏切るから、裏切るからだぁ!!

見ろ!!辺り一面お前の血で汚れちまったなぁ?!

はっはっはっはっ!!」




手から筒を落とし、持っていた球体もジャラジャラとばらまいた男は、涙を流しながら狂ったように笑い、こちらを振り替えることなく去っていった。


その様子を見ていた私は、案山子を見上げる。

彼の身体は、既に穴は空いておらず、うわ言も収まっていた。

代わりに、痛ましいものを見るような顔で、去っていった男の背中を見つめており、こちらを見下ろしてきた。


必然、視線が交差した私たちは、バツが悪そうに顔を反らした。



「えっと・・・大丈夫なの?

珍しく、身体に穴空いてたけど?」




私が誤魔化すようにそう訪ねると、案山子はどこか嬉しそうに笑った。




「ああ、随分と清々しい気分だぜ?

何せ、ようやく身体に傷を負うような攻撃が来たんだからなぁ?」




カラカラと笑いながら空を仰ぎ見た案山子は、どのような顔をしているのだろう。

あいにく、ここからでは見えない。


だが、私はその時案山子が呟いたことを聞いた。

いや、聞こえてしまった。




確かに


案山子は空を仰ぎ見ながら言ったのだ。







「───────それでも、俺を殺してくれる威力はなかったなぁ」







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