夢に夢見る

Anti Wonder

夢に夢見る

某所某大学、脳精神学教授。それが私の肩書きだ

脳精神学は時間、空間に次ぐ精神の次元に干渉する「精神体」なるもの―「意識」、「心」などとも呼ばれる―と、脳との関係性を探求する学問だ

ご立派そうに言ってみたが、実際にはまだその全容が確認されていない、殆ど解っていないのが現状だ

何せ、精神体は既存の物理的アプローチでは干渉する術がないのだから

そういう訳で教授と言っても私も学ぶ側であって、若い彼彼女らと何ら変わりはない

そんなだから受講する者も少なく、私は職を失うその一歩手前にいた訳だ


「教授、今日も眠そうだな」

「なあ、あのだらしなくズレて見えるブラってエロくね?」

「は?お前あんなのが趣味なの?引くわ」


今日も、というか生まれてこの方、私は寝るという行為をしたことがない

私は人間の進化過程に置いて生まれてしまった劣等種、「不眠者」という種族で、その名の通り眠ることが出来ない

どうして「寝る」という機能が退化してしまったのかは不明だが、私はそのことに酷く不満を抱いていた


「っ…静粛に」


そして寝ていないということは小さな刺激にも体に強く影響を及ぼす

本来、人間は寝ていないとものの一週間弱で死に至る

なのに私はどうしてか30数年経った今でも生きている

しかし常に体が弱った状態にあり、こうして立っているだけでも吐き気がする

それでも私が教鞭を取り、大学教授になったのには理由がある


「では、先日の続きから…」

「…」


隣と雑談に耽る者もいれば、私の講義―果たしてそう呼べるものであるかはさて置き―を熱心に聴いてくれる者もいる

いつも一番前の中央の席に座る彼女の名は「美森愛(みもり あい)」君

彼女ならばもしくは私の計画に活用出来るのかもしれない

私は講義が終わり、そそくさと皆が出て行く中、壁に体を預けて少し体を休ませていた

そして講義室にはふたりだけが残った


「…えぇ…美森、愛君。君で良ければだが…私の研究を手伝ってはくれまいか?」

「もちろん!お手伝い出来るなら光栄です!」

「……ああ、助かるよ…。この後…私の研究室の来てくれたまえ…」

「はい!!」


もしかしたら、という淡い願いだったが、まさか即答するとは

これは本当に期待しても良いのかもしれない

そうして私の壮大な計画の第1段階が始動した



―――――



望疲覚弊(もちづか かへい)教授。わたしの愛するひと

教授に惹かれ始めたのは丁度1年前だった


『ああ、なんてだらしないひとなのだろう。服は着崩し、髪はあちこちに跳ねて、目の下のクマも酷い』

「まず前提として…であるから…」

『早く終わらないかな講義。新しい服見に行きたいな』


わたしもかつては数多ある無関心を貫く者のひとりであった

その日も教授の講義を聞き流し、新しい服やコスメのことで頭を悩ませていた

そして遂に講義が終わり、ダッシュで講義室を抜け出そうとした時だった


バタン


急に大きな音がなり振り向くと倒れた教授の姿が見えた

周りにはびっくりして固まった者、一瞥して無視する者、慌ててる者もいた

しかし誰からも教授を助けようという意志は感じられなかった


「ああもう、何やってるんだか」


じん命が掛かっているというのにこの鈍間達は何をしている

しかし自分もその行動を起こさない鈍間のひとりであった

そうして時間が経ちやがて、まるで呪縛から解き放たれたかのように出て行く者達が現れた

自分には関係ない、何も見てはいないと自らに言い聞かせているようだった

