Psychological Overload 3

 ドカン!


 会議室にも聞こえる大きな音がして、早苗含めた周囲の全ての人間が、隣の部屋−−ボトルの格納室を見た。

 一台のボトルの大きな扉が弾け飛び、リノリウムの上でぐわんぐわん音を立てて揺れ動いている。


 いまだDAFの排出中で、搭乗者のダウンタイム中のはずだったボトル。

 時間を惜しんだ搭乗者が無理やり、内側から蹴破ったらしい。

 

 やがて、のそのそと白亜が中から出てくる。

 MP9のメンバーだけが着用する白いボトルスーツ。

 その背中には、彼女にだけ許された赤い数字、「01」が記載されている。


 濡れた髪の毛を右手でかき上げ、小さくのびをして見せる。

 

 十二使徒最高幹部の一人を打倒した、というこの戦争における最高の戦果さえ1ミリも興味がないのか、その表情に喜びや達成感のようなものを見つけることはできない。


周囲のクルーを見て、ため息をつき、口を開いた。



「牛乳」



 *****


「白亜!」

 駆け寄ってきた早苗を青い目で見て、白亜が空にした10本目の牛乳パックをゴミ箱に投げた。


「あれ? 早苗さん軟禁解けたの?」

 こくこく、と頷いて見せると、珍しく年相応の、素直な笑顔を見せた。

「そっか、良かった。タイミングも良かった。まさか会えるなんて」


 その言葉に違和感を覚え、早苗が白亜のボトルを見る。

 優秀なクルー達によって、その修理はほぼ終えられている。


「白亜……あなたまさか……」

「ん?」


「あなたまさか、戦場に戻るの?」

「そりゃそうだろ。すぐ行くよ」


 まっすぐな視線で見つめられ−−早苗は思わず、縋るように白亜の肩を掴んだ。

「ダメ!!」

「うぉっ⁉︎」

 そのまま手に力を込めて握る。


「何考えてるのっ⁉︎ ボトルはそんなに短期間に何度も入って良いものじゃない。ナノマシンが与えるダメージは物理的なものだけじゃなく精神も蝕む。いくらあなたが強靭な身体と精神を持っているからって、廃人にだってなりかねないのよ?」


 あー。


 白亜が口を開け、間抜けな声を出した。

 何か納得したようなその表情に、早苗の中で嫌な予感が湧く。


 しかし白亜は早苗のことをちらりと見た後、小さく首を傾げ。「やっぱ何でもない」と言ってそっぽを向いた。


「白亜」

 早苗が白亜に近寄る。

「頭が痛いのね? ちゃんとこっちを見て」


 嫌っそうな顔をして早苗を見る白亜の目、その瞳孔は明らかにおかしい。通常の状態に比して大きく開いているのが分かった。

 と、同時に早苗は、ようやくその可能性に思い至った。


「白亜あなた、今日だけで何回ログインしてるの?」

「ん? えーと、4回?」


 目の前が暗くなる。

 1日4回。しかもその全てで戦闘という最も負荷のかかる行為をおこなっている。

 廃人どころの騒ぎではない。

 突然死して不思議ではない状態に違いなかった。

 最大出力だってもう十分に落ちてしまっているはずで、むしろその状態でなお十二使徒の最高戦力を圧倒するあの力は異常と言う他ない。


「止めてもムダだよ」


 機先を制され、早苗の声が止まる。

 白亜の青い目が早苗のことを見た。

 そして小さく笑った。


「我こそは人類の一番槍にして最後の盾。ゆえに私はこの戦争の一番厳しい戦場に最初に飛び込み、そして最後の一人が戦いを終えるまで共に戦い抜く。そういうもんだろ? 『人類最強』ってやつは」


 早苗が白亜の肩に手を置き、諌めるように首を振った。


「各国は自軍の重要な戦力の損耗を望んでいない。あなた以外のMP9は、既に全員戦場から撤退した」

「あらまあ」


「白亜、あなたの言う通り、あなたは人類の最後の盾。もしあなたが戦場に立てなくなったら、十二使徒を止められるものは誰もいない。あなただけのことを心配して言っているんじゃない。全体を考えて言っているつもりよ」


