第47話 竜世界【完】
「……死ぬつもりだったのに、生き残っちまったな……」
と、呟いた筋骨隆々の男の脳天に、拳骨が落とされる。
「死ぬつもりだったなんて……そんなこと言うなっ!」
彼を爆発から助けた少女だ。
「だけどよ、アスカ……、死ぬつもりで攻撃しなくちゃ、竜に傷をつけることはできないんだ。
大人数で襲いかかり、竜の行動、思考、情報を盗む。
これは今回で終わる戦いじゃない。何十年後の勝利を見据えた、布石だ」
「……ねえ、他にやり方はないの? 誰も死なない、そんなやり方が……」
「言っただろ。身を守っている余裕はない。
意識を守りに割けば、どうしたって竜には届かなくなる。
痛みに恐怖し、死に絶望する。
だが、最初からそれらを受け入れちまえば、体は咄嗟の恐怖や絶望に固まったりしない。
決意するとな、こうして生かされたことに、怒りを覚えるもんなんだよ」
「……生きていてほしかったのに……だって、家族なんだから」
「そうだな。それ以前に俺たちは『竜殺し』だ」
少し離れたところから、二人の会話を聞いている俺たちは、小声で言葉を交わす。
「……そっくりだ」
「うん……あたしと……」
アスカ、と呼ばれた少女も赤髪だ。三つ編みではないものの、しかし髪色だけでなく、顔立ちまでそっくりだ。双子だと言われても不思議には思わない。
ちらりと隣を窺う。
そう言えば、この子の名前も知らないんだよな……、俺が今、借りているこの体の持ち主は、ディンゴと言うらしい。
彼の、友人、姉、妹……今の段階では関係性がいまいち見えない。
聞いてみればいい、と簡単なことだが、嫌な予感がするのだ。
喉に異物が詰まっているような、気持ちの悪い感覚。
ディンゴの体に、俺の魂が入ったけど、周りから見れば俺はディンゴだ。
隣の少女は、まさかディンゴの中身が他人であることなど思いもしないだろう。
それをぺらぺらと喋っていいものなのか、女神様に聞いておくべきだった。
「別に、あの子はあたしの身内じゃないからね?」
お父さんの隠し子なわけもないし……でもまさか……っ!? と、
ぶつぶつ呟く少女とは別の声が、俺の頭の中に直接、響いてくる。
『お兄さんっ、伝え忘れていたことが一つ!』
女神様からの通信(?)がきた。
ちょうど良かった、俺からも聞きたいことがあったのだ。
『私の先輩の女神から「面白そうだから」って理由で追加されたルールがありまして……、説得できなくてごめんなさいっ! その……彼、ディンゴの体にお兄さんの魂が入っていることは、誰にも気付かれないでください。
お兄さんでなくとも、別の誰かの魂が入っていると指摘されたら、お兄さんは――』
女神様が言い淀むが、なんとなく、その先は分かってしまう。
『……死にます』
理不尽だが、『面白そうだから』で追加されたルールなら、
抗議をしても取り消すことはできなさそうだ。素直に受け入れるしかない。
ようするに、ばれなければいいだけだが……それが難しい。
それでも、不可能ではない。
つまり、だ。
俺はディンゴとして、違和感なくこの世界に馴染み、
尚且つ、疑われない程度に聞き込みなどをして情報を集めながら、
同じように正体を隠した妹を、四日以内に見つけ出さなければならない――と。
それが妹から出された課題。
『本当に好きなら、見つけられるよね?』
……上等。
好きを証明しろ、か。
なら、正体を見つけた時、俺は妹と付き合うことができる。
報酬に比べたら、課題はまだ、ぬるい方だろう。
腰に差している剣で竜を倒せとか言われたら難しいが、
妹を見つけるだけなら、できないこともない。
というより、俺の得意分野だ。
『ごめんなさい、お兄さん……なので最低限の情報をお渡しします。
お兄さんの隣にいる女の子は、オルカ。
彼、ディンゴの幼少期からの、幼馴染みです』
「……ところで、そいつらは? 竜殺しか?」
筋骨隆々の男が、離れた場所にいる俺たちに気が付いた。
竜殺しか? と聞いたということは、彼は組織の代表ではないのだろう。
管理している立場なら、組織に誰が属しているのかくらいは把握しているはずだしな。
俺たちを見て、仲間かどうか、など訊ねるわけがない。
「巻き込んじゃったんだよ。列車に乗っていた一般人」
「そうか……、すまなかったな、お二人さん。
列車の経路からだいぶはずれた場所で戦っていたんだが……、逃げる竜を追っている間にこんなところまできちまってたらしい。
……ん? もしかして、騎士か? まだ若いのに立派なもんだな――」
すると、オルカが腰に差していた剣の柄を握り、腰を落とす。
「あなたたちは自分の立場が分かっているのかしら……?
竜殺しは大罪よ。竜に殺されて、消息を絶つ者が多い中で、五体満足で生きているあなたたちを、騎士としてこのまま見過ごすわけにはいかないわね。
あなたたちから情報を引き抜く。
誰が組織を取り仕切っているのか、洗いざらい吐いてもらうわよ!」
「無駄だよ」
筋骨隆々の男が肩をすくめ、
「取り仕切ってる奴なんかいねえさ。
標的によって派閥があるくらいでな。派閥ごとの頭はいるが、それも短い期間の頭ってところだ。竜殺しという大命を持ってはいるが、意思統一ができているわけじゃない。
あんたら騎士を束ねる貴族のような司令塔を叩けば、それで瓦解する組織形態じゃないんだ。
入れ替わりが激しいのは見ての通り。組織の歴史を見ても、新人ばかりで大半を占めている。
古参なんかいるはずもねえ。
俺としちゃあ、竜殺しの組織を取り締まることよりも、
死んでもすぐに補充できる新人ばかりがいることに着目してほしいもんだがな」
「なにを言って……」
戸惑う幼馴染みを尻目に、俺はなんとなく相手の言いたいことが分かった。
「……つまり、竜殺しに賛同する者が多いってことか……」
「そっちの少年は話が分かるじゃねえか」
この世界のことはまだ詳しく分からないが、女神様は『竜が支配している』と言った。
竜の強さを考えれば、世界を牛耳っていても当然だとも思うが……。
竜と人間が友好関係を結んでいるとしても、
やはり反対勢力は生まれてしまうし、仕方のないことだろう。
なるほど、
妹を探す前にはまず、この世界のルールから把握する必要があるみたいだ。
―― To be continued ――
いもうとりっく:人格エンド 渡貫とゐち @josho
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