ひとり、またひとりと出て行く中、わたしは動くことが出来なかった

ふたりだけになった時、教授の方から呻き声のようなものが聞こえた

その声に絆されて金縛りから放たれる


「だ、大丈夫ですか…?」

「大丈夫、ではない…が。少し休めば…」


良かった生きていたという安堵と、いつまでここにいればいいのだろうという嫌気が入れ混じり、ため息が溢れる

暫くしていると教授は自ら起き上がってきた

そしてその底の見えない暗い目がわたしを捉えると、


「すまないな…。見ていて、くれたのか」

「いえ」

「何かお礼をせねばならん、な」


と言ってきたのだ


「いえいえ、結構です」

「まあ、そう言うな…。ほんのちょっとした…気持ちだ。付いて来て、くれたまえ」


遠慮ではなく拒絶のつもりだったが教授には伝わらなかったらしい

仕方なくわたしは教授に付いて研究室まで行く


「寛ぐ…ことが出来そうな場所は、無さそうだな…。私の椅子で良ければ…座ってくれ」


そう言ってわたしに椅子を譲ってきた

もう何を言っても無駄そうだったので素直に従うことにした

教授がお茶を淹れに行っている間、わたしは机の上を眺める


「あ、これ…」


乱雑に置かれた資料やら、実験器具やらの中から一つ、この場から似合わない物があった

「手乗り動物シリーズ」。子供の頃好きだったキャラクターグッズで、全151種類もあって集める楽しさというものを教えてくれた


「ああ、それ…。よく行くお店で、おまけに貰ったんだ。でも私には良さが、解らないし…良かったら貰ってくれ」

「え、あ、はい」


手の上でクリオネの模型の玩具をじっと見ていたら教授が帰ってきた

コトンと机にお茶が置かれる


「カモミールティー…」

「安眠作用があるらしい」

「あん…みん…?」


わたしはハーブティーと教授の目の下のクマを交互に見る

本当に効果あるのかな…


「あ、そうだ…。さっきの玩具、実はそのお店に行く度に貰うのだが…それを君に、やろう」

「え?」

「何、お礼だと言った、だろう。こんな物でいいのか…解らないが。気に入って、くれているよう…だし。講義の後、講義室に残っていれば、その場で渡そう…」


どうやらわたしは自分が思っている以上にこの玩具を貰ったことが嬉しかったらしい

頬を手で包むと少し熱くなっていた


それからは教授に玩具を貰ったり、研究室でハーブティーを飲んだり、研究室を片付けてあげたりした

いつしかわたしは、何かをして貰う為ではなく、教授に会うために研究室に通っていた

だらしないと思っていた姿も、愛嬌に感じてきた

わたしは教授に恋をしていた



―――――



「さて…早速で悪いが…」

「はい!準備は出来てます!」

「うむ。精神体と脳の関係性に、ついて…まだ学会に、発表していないものがある」

「なるほど、今日はそれを実際に実験で検証する訳ですね」

「…ああ、そうだ…」


私は仮想精神次元、VPDの外部接続用端末を取り出した

これは1世紀前、21世紀に仮想現実、VRと呼ばれていた技術の発展したもので、脳とネットワークを電気的に接続し、共通認識が生む世界に入るというものだ

(後半の部分は統制出来るものではなく、何故かそうなってしまうもので未だ原因が究明されていない)


「君は、これから浅い、眠りに入る…。じん体に無害な薬物で、レム睡眠状態…にする。私の推測が正しければ、ひとは…寝る時に意識を、脳で生成される…精神体をどこか、ここではないどこかへ送っている…」

