第16節 辿り着いた新情報
「カラスがいたの」
アニエスのその言葉で、他の3人はピンときました。4人は顔を見合わせると、ティダンの建物の前ヘと辿り着きます。
この建物は元より調査対象の1つです。
崩れそうだとの理由で隅々まで調査していないため、見落としがあると思えました。
今、入口の封印が動かされた形跡はありません。慎重に扉を開けますが、中の様子も特に変わりありません。
それでも前回は入口付近しか見ていないため、彼らはランタンを掲げ、昼なお暗いその建物の奥へ入ります。カラスがどこへ飛んで行ったのかは分からず、4人は最大限の警戒をします。
壁を触り、床を調査し、階段は崩れそうか近くに寄って見ましたが本当に脆そうです。じっくり時間をかけて調査します。
そして。
……何もありませんでした。
本当にガックリきて、一行は建物の外へと出ます。
エッダとアニエスは腰に手を当てて立ちすくみました。特にアニエスは、何かヒントを見つけた気になっていただけに、落胆は大きかったのです。
今思えば、ただの野生のカラスだったのかな。
アニエスは俯きます。
見つかるわけがない、そう油断していたところをアニエスに発見され、驚いてつい本拠地であるこの建物方向にカラスが飛んだ可能性もある。ヴェルナーとハイエルダールはそう想像したものの、確証はありません。
この建物以外にも、周辺には土台だけ残る廃墟など幾つかありますが、それら全てを回るとなると…。ぬか喜びした分だけ気力が尽き果てそうです。
もうやれることは全てやるしかない。
急にヴェルナーは見晴らしの良い丘の上へと駆け上ります。実際の地形と古地図を見比べようと思ったのです。
すぐ横にいたハイエルダールが追いかけますが、足が遅いため置いてけぼりです。
「……ふぅ。いきなりどうしたの」
ハイエルダールが息を切らしながら追いつくと、ヴェルナーは構わず彼に頼みます。
「ごめん。でも、実際の地形と地図を見比べれば気付くこともあると思って」
まだハァハァ言いながら、ハイエルダールもまた実際の景色と幾枚かの古地図を見比べます。
蛮族との大戦争、つまり大破局の前後の古地図が揃ってますが、見比べてみると、大破局後、当時の建物はほぼ消失しています。
この辺りでかろうじて原型を留めるのはティダンの建物だけです。
丘の上から見渡すと、よくここだけ残ったなとの印象を受けます。
焼け焦げ、蔦に覆われ、ポツンと残った陰気な感じのする建物。改めて遠景から見ると、この領域に残された黒い点のように感じられます。
この拠点に到着した初日、クロエは、この辺りは蛮族との間で取ったり取られたりだったと推測していました。
経年劣化で薄汚れたティダンの紋章は掲げられているものの、この建物は得体の知れぬ気がします。
現在、この一帯は人族が取り返していますが、大破局の際にどう決着して今に至るのか、国すら変遷し資料不足となってはよく分からないのです。
「やっぱり2階だ。2階を見よう」
さっきは1階に何の痕跡もなく、また崩落の危険もあって近付かなかったのですが、アニエスのためにも気が変わりました。
ヴェルナーは全力で丘を駆け下りエッダたちを探すと、建物の脇にいました。
「ねえ。ちょっと話が。……何やってるの?」
ヴェルナーの問いかけにエッダは、
「それはこっちのセリフよ。気付いたらいなくなってるんだもの。で、ちょっと疲れたし、これを」
と答えます。見ると、エッダは手に小さな白い花を持っていました。
「前に来たとき、イェルクさんが石碑のこと教えてくれたでしょ。その時はできなかったから、過去に亡くなった人達にお花をと思って。そのへんで摘んだ花だけど」
ヴェルナーは気が急いていましたが、エッダの優しさに触れ、神官である自分が一番にそうすべきだったと思いました。
今すぐにでも2階探索の件を話したかったですが、まずは一緒に石碑へ花を手向けることにしました。
そこへハイエルダールが息せき切ってやって来ると、そのままバタンと倒れ込みます。
「……ちょっと。さっきから……急に何なの」
ゼェハァ言いながら、ハイエルダールはヴェルナーに文句を言います。
それが落ち着くと、石碑と花を見て、3人がしていることは理解しました。
まずは神官であるヴェルナーが祈りを捧げると、エッダとアニエスが献花します。
へたり込みながら、ハイエルダールも花をもらうと、石碑の前に行きました。
その時です。
「ん?」
と、ハイエルダールは声を出します。
彼は、他の3人よりも背が低く、人間の子供くらいの身長ですが、それが更に献花のため身を屈めると、彼にしか見えない、彼だから気付いたことがあったのです。
ハイエルダールは石碑を眺めながら他の3人に語り掛けます。
「……この辺の雑草、前に来たときよりも伸びたネ?」
「うん? まあこれからの季節は早いよ。いつだったか雨だったし、余計にうっとおしく伸びるから」
ハイエルダールはそれを聞きながら、石碑を指さしました。
「ここ、おかしいよ」
「何が?」
ハイエルダールはじれったくなって、みんなにしゃがむよう言いました。みんなしてしゃがみ込みつつ、石碑に近付きます。
「この雑草の葉先、石碑の下に巻き込まれてる」
上からでなく横から見ると、石碑の下に、一部の雑草の葉先が下敷きになっていました。
「これって……」
明らかに開閉されて、中に雑草を巻き込んでいたのです。
思わず4人で石碑を持ち上げてみると、かなり固く閉ざされていましたが、人ひとりが通れるほどの下へと通ずる石の階段が伸びています。
それは見るからに古い構造物でした。
そして、その階段は明らかに最近誰かが通った跡がありました。
「じゃあ前に来たときも、もしかして雑草が?」
エッダは当時の記憶を呼び覚まそうとして、みんなに聞いてみます。
ハイエルダールは早口にまくし立てます。
「それは分からないけど、あれから1週間ほどの間に雑草が伸びてるからネ。たとえば夜中に出入りしてるなら、雑草を巻き込んでも気付かないままになったんじゃないかネ」
アニエスは、無言でその場に座り込みました。
空振りばかりのこれまでを振り返ると、込み上げるものがあったのです。
彼女の肩に手を置きながら、ヴェルナーは1人で考え込んでいました。
今、カラスからの知らせを受け慌てて開閉したのか? そんな愚かなことはしない相手だとヴェルナーは考えつつ、同時に、高位の冒険者はここをどう思っただろうかとも想像します。
高位の冒険者がここを調査した数週間前、石碑の下に巻き込むほど雑草が伸びていなかったはずです。
いやそもそも、高位の冒険者が去ってからこの通路の開閉が始まったとすれば、当時は開閉した痕跡など全くなかったでしょう。
ならば、もしこの秘密通路が古戦場の時代からあって、何百年も開閉してなかったとすれば、石碑と周囲の地面の境目は完全に塞がれていたことでしょう。
4人は今日、高位の冒険者たちが持っていない情報で、4人だけが触れた新しい情報を手がかりにしよう、そう考えて調査してきました。
その方向性は間違っていませんでした。しかしそれは、古地図やヒアリング結果だけではなかったのです。
急速に伸びる雑草が示すように、当時とは違う地面の状況。目を凝らせばそこに手掛かりがありました。
季節の変化。それが彼らに気付きを与えたのです。
(次回「地下の怪異」に続く)
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