第2話 前日

『Mika! 』

『Mika!! 』

『Love! Love!! Love Forever!!! 』

《ありがとう! ありがとうみんな!!》

 想えばそれが、生涯の頂点だった。

 アイドル。

「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を指す。 英語(idol)に由来する語。

 アイドルだからトイレ行きません! 。

 笑い話では、無くなった。

 ボカロの出現である。

 ボーカロイド、音声の歌姫。

 実在人物の音声データを基に構築されたシステムは、直ぐに人間による音声原音を要しないモデルを獲得する。

 音声限定のボカロがビジュアルを備えモーションを獲得しパーソナリティを得るに至り、3Dの偶像たちはこれを笑って見ていられなくなった。

 その笑顔が、醜く引き攣る。

 ボカロは、不眠不休だ。

 同時に全国の会場を満席にし、全エンドユーザにカスタマイズサービスを望むだけ時間無制限で提供する、スキャンダルとも無縁、永遠の、不老不朽の、偶像。

 ヴァーチャルと融合したボカロは芸能覇権を一気に掌握するに至る。

 独りひとり、要望パラメータによる理想の、偶像。

 昼も、そして夜も。

 何一つユーザの欲望を阻害する事なく在る、理想の異性。

 肉体芸能人が最期の一人まで駆逐、廃業退場という時代の決着を見るまで、時間は要しなかった。

 ヴァーチャルがデファクト、オンリースタンダードとなりそして、一つのイベントが起きる。

《歌ってみた》

 久しぶりの肉声は、まずユニーク、奇異の眼で迎えられた。

 しかし徐々に、その特徴的な美声。

 加えてヴァーチャルでは尚表現が難しい、ファジーパーソナリティ、ランダムクォリティが少しずつコア層を掘り出し惹きつけてゆく。

 初めて開示されたスッピンビジュアルも、時に愛らしく時に猛る毒舌も、Good/Badの乱高下の中、唯一無二という得難いヴァリューを着実に蓄積、獲得して行った。

《このままでは、日本人は、ダメです!! 》

 その本性が炸裂した瞬間、オーディエンスの歓呼は頂点を極めた。

 3D国難アイドル、推参!! 。

 秦野深香が徒手空拳で開拓した国政参加へのゴールデンロードは、転居での被選挙権支援すら厭わない熱烈な有権者に最初期から支えられていたのだ。





 

 

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日本亡命政権奇譚 大橋博倖 @Engu

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