「…」


美森愛君の表情に変化はない。疑うことも、心配することも一切ないようだ。むしろ期待に満ちた瞳をしている

私は…


「私が改造したこの装置は、そのどこかで起こる現象、つまりは夢を…観測する」

「夢を観測…すごいですね…!それは未だじん類の辿り着けない領域。まさかその歴史的瞬間に立ち会えるなんて」

「…では、第1回目、夢観測実験を…始める」


数分後、美森愛君はすやすやと可愛らしい寝息をたてていた

その姿を見つめながら、彼女には伝えていない、もうひとつの実験を開始する

彼女に付けたのと同じ、ふたりだけのネットワークに繋がった装置を自分にも付ける

この装置で眠ることの出来ない私でも、彼女の夢を間接的に味わうことが出来るかもしれない

本来、個人と個人の意識が入れ交じる、融合する危険性のある行為は全て法律で禁止されているが、そんなもの最早私の知る所ではなかった

私は心地よく、までは行かなくても数分でいい、ただ一度だけでいいから眠ってみたい。それが私の30数年間の懇願であった

その為とはいえ、こんな違法で危険な実験を無邪気な若者を騙して実行している今。今更ながら罪悪感を覚える

それでも、止まることは出来ない。もう実験は始まっている

私はVPDの起動ボタンを押した



―――――



「ううん…ここは…」


そこは地球の外のように真っ暗で、キラキラと光る何かが散りばめられた場所だった

しかし酸素があるのか呼吸が出来るし、凍えるほど寒いというわけでもなかった

周りを探索してみようとして、自分が浮いていることに気づいた

泳ぐようにして前へ進む

キラキラ光っていた物に近づいたので手で触れてみた


『わーい。今度は僕の番ね!』

『■■くん。お母さんが迎えに来ましたよ』

『え~もっと遊びたいのに』


「はっ」


これは…誰かの記憶?いや、


「ここは…夢。夢の世界だ!」


夢の世界、その表現はとてもしっくり来た

教授が言っていた「どこか」。それは全ての夢が集う「夢の世界」だったのだ

その時、誰かが近づく気配がした

わたしはびっくりして咄嗟に近くに浮いていた岩―小惑星?―の後ろに隠れた


「でさ。そんとき肆季(よすえ)が言ったのよ。「いやです。これは譲りません」って」

「いや、嘘だろう?あの娘がそんな強気なこと言うとは思えないが」

「本当だって。何なら今から本にんに訊いてみる?」


通り過ぎるふたりがこちらに気づくことはなかった

まさかここにわたし以外にも意志を持って入ることが出来るひとがいるなんて

じん類の初めての試みと思っていたが、実は発表されてないだけでどこかで同じような実験がされているのか?



―――――



「っ…実験は、失敗した…」


実験は失敗した。私は装置を頼っても眠る、もしくは夢を体験することは出来なかった

改造していないVPDの使用時は何の問題も発生しなかった

なのに眠っている美森愛君の夢と繋がっているVPDを使用すると安全装置が作動してすぐ起きてしまう

まるで誰かの意志が私を眠らせないようにしているみたいだ


「美森愛君は…」


まだすやすやと眠っていた

装置が出力するデータはただの脳波の波長の変化だけ

これでは何の夢を見ているかなんて解らない

彼女には観測する装置と言ったが実際にはそんなことは出来ない

まだ精神体を記録する非物理的保存媒体が発明されていないのだから


「取り敢えず起こさねば、な…」


私は覚醒する為の薬物を投与するボタンを押した

どう言い訳するか悩みながらしばし待つ

しかしいくら待っても美森愛君は起き上がらなかった

嫌な予感を感じて出力する脳波のデータを見てみると、彼女の脳波はノンレム睡眠時のものになっていた

薬物がまるで効いていない

まさかこの薬物に耐性があるのか?

