第15節 最後のアンデッド探索行

 翌日。6日目の朝。


 今日、なんとしてもアンデッド騒ぎに結論を出すつもりです。



 今、エッダたちは作業員から借りたシャベルを持ち、旧拠点の前にいます。ギズが指し示した東側を調査するために。



 しかし、東という曖昧な話から、調査地点をどう選定するのか?

 既に高位の冒険者が綿密に調査している以上、彼らが持っていなかった情報、今だから手に入れられる新情報を元に考えていくしかありません。


 その1つは、当然ながらギズへのインタビュー結果であり、もう1つはイェルクから借りた何枚かの古地図です。


 たった2つしか新情報を発見できなかったことが心許ないのも事実です。

 しかし4人は、まず第1の探索ポイントを新旧拠点のすぐそば、丘を下りきる前の東側に定めました。


 ギズは、影が丘の向こうへ消えたと言っただけです。その影は丘を下りきる前に秘密の地下通路へ消えた可能性もありました。


 アンデッドが拠点を囲む城壁周辺に出る以上、まず一番近くを疑うのは自然な道理です。


 事実、今より大きな建物が東側に建っていたことは古地図から分かっています。


 残念ながら立体図ではなく、地下施設があったかどうかは分かりません。しかし、高位の冒険者は古地図を持っておらず、この場所を重点的に調べた様子はありません。建物の位置に沿って掘り返す価値はありそうです。



 それなのに今、集合時間になってもハイエルダールが来ていませんでした。


 一緒の部屋に泊まるヴェルナーは、


「すぐ行くからって言いながら、何か儀式めいたことをやってたけど」


 と報告します。その話から待つことしばし。



「おーい!」


 3人が振り向いてみると。


「え? 木が歩いてる!」



 これ以上ない満面の笑顔で、ハイエルダールが手を振りながらヒョコヒョコと走ってきます。その後ろにはほぼ人間サイズのゴーレムがいました。


「驚いた? オークの枝、つまり樫の木で作ったゴーレムだよ。力仕事から前衛の代役まで、何でも言ってくれ給え」



 ヴェルナーは、この間のクロエとの模擬戦以降、ハイエルダールが色々と魔術の研究をしていることを知っていました。


 ハイエルダールは、当座の前衛不足をこれで解消するつもりなのです。



 ゴーレムが動かずにいると、そこには木があるだけのように見えますが、ハイエルダールが命令すると動きます。


 エッダもアニエスも指先でそうっと触ってみますが、動く仕組みが分からずおっかなびっくりです。

 

 みんなが驚いてくれたのを見て、もうハイエルダールは得意満面です。



 思いもよらぬ新戦力を得て、調査にも気合いが入ります。ゴーレムも含め、みんなで建物があったであろう区画に沿って一心不乱に掘り起します。



 しかし何も出ません。古い皿の欠片や建物の支柱は出てきても、出入口の痕跡がまるで見当たらないのです。


 手足を泥まみれにしながら粘ったものの、致し方ありません。他にも探索すべきポイントはあるため、未練ながらに4人は丘を下ることにします。



 ギズの示した方向には、泉とティダンの建物、更にここからは見えませんが、かなり遠くに先日訪れた村です。



 4人は次に泉を目指して進みます。


 ただし、高位の冒険者が調査済の泉自体ではなく、周辺の木立に注意を向けることとしました。


 泉の周辺にだけ群生する木々は、それほど広範囲ではありませんが、視界を遮り見にくいため、何か見落としがあってもおかしくはありません。


 ここでの細かい作業はゴーレムには難しく、いったん待機させると、4人は秘密通路がないかと辺りを慎重に探ります。


 

 そうして、しばらく探索を続けた後。

 ……ここにもおかしな場所はありませんでした。



 アニエスは疲れ果てて近くの木に寄りかかります。みな、それに釣られてへたり込みました。今日は朝からずっと肉体労働の上、成果が出ないのでは疲れても無理からぬ事でした。



 静かになると、少し離れた場所に置いてけぼりとなった樫の木のゴーレムを止り木と勘違いしたか、小鳥たちがその頭に止まります。


 耳を澄ませば、周囲の木々からも小鳥たちのさえずりが聞こえてきました。

 アニエスは、そんな優しい光景に自分の故郷を思い出し、少しだけ癒やされました。



 そのままアニエスが目を閉じて静かな時の流れに身を任せていると。


 しばらくしてアニエスは、ついさっきまでの小鳥たちの鳴き声が消えたことに気付いたのです。また、いつの間にやらゴーレムの頭から小鳥たちはいなくなっています。


 4人の探索行の騒ぎに驚いて飛び立ったわけではありません。なぜ静かなこのタイミングで飛び立ったのか、何気なくアニエスは周囲を見渡します。


 他の3人はそれに気付きもしませんし、気にも留めません。



 しかしアニエスは、小鳥たちが一斉に飛び立つときの理由に心当たりがありました。


 大きな物音に驚いたか、さもなくば彼らの天敵が寄って来たかです。

 何気なくそんなことを考えながら周囲を見て、アニエスは気付きました。


 少し離れた場所で木に止まったカラスを。



 数日前、クロエは、類いまれな直観力でカラスに気付きましたが、アニエスにそんな力はありません。しかし、小鳥たちが彼女に気付きを与えたのです。


 作業員がたくさんいて騒がしい拠点周辺では見逃していたでしょう。自然が多く、静かなこの場所だからこその気付きでした。



 アニエスは、クロエが小動物、とくにカラスに気を付けろと言っていたことを思い出し、


「みんな」


 と、カラスに気付かれぬよう仲間たちに声を掛けようとしましたが、その時、カラスと目が合ったように思いました。


 次の瞬間、カラスはバサッと音を立てて飛び立ちます。


「みんな!」


 その強い口調に驚いて他の3人はアニエスのほうを見ますが、アニエスはカラスが飛び立った方向へ既に走り出していました。

 

 ただでさえ悪い足場で空を見上げつまずきそうになりながらも、飛んで行った方向だけは見失わぬよう懸命に走ります。


 しかし視界が悪く、カラスの姿はすぐに消えていきました。



「どうしたの!」


 エッダがまずアニエスに追いつきます。次にヴェルナーが、かなり遅れてハイエルダールがやってきます。


 アニエスは、それには答えずにしっかりと自分の感覚と向き合います。少し迷いながら、カラスが飛んで行ったであろう方向へと歩を進めます。


 木立はすぐに途切れ、視界が開けます。



 少し離れたところ、ティダンの建物が見えました。



(次回「辿り着いた新情報」に続く)

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