 白亜が目を瞑り、はっ、と鼻で笑った。


「なるほど。私自身とその何だかよくわからん『全体』とやらを守るため、いま戦っているやつらを見捨てろと」

「それは……」


「ごめんだね」

 白亜が口角を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。

 爛々と輝く目で、早苗のことを真っ直ぐに見た。


「今もなお共に戦う9814万7523人の仲間たちに、蔑ろにされて良いやつなんて一人もいない。もしそいつが助けを求めているのなら、私はいつでもどこでも必ず駆けつけ、命尽きるまで共に戦おう」

 

 無理だ、と思った。

 自分は所詮、彼女を含めた子ども達に負担を押し付けた側。

 押し付けられてなお戦うことを選ぶ白亜に比して、自分の言葉はあまりにも軽いと早苗は思う。


「……さて」

「……何?」

 もはや止めることはできないと理解して、項垂れた早苗が白亜の先を促す。


 白亜が眉尻を下げ、今日初めて不安そうな表情を見せた。

「…………千歳ちとは?」


 思い出してはっとする。

 白亜が政府に全面的に協力する条件、それは雨宮千歳の「ファイアウォール」不参加。

 その約束が反故にされたことを、既に白亜は知っているのだ。


「白亜、ログインするなら、千歳ちゃんの所に行ってあげて? あなたもそれが望みでしょう?」


 しかし白亜はしばらく黙って俯いていて、やがて首を横に振った。


千歳ちとよりも、もっと厳しい状況で戦っている人達がいる」

 声をかけようとして、白亜の困ったような笑顔に止められた。

「あの子はまだ大丈夫。あの子は強いよ。それに聞いたんだ。あの子と一緒に今、雄大さんと礼さんの息子がいるって」


 古橋優馬。


 まだ分からない。

 今はまだ、少しだけ他の兵士よりもパフォーマンスの優れた学生にすぎない。


 しかしその素養に関してはおそらく将来、人類史上最高を望める逸材。


「でももし千歳ちとがピンチになったらすぐ呼んでよ。秒で帰ってくるから」

 早苗が頷いたその時、大規模汚染警告が鳴り響き、会議室が赤いランプの光に染まった。


 二人の見つめる先、スクリーンの地図の中で、先ほど白亜が解放したダンケルクサーバーが再び赤色に染まっている。それだけではない、フランス北部地域、そのほぼ全てが一気に深紅に塗りつぶされていた。


 スクリーンの映像が、再びクラインフィールドの中のそれに変わる。

 先ほど白亜がマルグレーテを引き裂いたその場所に今、ひとりの若い男性が立っている。


 すらりとした長身に整った顔。

 上下銀灰色のスーツに黒いシャツ、鮮やかな赤色のネクタイ。

 優しい笑みを浮かべていて、やがてその目をゆっくりと開いた。


 緑色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。

 白亜が、彼を見ていることを理解している。

 あからさまな挑発だった。


 白亜と早苗が同時に口を開く。

「……ヨハン」


 十二使徒第一位。

 「暴食」のヨハン。


 あの最強のAI兵器、ジーベックを抑え、十二使徒の頂点に君臨する存在。


「ちょうど良い。探す手間が省けたよ」


 ボトルに向かおうとする白亜を引き止めようとして、しかしそれはやはり無理なことなのだと早苗は気づく。


「白亜!」


 呼びかけに振り向いた。


「必ず帰ってきて! まだ千歳ちゃんにはあなたが……お姉ちゃんが必要なんだから!」


 白亜が微笑み、早苗に一度手を上げてから、再び歩き出す。

 クラインボトルのクルーが調整を終えて白亜のことを誘導する。


 白亜の白いボトルスーツの背中には、赤色の「01」。


 それはもしかしたら、彼女にしか背負えない数字なのかもしれなかった。

 


 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレットコード :ファイアウォール 斉藤すず(斉藤錫) @mm0612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る