これ以上薬物を投与するは危険だ

私は彼女が自然に目覚めることを祈り待つことしか出来ない



―――――



夢の世界に来てどれだけ時間が経ったのだろう

体感ではまだ数時間しか経ってないけど、現実ではどうなのだろう

数分しかレム睡眠状態にいなくても数時間分の夢を見ることもあると知られている

現実の時間とここの時間は一致していない

しかし、ここに来て初めて出会った生き物達の後をつけて色々解ったことがある


まず最初に、彼女達は人間ではなかった

最初から夢の世界に住む原住民「夢の住人」という種族で、彼女達はこの夢の世界を管理する「夢の管理者」という職に就いている

やはりわたしが初めて意志を持って夢の世界に入った外部の者だったのだ

そしてここはわたしの目に映っているよりも遥かに広く、「夢の部屋」と呼ばれる夢を管理する為の区画や、泥沼のような見た目の「悪夢の世界」っていうのもあるらしい

それからもう一つ、解ったことがある。たまに異能、能力を持ったひと達もいて、わたしは使えないと思っていたけど

どうやらここでしか使えない能力というのもあるようだ

今わたしは尾行中しているふたりの内、1mを超える大きさの鍵を持っている方とそっくりの姿になっている

この姿なら、うまくここを調べるのに役立てそうだ


と、そんなところかな



―――――



「ううっ…」

「お、起きたのか!?どこか問題は、ないか?」


美森愛君が眠りに就いてから3日過ぎた所

その間に講義にも出ていないし、疑問に思った誰かがここを訪れるか、もしくは彼女の家族が捜索願いでも出したらすべてが終わりだ

一層、自ら出頭すべきなのか?と罪悪感で迷っていた時に彼女が起きた

寝ている間も栄養を補給できるように点滴を打ってはいたが、やはり少し痩せていた


「ああ、起きたのか…ふあああ」


特に何もなかったように大きくあくびをする美森愛君


「教授、実験は成功です。教授の言っていた「どこか」、仮に「夢の世界」と呼称しますが、それは実在しました!」

「…何?」

「そして驚きの事実ですが、その場所には原住民の「夢の住人」が住んでいたんですよ!後でレポートを提出しますので、是非目を通して下さい!」

「ああ…特に何も、問題はないの…だな?」

「はい!よく寝たのでスッキリしました!そういえば今日は何日ですか?夢の中じゃ数時間ぐらいに感じたんですが」

「あれから、3日が経つ…」

「ふえ~そんなに寝たのか~」

「あれ?それだけ、かい…?」

「はい!家に帰らずとも心配するひとはいません。一人暮らしなので」


ああ、すべては大丈夫だった

美森愛君は珍しい体験が出来て楽しそうにしているし、私の秘密の実験は失敗したが、しかしそれだけだ

誰も被害を被ることはなかった



―――――



それから数週間、わたしは教授の研究室で何度も夢の世界へ行って探険を続けた

原住民との接触や、未知の世界への冒険

すごく楽しかった

その話を帰って来て教授に話した

その度に教授は神妙な表情で、しかし真剣にわたしの話を聴いてくれた

そして今日は、少し勇気を出して踏み出してみようと思う


「あの、教授」

「どうした…?」

「その、暫くここにいてもいいですか?夢の世界に行っている間は何日もずっと寝ていますし、それなら一々帰るのは少し面倒かな、って…」


そこまで言って、わたしは恥ずかしさに耐えられず顔を手で覆う

流石に大胆過ぎたかな?

でも実験中はずっと一緒にいるわけだし、今更、だよね?


「ああ…その方が、実験は捗るから、な…」


や、やったーー!!

わたしは心の中だけで歓声をあげた

こんなに幸せでいいのかな



―――――



ああ、この娘には「夢」がある

寝る時に見るものと、未来への希望、両方の意味だ

そしてそれは、どちらも私にないものだ

このまま、私なんかのくだらない実験に付き合わせるべきなのか

こんな所で燻らせていいのか

私には解らない


だからある日、口から溢れてしまったんだ


「もう、やめないか?」



―――――



「もう、やめないか?」


そう、教授は言った

最初は意味が解らなかった

だからわたしは問うた


「何を、ですか?」


すると、


「実験を、だよ。今まですまなかった。本当はな、すべて嘘…だったんだよ。君はただ、利用されてる…だけ。だから…」

「それの何が悪いんですか?」

「いや、だから」

「わたしもそれぐらい知ってますよ。ええ、知ってますとも。本当はわたしがただの実験動物で、教授には他の目的があることも」


視界が滲んできた

声が漏れるのを堪えられない


「そうなんだよ!だから、っ…やめよう、って…言っているでは…ないか」

「なんですかそれ。最後まで利用して下さいよ。わたしは教授の、貴女の都合のいい被験者で構いません。だからちゃんと最後まで…」

「…利用するのも、期待が裏目に出て続けているのも、辛くなったんだよ…何故私は眠れない!何故!私は楽しそうに眠っているお前の隣で苦しんでいる!何故!それなのに何故私は罪悪感なんか感じているんだ!くそ!!」

「…?どういうことですか…?それは…」


教授も泣いていた。年甲斐もなく、子供みたいに喚きながら、泣いていた


「私はな…人間ではない…人間の進化過程に置いて生まれてしまった劣等種、「不眠者」。30数年の人生の中で、1秒たりとも眠ったことなどない。いつも吐き気と頭痛に悩まされた。眠れる者への嫉妬と憧れを忘れたことはない」

「そんな…」

「この実験には実は裏の実験があった。けれどそれは失敗した。その時点で諦めるべきだったんだ」

「教授…少し痛いと思いますが、歯を食いしばって下さい」

「…?」


わたしは右手をギュウって握り締め、教授の頬を殴った


「っ…」

「教授は、わたしが好きになった教授は、こんなんじゃなかった!いつも眠そうにしてだらしない格好だったけど!でも賢くて落ち着いた大人の女性で!ちゃんとした目標があって、それに向けてひたすらに頑張れるひとだった!もっとしっかりして下さいよ!わたしを惚れさせた責任、取って下さいよ!」

