人質の使い方

田村サブロウ

掌編小説


 廃ビルの中に、男がひとり倒れていた。


 眉間に黒い穴があいていて、血がわんさか流れている。


 素人目にも死んでいるとわかるそれを作った男が、銃を指でいじりながら言った。


「警察との身代金交渉が決裂した。残り二人の人質のうち、片方を殺す」


 男はかつて全員で三人いた――今は一人殺して二人になった人質たちに語りかけた。


 一人はくたびれた社会人を絵に描いたような中年。恐怖で凍りついている。


 もうひとりは顔面蒼白にしながらも冷静を保っている女子高生だ。それなりに可愛い。


「もう一度言う。俺は残り二人の人質のうち片方を殺す。つまり片方は生かすつもりがある、ということだ」


 銃の引き金に指をかけながら、男は無感情な声で言う。


「今から、お前ら人質のふたりに自分こそが生きるべきだと自己アピールすることを許してやる」


 男の言葉に中年が大げさに首を上げた。


 女子高生は注意深く男の観察を続けるのみ。


「方法は自由。制限時間も自由。どちらが先かも自由。不愉快だと思ったら殺す。じゃ、始め」


「私を生かしておいたほうが良いぞ!」


 中年の方が先に飛び出してきた。


「私には1000万を超える貯金があるし、株で儲けている分も含めれば総資産は2000万を超える! もし私を生かしておいてくれるなら、これらの資産の3割をお前にやろう!」


「あの……」


「それに、私には妻や息子もいる! 特に息子はまだ5歳だ! 君とて良心があるのなら妻を未亡人にしたくはないだろう? 幼い子どもを片親にしたら寝覚めが悪いだろう!?」


「ねぇ、次は私が」


「まだある! 私の本棚には……」


 女子高生がなにかを話そうとするたび、中年は大声で割って入っていった。


 彼女になにもしゃべらせないのが中年の戦略だった。


 もっともその戦略は、男の気に入るものではなかったが。




 ――バン!!




 男が撃った。


 額から血を流しながら中年は倒れた。動かなくなった。


「……あのう」


 銃撃を行ったばかりの男に、女子高生が話しかける。


「なんだ」


「まだ、なにも私しゃべってないんだけど。いいの? 私、なにもやってないのに生き残って」


「……撃たれたいのか? 自殺志願か?」


「いや、とんでもない。ただ、聞きたいことがひとつ。あなたはどうして、1人目の人質は今みたいなゲームをしないで殺したの?」


 女子高生の質問に、男は首をひねって数秒のあいだ逡巡した後、答えた。


「そもそも俺の第一目的がこの1人目の人質を殺すことだったからだ。中学生時代のいじめの復讐としてな。身代金形式の誘拐事件にしたのは、ダメ元の金儲けだ。まぁ、ついでだな」


「ついでって……」


「いじめってやつを自分でも真似てみたが、やっぱ駄目だ。理由なく人を傷つけて楽しめるやつらの神経なんてわからん」


「あなたがそれを言っちゃ駄目でしょ。殺された側からしたらちっとも納得できないよ」


 憮然とする女子高生の態度をどうでもいいとばかりに、男は銃を向けた。


 銃口の射線上に女子高生の額が入る。


「本来、俺にお前を殺す理由はない。無駄に俺の機嫌を損ねるな」


「っ……!」


「さっさと失せろ。目ざわりだ」


 女子高生は一目散に室内から逃げていった。


 男は一人になった。


 自分の身を守る人質がいなくなった以上、男が捕まるのは時間の問題だ。


 だが、別にいい。とっくの昔にいじめの復讐という第一目的は果たした。


 もう男には生きる活力となるものが心に無かった。


「……これからどうするかね」


 遠くからドタドタと聞こえる機動隊の足音を聞きながら、男は銃を投げ捨てたのだった。

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人質の使い方 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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