Psychological Overload 2
オペレーション・ファイアウォールを迎えるに際し、世界の国々は、その事前の備えに関して大きく3つのグループに分かれていた。
すなわち、「非常に良く準備をしてきたグループ」「一定程度準備はしてきたグループ」そして「ほぼ全く何の準備もしてこなかったグループ」。
一番目のグループの典型例はアメリカであり、世界最強の電子戦部隊と評される「
EUについて言えば、そもそも「ファイアウォール」に対する強烈な反対があったために準備が出遅れたところはあったものの、全体的には一番目のグループに近い国が多かった。
フランスについてもまた然りで、国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)や第1海兵歩兵落下傘連隊(1er RPIMa)の訓練課程に才能のある子ども達を参加させ、スパディルに見劣りしないほどの電子戦部隊を用意してこの戦いに挑んだのである。
その優秀な兵士たちが……
ほぼ何も出来ないうちに次々と殺戮されていく。
マルグレーテを狙って撃った弾丸も砲弾も、一発も彼女に当たらない。
紫色のドレスを着て、優雅に塔の上に立っているマルグレーテ。
その周囲には常に半透明の薄いバリアのようなものが輝き、彼女を傷つけるために放たれた弾丸は、それに触れた瞬間、飛来してきた時よりもずっと速い速度で跳ね返って飛んでいく。
もちろんその先にいるのは、銃撃をした兵士たち。
自分の放った弾丸に貫かれ、
一般的なウィザードの身体を覆うPAオーラとは明らかに違う、より強固で堅牢な障壁。
マルグレーテの冠する「傲慢」とは、他者からの干渉を受け付けないこと、自己で世界を完結させていること。
七大罪の一つである「傲慢」の名を持つ彼女のトリプルシックスの能力は『絶対防御』。その本気になった時の防御力は、TNT換算50メガトン級の核兵器をして破壊することは不可能と言われていた。
再び早苗の目の先で、スクリーン上の地図の大きな範囲が一気に赤色に染まった。
アメリカの西海岸、カリフォルニア州のほぼ全域。
「スパディルのインターバルタイムに攻勢をかけられたらしい」
誰かの声が聞こえる中、世界地図に血が滲むようにどんどん赤いエリアが拡大していく。
「
大きな声に反応し、早苗が会議室の左の方の壁に向かう。
ガラス張りになっている向こうに幾つかのクラインボトルが並んでいて、整備士達がその一つを急いで開けている。
銀色の髪をした女の子が引きずり出される。
ぐったりとしていて何の反応も返さない。
鼻と口から溢れた真っ赤な液体が、白い肌と銀色の髪とをべったりと染めていた。
誰かがどこかで叫び続けている。
スクリーンの世界地図はアリに喰いつくされていくかのように、着実に赤く染まっている。
会議室の中の人々は、誰もが終焉を避けられないものだと理解した。
その時。
ピコン。
地図の一部、しかし大きな範囲が、突然青色に変わった。
フランス北部。間違いない、ダンケルクサーバー。
先ほどまでマルグレーテが暴虐の限りを尽くしていた場所である。
「スクリーン! 切り替えろ! 切り替えろ!」
誰かの叫びに反応したかのように、パッとスクリーンが切り替わる。
ダンケルクの鐘楼が見える。
そしてその上に立つマルグレーテ、その姿も未だ先ほどのままだ。
しかし−−
マルグレーテが目を丸め、唖然とした顔で自分の胸を見下ろしている。
その胸から、
人間の左腕が生えていた。
マルグレーテが血反吐を吐き、自分を後ろから貫いている左腕を震える両手で握る。
ずぶり。
と音が聞こえた気がした。
マルグレーテの胸から、今度は人間の右腕が生えてくる。
心臓を貫かれたマルグレーテが絶命までの間際、苦悶の表情で身を捩る。髪を振り乱し、泡と血を吐き続け、それでも逃げようと、
何かを叫んでいる。
怒号か怨嗟か、はたまた命乞いの懇願かはわからない。
しかし口から溢れる血のせいで、既に意味をなす言葉を出すことはできていないようだった。
やがて、突き出た右手と左手が、徐々に右と左に動き始める。
スクリーンを凝視し続ける者も、目を背ける者も、何が起きているのか全く意味がわからなかった。
ただ、自分達が最も恐るべき十二使徒の最高幹部。
その第五位にあたるウィザードが、今まさに、あまりにも惨たらしい方法で殺されようとしていることは誰の目にも明らかだった。
やがてマルグレーテが、左右に引き裂かれた。
身体から内臓がこぼれ落ち、流れ出る血が鐘楼の屋根を汚していく。
マルグレーテの後ろにいたその人物が姿を表す。
長い銀色の髪。
青い瞳は燃える炎のように輝いている。
大きく肩の出ている上着に、伝統的なハカマのようなボトムス。その腰には、日本刀をぶら下げている。
人類最強戦力、雨宮白亜。
マルグレーテの血液のせいで全身を赤く染め、そしてその頬には同じく赤い色をした、裂けるような笑みを浮かべていた。
見つめる全員が、凍りつき、しかし何が進行していたのかを理解した。そして雨宮白亜が自分達の敵ではなかった事実に心の底から神に感謝した。
信じられないけれど、彼女ならやりかねないとも思う。
十二使徒、その第五位の瞬殺。
「かっかっかっか」
雨宮白亜が目を細め、さも可笑しそうに明るく笑った。
マルグレーテの身体を吊し上げ、白目をむいたその顔を見つめた。
「悪い。何言ってんのか分かんなかったわ」
言い終えると同時、両手それぞれに持っていたマルグレーテの身体から炎が上がる。
遺体を投げ捨て、白亜がマルグレーテの持っていたTOWAワクチン起動用の赤いスイッチを手にとった。
ボタンを押し、小さく告げる。
「クライン・オフ」
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