「そ、そんなの君の勝手ではないか!」

「そうですよ!!わたしの勝手です。でも先に勝手を言って実験に付き合わせたのは教授ですよ?だから、ね。今度はわたしのお願い、聞いて下さいよ。出来なかったら、せめて努力する姿勢を見せて下さい。辛くなったら正直に言って下さい。わたしに、何も隠さないで下さい。わたしだけは貴女の味方でいたいから、だからやめようだなんて、諦めるなんて言わないで下さい」

「…じゃ、…ちょっとだけ…抱きしめて貰っていい…?」

「いいですよ。泣いてもいいですし、頭撫でてほしいならそれもします」

「うん…」


それから暫く教授のすすり泣く声が続いた

わたしは彼女が落ち着くまでずっと頭を撫で続けた



―――――



う~ん…感情に任せて溜まっていた鬱憤を盛大に晴らしてしまった

これは恥ずかしいな…

しかし愛君の包容力と言ったら…これが俗に言う「バブみ」というものなのか…

彼女は感情を発散して疲れたのか眠っている

今は実験用に使っていたベッドに寝かせている

私も少し休憩するとしよう

安心して眠る彼女の横に椅子を寄せて寝顔を眺める

こうして見ると彼女はなかなか愛らしい顔をしている

今度は私から頭を撫でてやろう

そうすると、気持ちいいのか彼女の寝顔が更にふやけた

うりうり~愛いやつめ~


愛君の寝顔で遊んでいたら朝が来た

なんて魔性の寝顔なんだ、時間が過ぎるのを忘れていた


「んん…朝か…」

「おはよう、愛君」

「…っ!」


昨日のことを思い出したのか急に真っ赤になる顔

そのまま足をジタバタさせる

見ているこっちも少し恥ずかしくなって頬を掻きながら言う


「その…君の言う好き、がまだ私には解らないが…私も君の好きなひとで、いられるように…頑張りたいと、思う」

「は、はい…」

「だから交際はお試し期間…ってことで、いいかね?」

「…!はい!!」


私は愛君のおでこにキスをする

軽く触れるキスは、する側もとてつもなく恥ずかしく、甘かった



―――――



ただ楽しむ為に夢の世界へ行く日々は終わった

これからはわたし達の「夢見た夢」を叶える為に行動した

きっと何か彼女…望疲さんを眠りの世界へ招待する方法があるはずだ

そしてその一方、わたし達は正式に交際することとなった

それがわたしの寝顔にドキドキするようになってもう我慢ならないとのことだった…

恥ずかしい…


夢の世界に探りを入れ続けた結果、わたしは重大な決断を下すこととなった

しかしわたしはもう望疲さんの為に尽くすと決めたんだ

何も迷うことはない



―――――



「望疲さん。大事な知らせがあります」

「お、おう…何かね?」


何か真剣な顔をしているが、それすらも可愛くてにやけそうだった

なんて愛らしいんだ!


