第18節 そして初夏は過ぎ去り

「地下の部屋には睡眠薬、作業員の服に似せた衣装や新旧拠点の見取り図、それに生活の跡も。でも残念ながら犯人は逃げてしまって」



 アンデッド戦を繰り広げたその日の夕方。

 丘の上に戻った4人は、拠点の主要メンバーに報告します。



 ジルベールとパリスに笑顔が戻りました。


「いや上出来だよ。今後のことを考えると薄気味悪い部分もあるが活動再開できる。作業に遅れが出てしまったが、なに、取り返すさ」



「今、騎士団で地下を調査中だが、危険がないと判断できたら建物の専門家にも中を見てほしい」


 分隊長はそう言いつつ、クロエとジルベールを見ました。



 イェルクはその横で考え込んでいます。


「アンデッド退治の専門家としてティダンの神官戦士が来たけど、逆に拠点を奪われて地下に根城を作られてそのままになったのか、それとも……。あと土砂崩れした通路は城壁をまたいで蛮族が脱出用に……」



 クロエはイェルクの話を遮ります。


「イェルク、歴史考察はあとだ。我われの知らない秘密の場所が、領域の奥深くに残ってることが問題なんだぞ」


 そんな場所は他にもあるのではないか。クロエには恐ろしく感じられました。


「アンデッド騒ぎも、火災も資料の盗み見も、全て1つのグループによる行動でまず間違いなさそうだ。でも」


 クロエには、ハッキリとした犯人像が浮かびません。


「ファントムは強敵だ。なのに、それはずっと外に出てこなかった。なぜだ? ゴーストだけを差し向けてきたのは、やっぱり足止め狙いだとして、じゃあ何のための足止めだ?」


 それに、とクロエは考えを巡らせます。


「作業員に似た服まで調達し、工事計画書を見ていた。それだけ見ると明らかに人間による仕業だが……」


 そこにアンデッドが加わり、その根城が蛮族の古い拠点かもしれないとなると、諸外国によるスパイとは思えないのです。


 カラスの使い魔も考慮せねばなりません。



 かつて蛮族がここを放棄する際、将来の再起に備えて幾つかの拠点をこっそり残してるのか? そして、それに加えて今回は人族が蛮族の手先になって動いている?

 

 クロエはまさかと思いつつ、しかしそんなことはないとも言い切れませんでした。高位の蛮族は、人間に魅力的な条件を提示し、裏切らせるような狡猾な手段を用いると聞いたことがあります。


 次第に日差しが強くなる毎日の中で、クロエは薄ら寒い気がして腕を組みました。



 結論は出ません。


 今はアンデッドを退治し、拠点の平和を取り戻したことに満足するしかないようでした。



    ◇



 数日後。



 念のため、エッダたちは残っていましたが、特に事件もなく、約束の期限が来たためギルドに帰還します。


 今は監視されているという気配もなくなっていました。



 エッダたちが荷物をまとめて拠点を出ると、作業員たちが玄関に集まっていました。調査の際は不満をぶつける者もいましたが、今はみな4人を讃えてくれています。


 犯人逮捕とはいかずとも、少なくとも火災やアンデッドの件が解決できて作業員たちの喜びようは相当です。



 そこにギズが現れました。


「ワシのヒントを元によく解き明かした!」


 ギズは4人にしゃがむようお願いすると肩を抱きました。


「ところでの、ヴェルナーと言ったか。お前さん色々とメモしとるようじゃが、ギルドへの報告書に下戸の話はなしじゃ、ええな?」


 それを聞いて4人も笑って頷きます。

 そこの若いの、と数日前は呼んでいたギズが、名前を覚えてくれたことも嬉しかったのです。



 ジルベールとパリスもやって来ました。


「本当に世話になった。これで作業員たちも仕事に打ち込めるよ、ありがとう」



 クロエもまた、4人それぞれに労いの言葉を掛けつつ、こちらもしっかり抱擁しました。


「やっぱり、私の見込んだ冒険者たちに間違いはなかったな」


「クロエさんがくれたアドバイスやお手本のおかげです」


 エッダとアニエスは心からそう思っています。クロエはすごく嬉しそうに2人を見ました。


 そして、笑い合いながら拠点での思い出を話し合います。クロエはもう完全にふざけたときの調子です。


 普段の可憐な感じと戦闘時の凛々しい感じのギャップがいいから、エッダとアニエスにはこれからもその路線で変わらずいてほしいという訳のわからないアドバイスまでくれました。


 クロエはイェルクの方を振り返ります。


「イェルクも見習えよな、この妹分2人の素直な態度を」


 イェルクはわざと驚いた顔をしました。


「またまた、冗談ばっかり。前も言った通り年齢もそうですけど、妹2人と性格が違いすぎて。こんな妹にこんな姉の取り合せは普通ないでしょ?」


 クロエは、エッダたちが帰ったら、今度こそきっちりイェルクと話し合おうと思いました。

 


「あの、ボクは?」


 その横で、ハイエルダールは自分を指さします。



 ペットみたいで可愛いとでも言いそうで、周囲はヒヤヒヤしましたが、


「弟分にして賢者だな。地下通路を見つけただけでなく、ゴーレムが前衛を守ったんだから。ありがとう」


 クロエに再び抱きしめられて、ハイエルダールも誇らしげです。



 次にクロエはヴェルナーに語り掛けました。


「本当に良い仲間を持ったな。1人じゃできないことも、きっと仲間と知恵を出し合って乗り越えたんだと思う。こんなのを見せられたら、全部ほっぽり出して私も冒険の旅に出たくなったよ」


 それを聞いてイェルクはクロエの顔を覗き込んで慌てます。この人ならやりかねない、という感じがありありです。



「それよりさ、みんな」


 クロエは最後に、真剣な顔になって4人を見ました。


「お互いよく修行しておこう、もしもに備えてな」


 この先に何があるのか、それはクロエ自身にも分かりません。


 しかし、クロエは自らが感じている心配をギルドマスターに必ず伝えるよう、4人に念押ししました。クロエもまたギルドマスターのことを信頼しているのです。



 その横で、イェルクが4人を促します。


「馬車の用意ができたし、そろそろ行くか」


 彼とパリスは、ジルベールとクロエの名代みょうだいでハーヴェスの中央政府に事件の顛末を報告です。



 最後の最後まで、作業員はエッダたち4人を盛大に見送ります。


「ありがとう、また来いよ!」


 4人は、また来るってことはトラブルなのにと苦笑しつつ、そう言ってくれたことに胸が熱くなりました。



 エッダは馬車に乗ると手を振りました。


「皆さんさよなら! お元気で!」



 これから何か起こるにしても、4人がそれに巻き込まれるかどうかも分かりません。しかしとにかく今だけは、作業員からの盛大な見送りに精一杯応えようと思いました。



 馬車が走り出すと、丘の頂上では分隊長ほか騎士団が待ち受けていました。


 一斉に敬礼します。


 あの女性騎士ミレーもその中に混じって美しい敬礼姿で見送ってくれています。



 エッダたちは馬車の幌から顔を出すと、その目に焼き付けておこうと丘の上の拠点をもう一度見ました。


 

 夜にうごめくアンデッドから開放されたからか、日射しの強さも相まって拠点周辺は眩しく光っているように見えます。



 その時、夏を告げる鳥たちが空を横切りました。


 今年は少し早いのかな。


 エッダは独り物思いに耽ります。

 本格的な夏はもうすぐそこです。



(第2章「交通網整備構想の地で」完)

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「それぞれの求めしものを探して」 Far East Archives @fareast

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