第17節 地下の怪異
地下通路発見の興奮から落ち着くと、4人に疑問が湧いてきます。
そもそもアンデッドが古戦場で散った兵士なら、この奥で長きにわたり閉じ込められていたことになります。
誰かがそれを偶然に見つけられるような場所ではありません。
なぜ、この場所にアンデッドが囲われていると知る者がいるのか?
しかし4人に考える猶予はありませんでした。
先ほど、思わず石碑をめくりあげてしまったのです。カラスの存在も考慮すれば、敵はエッダたちに気付いているはずです。
クロエを呼びに行く選択肢はありえず、意を決して降りることにします。
4人は自らの体と武器に補助魔法を掛け、アニエスはリカントの種族らしく獣の姿に変貌を遂げておきます。
改めて見ると、階段は思ったより長く続いています。入ろうとしてエッダがためらいを見せたため、アニエスは声を掛けました。
「狭いところが苦手なの?」
エッダは地下が苦手なのですが、そうも言えず笑って流します。
アニエスはエッダを庇って先頭に立ちました。彼女は夜目が利くものの、他の3人のためランタンで足元を照らします。念のためヴェルナーも松明を持ちました。
階下へ行くにつれ闇は深く息苦しさを覚えます。壁はむき出しの土です。触れると湿った感触がして、カビ臭と相まって不快感を与えます。
と、ようやく階下の左手側に部屋らしきものが見えました。部屋の前の通路は南北に延びています。
地下世界の静寂に、アニエスは自分の心音だけが響いているような錯覚を覚えながら、部屋に近付こうとしました。
そのときです。
ドンッ!
と物凄い音がして、北側の通路が崩れました。
土砂が洪水のように通路へ流れ込んできます。
4人は危うく巻き込まれそうになりつつ、立ち込める粉塵に顔を覆います。
こんなタイミングを計ったように都合よく崩落するわけはありません。
敵が脱出する際に追撃をかわすべく崩したのだと想像しつつ、ヴェルナーやハイエルダールは、無駄と知りながらも慌てて崩れた場所に駆け寄ります。
エッダとアニエスもそれに続こうとしましたが、しかし、それはできない相談でした。
先ほど発見した部屋の中から気配がしたのです。
アニエスが中を覗き込みます。
すぐに彼女は作業員たちの報告が正確であると思い知らされました。
体が半透明になったゴースト。古い時代の甲冑を着た姿でこちらに向かってきていたのです。
もうアンデッドは目の前です。しかも問題はそれだけで終わりません。
1体じゃなかったの?
部屋の奥には複数の影が蠢いていました。
そんな心霊体験のような状況に一瞬怯んだ隙を突かれ、アニエスはゴーストによってランタンを叩き落とされました。
作業員には襲いかからなかったくせに!
手に痛みを覚えながら悪態をつくアニエス。
しかし今日ここまでの
これまでアンデッドと戦った経験がなく不安だったものの、素早い動きで拳を繰り出しました。手応えがないかもと想像していましたが……。
いける!
アニエスは、手足に付けた武器を通じてゴーストが怯んだ感覚が伝わりました。ヴェルナーとハイエルダールが事前に準備した強化魔法が役に立っているのです。
そのすぐ後ろで、エッダは地下世界が広くないと分かり気分が楽になりました。
「アンデッド!」
エッダはそれだけ叫んでヴェルナーたちの注意を引きつつ、新手のゴーストがアニエスに近付こうとするのを見てとるや、勇躍、転がるようにして部屋に飛び込みました。そして素早い動きで手にした剣を突き立てます。エッダにも、ゴーストが苦痛に呻いたような感触が剣を通じて伝わります。
しかし狭い部屋ゆえ、エッダにはいつものような跳躍や加速を付けるスペースがありません。
(室内の場合も想定して技を磨いたほうがいい)
エッダはクロエの言葉を思い出すと同時に、その助言を受けていたことに感謝しました。
もう勢いを付けて打ち付けるだけの彼女ではありません。
少しずつ、しかし確実に剣を振るうと、大振りして隙を作るような真似はしません。クロエとの模擬戦以降、エッダなりに対応を考えていたのです。
エッダが的確にゴーストを捉えていく中、アニエスもまたエッダの加勢を得て、華麗なケリで目の前のゴーストを
と、そのときです。
部屋の空気が変わったように感じました。
エッダとアニエスは冷たい空気が流れてきた方向を思わず見ます。部屋を観察する間もなく戦いになりましたが、この部屋の奥には扉があったのです。
すると、そこにはゴーストとは別の、白い布を被ったようなアンデッドが隣の部屋から飛び出してきたところでした。
ゴーストとはまた違う異様な姿に、エッダとアニエスは思わずたじろぎます。
ちょうどその時です。
折よくヴェルナーが駆け付けました。
「そいつはファントムだ! あれは他のゴーストを……」
すぐさま敵の真名を看破し、ヴェルナーがそう言いかけたときです。
ア”、ア”、___________!