「望疲さん…真面目な話ですよ。笑わないで下さい」

「すまない。君の顔に見とれていたよ」

「…真面目な話」

「はい、すみません」


ゴホン


「それで、話とは?」

「遂に突破口を見つけました。どうやら夢の世界には「夢の窓」という「外の世界との結界」があるらしいです」

「ほう…」

「もちろん警備は厳重ですけど。もしそれを破壊、もしくは書き換えることが出来たら…何が起こると思いますか?」

「結界を破壊、もしくは書き換える…夢と現実の…区別が、なくなる…なるほど、それは面白い…アプローチだな…しかし」

「問題ありませんよ。覚悟は出来てます」

「現実世界と夢の世界、両方を、全部敵に回すことに…なるよ。本当にいいのかい…?」

「わたしは、いいえわたし達は、夢見る夢に辿り着く為にどんなことだったすると誓いました。それにわたしは、貴女といれば何も怖くありません」

「愛君…」


私は彼女にキスをする

彼女も私を抱きしめる

そうだ、この「愛」があれば何も怖くない



―――――



もう何度も成りすましているこの姿

夢の住人の「鎖鍵南錠(さかぎ なんじょう)」さん

彼女は夢の管理者サイドのじん物で、担当する区域の夢の部屋からあまり出たがらない引きこもりだった

今はそれがすごくありがたかった

お陰でこうして本にんと同時に存在する所を見られないのだから


「ああ、南錠さん♡ 今日はどうしたの~?♡」

「今日はちょっと気分を変えて、月でも眺めようかなと思ってな」


わたしが話掛けているのは夢の世界のあらゆる出入りを管理する夢魔のリリートさん

甘える声の出し方が少し苦手だけど、今は平気を装うしかない


「また何か格好付けてる~♡ いいよん♡ 開けてあげる♡ 代わりに七星(ななせ)によろしく言っといて~♡」

「ああ、もちろんだ」


これで遂に夢が…夢見た夢に辿り着く…!

わたしは鎖鍵さんが持っているのと同じ、1mを超える大きな鍵で思いっきり「夢の窓」を叩いた



―――――



「始まったか」


講義の最中、ひとり、またひとりと眠りに就く

右往左往する者達もやがて眠りに就く

講義室を出て屋上に行ってみると周りに見える皆が眠っていた

あるか解らないが、もし私の番が来るとしたら最後だろう

私の役目は私以外の最後の者が眠るまで、あるかもしれない「真犯人を見つけようとする者」から逃げ切ることだ

この計画が決まってからありったけの全財産を注ぎ込んで用意したアジトへ向かう

そこには最高の睡眠環境が整えられている

もし眠ることに成功すれば、夢の世界で会いに行く。愛しの愛君に!



―――――



「ははっ、まさかもう見つかるとは…」

「貴女は…本当に南錠?…いや違うな、貴女は誰?」

「流石に恋人は騙せないか」

「ち、ちが、私達はそんな関係じゃ…」

「でもわたしだって、愛する者の為にやる時はやるんだから、ね!」


わたしは先制を取って鍵で叩きつける

相手する夢永七星(ゆめなが ななせ)さんは周辺に漂っていた七つの星を動かしガードする


「それが噂の夢の世界の最強兵器「七星」ですか。でもわたしはそれの弱点を知っている。これならどうでしょう?」

「それは…!」


わたしの「気に入った相手の姿に成りすます能力」は持ち物までコピーし、能力を解除しても物を残すことが出来る

かつて夢永七星を憎み、打倒すべく牙を研いだ者がいた

その者からコピーしたこの「日傘」は「光を遮断し、無効化する能力」を宿している

七星はこれの前では無力だ


後もう少しだけ、時間を稼げれば、わたし達の夢が…



―――――



本当にいたのか…「真犯人を見つけようとする者」が…


「いや~わたしも驚いたよ~。まさかこんな大事になっているなんて。偶然オンの創った異次元に行ってなかったら、わたしもどうなったことか」

「…」

「ここがわかったのはね、なんと旧型のAIのおかげなの。新型のAIは眠っちゃって使い物にならなかったけど、旧型は原始的な、プログラミングされたことしか言えないから眠らなかった。無視されてきたものがより役立つこともあるって不思議だね~」

