バレットコードSS6 「01」
Psychological Overload 1
オペレーション・ファイアウォール、開戦から48時間後。
白いベッドと白い机と白いトイレのみが設置されている、「研究室」という名の軟禁部屋。
八代早苗は本当に久方ぶりに、ここから外に出ることを許された。
地下から上がる階段は東京ビックサイトの南ホールに続いていて、地上にまで出てきた早苗は、そこに存在していた地獄を見て、顔を覆い、地面に蹲って泣きじゃくった。
巨大なホールに整列させられた大量のクラインボトルは既にその多くの蓋が開かれていて、溢れ出たDAFが床をびしょ濡れに濡らしていた。
ここも戦場なのかと錯覚するくらい怒号が鳴り響き、休みなくどこかのボトルが新たに開く。
ボトルのことをよく知らない、緊急招集された医師や看護師が、ボトルの中から引きずり出された少年や少女に駆け寄り、必死の形相で蘇生活動に励み……やがて救えなかった命が一つ増えたことを知り、早苗と同じように地面に蹲った。
どこをどう通っているのかも分からぬまま、身体の記憶に任せて早苗がビックサイトを横切っていく。
外に出て、道の反対側にある「国立先端技術研究所」、一般的には「先技研」と呼ばれている、今の彼女の職場に入っていく。
現状を知らなければいけない。
それがどれほど知りたくないものであっても。
*****
先技研の4階にある、170人を収容できる中央会議室、そこは今、日本からログインした子ども達の戦況を把握するための情報センターとなっていた。
日本から……ということにはなっているものの、実際の戦場は世界全体に及んでいるため、正面の巨大スクリーンに映っているのはメルカトル図法による世界地図。
その世界地図のほとんどは今、まるで鮮血でもぶちまけたかのように真っ赤に染まっている。
夥しいほどの子どもの命を犠牲にしても、人類側が現在、圧倒的に敗北している状況を示していた。国によってはほぼ全ての重要な基幹システムを乗っ取られているらしく、スクリーンの端で流されているニュース動画の中では、アナウンサーがとある小国が軍事大国にミサイルを打ち込んだことを速報で告げている。
十二使徒と、彼らの側についたTOWAシリーズ。
その全面攻撃を受け、人類は滅亡への階段を確実に登り続けていた。
このままでは核保有国の核ミサイルや、強力な軍自衛星が、敵側の支配下におかれ、やがて行使されるのは時間の問題だった。
「八代主任!」
呼ばれて我に帰る。
同時に音が帰ってくる。
自身のショック状態のあまり、先ほどまでは静けさに包まれていた会議室は、今やビックサイトの格納室と変わらないほどの喧騒に包まれていた。
オペレーター達が人類側の損耗を伝える度、会議室の中では絶望がよりその密度を増していく。
「八代主任! よく無事で……」
目の前に来た小柄な女性は、円な瞳にいっぱいの涙を溜め、早苗にぎゅっと抱きついてきた。
久しぶりに触れた人の温もりに、懐かしい安堵感と、同時にどっと押し寄せてくる疲労を感じ、しかし早苗は後輩を抱き直し、メガネの位置を直してスクリーンを見た。
「戦況は……?」
後輩は早苗を見て、再び涙を流し、項垂れてから首を横に弱く振った。
後輩が早苗から離れ、会議室内に置かれている小型のモニターを操作する。
前方の巨大なスクリーンに映っているのと同じ地図が表れ、後輩の操作に従って、各戦場における詳細な情報が表示されていく。
「全滅」の文字が珍しくない。
その全ての情報の向こうに、失われた若い命があったことを思うと、地面が崩れて無くなったかのような錯覚がする。
ふいに。
まだ青色で表示されていたフランスの北部の地域が、一気に赤色へと変わった。
かなり大きな面積が、一瞬にして敵の支配領域に変わってしまっていた。
誰かの指示が飛び、それに従うように正面のスクリーンの画像が変化する。
最初は真っ黒な映像に緑の線が並んでいるだけだったが、超高性能の画像処理システムによって、クラインフィールド内の映像が自分達の眼前にも露わになっていく。
フランス本土最北端、ダンケルクの街には全てを見渡すことが可能な巨大な鐘楼が立っていて、燃え盛る街を今、その鐘楼の上に立っている一人の女性が見下ろしている。
長い金色の髪が熱風を受けて輝くようにたなびいている。
紫色のドレスがやはり風に舞い、まるで踊っているかのよう。
ドレスの色に似た、しかしそれよりなお美しいアメジストのような紫色の瞳が炎を映して輝いていて、その口元には、焼け死ぬ人々を見て浮かべるには、あまりにも残酷な笑みを浮かべていた。
「マルグレーテ・ハルヴォルセン……」
「え?」
呆然と呟いた早苗を後輩が見る。
マルグレーテ・ハルヴォルセン。
十二使徒の第五位。
通称「傲慢のマルグレーテ」だった。
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