タリナイ(5)

「だからね……最初から私が間違ってたんだよ……。くるみさんの右腕が欲しいだなんてバカなこと言って……コウタは優しいから、私の言う通りにしちゃって……」


「それは……違う。僕だって興味があったんだ。あのくるみさんの右腕は今どうなっているのか」


「でもくるみさんの件の後、設計図を書いて切断行為を続行させたのは……私だよ。私はコウタに私のことを好きになってもらうことしか考えていなくて……」


「それも違う、僕はユリナの書いた設計図を見たとき……楽しくなったんだ。これが本当に完成したら、きっと僕はユリナのことが百パーセント好きになるんだって、そう思ったら楽しかったんだ。ユリナを百パーセント愛せるということがどんなことなのか、そう思ったら楽しくて仕方がなかったんだ。だからユリナのせいだけじゃない」


 変だ。何かが変だ。これでは僕がまるで……


「ねぇコウタ……」


 それではまるで僕は……既に……


「それって……もしかして私と一緒?」


 ユリナが言ったその言葉を理解できたということは、きっと僕は最初から無自覚にそう思っていたからなのだろう。ユリナがこの切断計画を立てたのは僕に好きになってもらうため……つまりは僕の好意を完全にユリナ自身に向けるためだった。


 そして僕。僕はというと最初は自分で興味深いからだとか、楽しそうだからといった理由でユリナの計画に乗った。しかし実際はどうだ。僕の興味や楽しみの矛先はどこに向いていた? ユリナを愛したらどうなるか、百パーセント好きになったらどうなるのか、そのことで頭がいっぱいだったじゃないか。つまり僕もユリナと一緒、僕の好意がユリナに向くことを……。


 それはつまりユリナを百パーセント愛してみたかった、ということじゃないか。


 それはどういうことだ。なぜ僕はユリナに対してそう思った?


 どうして僕は……


「でも……」


 そうだ、だからと言って。


「僕はまだ、ユリナを完璧に愛しているとは……言えない」


「うん、知ってるよ。私がこの身体を手に入れたところで、きっとそうなるんじゃないかって思ってた。だから私は聞いたんだよ。この設計図は本当に完成でいいの……って。コウタは人の心ってものがよく理解できていないんだよ。これからじっくり、私と学んでいこうか。そしたらきっとコウタは……っ!」


 一瞬の出来事だった。ユリナは突然立ち上がって僕のことを思い切り突き飛ばした。僕は肩から床に着地し、血だらけの床に背中を強打した。顔面に滝のような大量の血液がかかる。ドバドバと、生暖かいそれが誰の血液なのか。それはもうわからない。七人の部位を持ったユリナから流れる血液は、もはや誰のものなのか……。


 僕の目の前で、ユリナが頭頂から真っ二つに割れた。奥ではくるみさんの顔をした死体が、鉈を持っている。振りかぶった直後のような態勢だった。


「……ユリナ!」


 大丈夫だ。死ぬはずはない。今までずっとそうだったように。切断されたところで人は死なない。それが今回だけ例外だなんてことは……。

左右に真っ二つになって倒れたユリナの死体を、僕は抱きしめる。反応はない。


「何でだよ!」


 揺さぶっても何も起きない。それどころか揺さぶれば揺さぶるほど、ユリナの頭からヌルヌルとした何かが溢れ出て、取り返しがつかないように感じた。


「お願いだ……ユリナ……起きてくれ!」


 ユリナを死なせたくない。しかしどう見ても手遅れだった。


 今までにもいくつもの死体を見てきた。しかしユリナのそれは今までとはわけが違う。頭部が割れていて、脳みそにも損傷があった。


「何で……」


 教えてくれ。僕が人の心を学べたら、人の心がわかったら。きっと僕はどうなっていたんだ? ユリナは何を言おうとしていたんだ?


 たぶん僕はこの先も、人の心なんていう臓器でも何でもないものを理解することはできないのだと思う。ユリナを失った僕に、それを理解する術はもうないからだ。


 でも。


 わかってはいない。でもなんとなく気づいてしまった気もしなくはないのだ。理解はできていない。だから確証もないし、この考えが本物なのかもわからない。


 でももし

 僕に人の心がわかったら

 人の心というものが理解できたら……


 僕はきっとユリナにこう言うのだろう。



「僕はずっと前からユリナのことが大好きだったんだ」



って。



 僕はポケットの中に忍ばせていた、ある物を取り出す。


 一度は拒否したもののいつか渡せる日が来る、そんな気がしてこっそりと買っておいた物。僕は床に散らばったありとあらゆる誰かの部位の中からユリナの右腕を拾い上げた。くるみさんのではない。この劣悪な右腕は、間違いなくユリナのものだ。


「遅くなっちゃったね」


 僕はユリナの指に、それをゆっくりとはめる。


 ゴリッ、だか。

 ブシャッ、だか。

 メリッ、だったか。


 その音が僕の耳に入ってきたその瞬間。


 僕はユリナの死体の上で眠っていた。ユリナと同じように。


 止めどなく溢れる血液の海で、僕等は一つになる。


 身体も、……きっと心も。



 ……ツナガル。

 



                             完。

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ツナガル 小さい頭巾 @smallhood

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