「…」

「わたしだけ喋って疲れちゃった。あなたからは何かないの?」

「君は、誰の為に、何の為に世界を救おうとする?」

「さあ?わからない。わたしのこれは趣味みたいなものだから」

「趣味、か。なるほど…。なら、見逃してはくれまいか?これは私だけの夢見る夢ではない。私達の夢見る夢なのだ」

「う~ん。いや!」

「そうか。なら私も覚悟を決めるべきのようだ。ひとを殺す覚悟を」



―――――



ううっ…流石に、統括管理者という夢の最高権力を持った者の実力は違うね…

わたしも夢の世界に来れるようになってから鍛えたつもりだったけど…まるで敵わなかった


「ごめんね。確かに、その日傘の前に私の七星は無力だけど。でもそれは戦う術がないと言う意味ではないのよ」

「そのようですね…でも…」


この命を捨ててでも夢を叶えてみせる


「もう遅かったですよ。術は完成しました。わたしは時間稼ぎの為に戦ったいただけですから」

「えっ」

「きっと彼女ならここまで来られる、見てて下さいね…わたしは今、ここに…!」


わたしの体は強い光に包まれた

そしてわたしだったものが少しずつ、崩れていく

わたし自身を夢の窓に埋め込んで、その性質を書き換える術は発動した



―――――



「わたしは説得しに来ただけだったんだけどな~」

「…」

「抵抗するから痛くしちゃった。ごめん」

「…」

「まただんまりさん?わたしだけ喋るの何か寂しいんだけど~何でもいいから話してよ」

「…私達は、もう諦めないと…誓ったんだ…。っ…例え、どんなことが…あろうと」

「はいはい。動かないでね」


と私と対峙していた彼女、くろ君は完全にこちらに集中している

このタイミングをずっと待っていた

くろ君が私の上半身側に視線を送っている間、足で床に設置されたボタンを押す

音に反応して振り向くけど、もう遅い

部屋中に散布された睡眠ガスによって、程なくしてくろ君は眠りに就いた

何せここは、私が安眠する為に色々な仕掛けが作られているアジトだからな


「最初から押せばよかったな。自然に眠ることに期待しないで」


さて、私はネットワークに接続し、世界中のあらゆるものの更新が止まったことを確認する

遂にこの時が来た

この地球上で、起きているのは私だけだ

私は研究に研究を重ね見つけた、最も安眠出来るであろう体勢を整える


「おやすみ。夢で会おう、愛君」


……

………

いくら待っても私の番、私が眠る番は来なかった

ここまでのことを仕出かして置いて尚、眠ることが許されないというのか…

なんということだ…



―――――



「なんとか間に合った…」

「わたしは…」

「術は解除されたよ。まさか人柱の術まで使うとは思わなかったから、少し手間取ったけど」

「また実験は失敗したのですね…わたしをこれからどうするんですか?」

「何もしない」

「え?」


夢永さんは何処か悲しそうな顔をしていた


「確かに貴女は大きな重罪を犯した。けれど、夢の最高責任者として、融通を利かせよう。私は、貴方に、何もしない」

「それが貴女のお情けって訳ですか?何の真似ですか。わたしは、またやりますよ。諦めないと誓ったんです」

「じゃあ試しに、窓に触れてみる?」


言われた通り窓に触れてみる

そして理解する

これは、もう壊せない。弄ることももう出来ない


「私ね。窓と融合していた貴女の欠片に触れた時、見てしまった…。貴女と彼女の日々の記憶を」

「…」

「それを見てしまったから、私にはもう、貴女を罰することは出来ない…。それでも私には立場があるから、それを壊させることも出来ない。私はもう、何も出来ない…」


夢永さんは、わたしよりも悲しそうな顔で泣いていた



―――――



…そして何度目か解らないが、私は誓い合ったあの瞬間、彼女が私に告白したあの時を思い出す

止まれないんだ

まだ諦められない


それから暫くして、世界はまた動き出した

恐らく愛君の工作が止められ、夢の窓が元に戻されたのだろう

誰も自分が数時間の間、眠っていたことを覚えていなかった

そして誰もが眠っていた間、何の事故も起こらなかった

くろ君が言っていた「旧型のAI」のお陰だろう

今でもすべての安全装置には新型と共に、旧型のAIが搭載されることが義務付けられている


私は、必死に愛君が残してくれた資料を見渡した


「これだ…」


「夢の窓」からは地球の外、月が見られます

恐らくは月の近くに結界が張られているのでしょう


彼女の字でそう、書かれていた

私が宇宙飛行士になって、外から侵入すればいいんだ

まだ希望は残されていた



―――――



『21■■年 12月24日

望疲覚弊さんへ


望疲さん、わたしです。美森愛です。

わたしは今、夢の世界の夢の窓の傍にいます。

もうお気づきだと思いますが、実験は失敗しました。

その時に施した術の副作用で、わたしはこの世界に囚われてしまいました。

わたしは、夢の住人になってしまいました。

それでもあの時誓ったようにもう諦めません。

あの日から毎日、ここから手紙を出してます。

夢の最高責任者から許可は頂きました。

どうか、この手紙を伝手に外からこちらに来て下さい。

またいつか、夢で逢えるその日を、夢見ています。


貴女の愛する美森愛から』

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