新手から発せられる、言葉にもならぬ亡者の金切り声。思わず耳を塞ぎます。
ファントムは生者を激しく憎み、仲間に加えようとすると言われていますが、真に恐ろしいのはその叫び声です。他のアンデッドをより凶暴にする力が込められていました。
その叫び声によって急に俊敏となったゴーストたちが押し寄せ、アニエスとエッダは押され始めました。
更に悪いことに、そこへファントム自身がアニエスに襲い掛かります。
アニエスは姿勢を低くして後ろに飛び退きます。うまく避けたつもりでしたが、狭い部屋ではスペースが足りず、その一撃を喰らってしまいました。
これで、部屋の中にはファントムを含め敵が5体です。前衛だけでは持ちこたえられません。
態勢を整えないとっ。
そうアニエスが考えた矢先です。
ハイエルダールのゴーレムが、アニエスとファントムの間に割って入りました。
「ゴーレムよ、アンデッドを攻撃しろ!」
ゴーレムにファントムほどの強さはありませんが、ハイエルダールの命令に応えて立ちはだかってくれました。
更に背後ではヴェルナーが呪文を詠唱する声も聞こえます。
「神の恩寵を」
ヴェルナーが呪文を唱えアニエスの傷を癒やします。と同時に、同じ呪文を一番身近なアンデッドに向け放ちました。
ヴェルナーが間違えたわけではありません。
神の恩寵は、人間には癒しの効果を持ちますが、穢れたアンデッドにとっては不浄を滅する神の罰です。先ほどのファントムによる叫び声を打ち消すかのように、皮肉にも神の祝福を受けたアンデッドが弱体化するのがヴェルナーには分かりました。
後衛2人の活躍で、前衛のエッダとアニエスは態勢を立て直す時間を得ました。
ときにゴーレムを隠れ蓑にしつつ、ゆっくりとしかし確実に、エッダとアニエスはその技を奮います。
逆に、アンデッドは状況に合わせた戦い方などできるわけはありません。
そこへヴェルナーから呪文をぶつけられては形勢逆転です。
1体、また1体とゴーストが消え去っていく中、流石に格上のファントムだけは執拗にこの世に留まろうとします。
ついにファントムはゴーレムを吹き飛ばしました。ここまで盾役として奮闘してくれたゴーレムでしたが、崩れ去るとただの木の枝に戻りました。
しかし、ファントムの反撃もそこまでです。
長い間、生者を恨みながらこの世に留まるなんて。
エッダとアニエスは、とても悲しいことだと思いました。その苦しみから解放してやることも冒険者の務めです。
素早い動きでエッダとアニエスがそれぞれの武器を振るい続けたあと。
ア”、ア”、___________!
既に最後の1体となったファントムのその叫びは、何の効果も持ちえません。これは、最後の断末魔です。
トドメの一撃を喰らうと、ファントムはゆっくりと消滅していきました。
戦いの余韻に浸ることもなく、エッダは警戒しつつ奥の部屋に向かいます。
しかし、そこはもぬけの殻でした。
(次回「そして初夏は過ぎ去り」に続く)
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