第46話 異世界へ

 ――…………さん、兄さんっ、兄さんっっ!!


 妹に呼ばれている。

 意識が徐々に、浮上していく。


 水面から顔を出すように、必死に水中を泳ぐ感覚。

 手で水をかいて、ゆっくりと水面に近づいていく。

 声も同時に鮮明に聞こえてくる。



「――ゴ、ねえ起きてよっ、ディンゴっっ!!」


 目を開けた時、俺の目の前にいたのは、妹ではなかった。

 明るい赤髪と、一本の長い三つ編み。


 露出を最低限にまで抑えた、男装にも見える服装を纏っている。

 活発な印象を抱かせる整った顔立ちは、日本人には見えなかった。


「ディンゴ!? 良かったっ、目を覚ましたのね!!」


 両手で肩を掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。

 せっかく取り戻した意識をすぐに手離しそうになった。

 やめっ、と言おうとして、声がかすれている事に気付く。


 声を出そうとすると、喉が裂けるような痛みがあった。


「(声が、出ない……?)」


『すみませんお兄さん……、

 不用意にそちらの世界の方と接触を持たないように、細工をさせていただきました』


 頭の中に直接、聞こえてくる声は、女神様のものだった。


『一方的な伝達になってしまいますが、そちらの状況を考えると、

 お兄さんの質問を受け付ける時間はなさそうですね。では、手短に』


 ―― ――


『そちらの世界は、竜が人間を支配している、お兄さんからすれば「異世界」です』


『今、お兄さんの魂が入っている少年の名が【ディンゴ】です。

 この世界で生まれ、育った彼の体を使い、最低でも四日間、この世界で生き延びてください』


『四日目に、お兄さんと同じようにこの世界の人物になりきっている、妹さんを探し当ててください。……彼女からの伝言です……、

「本当に好きなら、見つけられるよね?」……だそうです』


 ―― ――


 では、ひとまず今の窮地を乗り切ってください、と言い残し、声が途切れる。


「こ、こんな土壇場で説明すんなよぉ!!」


 あ、声が出た。

 喉の調子を確かめ、裂けるような痛みがないことを確認し、


「どうなってるの!?」


 現時点では頼るしかない、赤髪の少女に訊ねる。


「『竜殺し』の自爆作戦に巻き込まれたのよ! 飛んできた瓦礫が列車に当たって、レールからはずれて横転したの――、ディンゴ、頭から血が出てるけど、大丈夫なの!?」


 手で頭に触れると、べったりと血が付着するが、傷口は塞がっているようだ。


「今はなんとか大丈夫……それよりも、自爆作戦って……」


「防御を捨てて、攻撃に特化したんでしょ。

 それでも竜に勝てるわけないのにね……」


 すると、爆発音が鳴り響く。


 爆風が俺たちの体を浮き上がらせ、レールから少し離れた森の中まで吹き飛ばした。


 連続する爆発音、それに伴い、外側へ流れる爆風は、細い木々を強くしならせる。


 爆発による黒煙が、空中に球体を作っていた。

 その中から、一頭の竜が翼を広げ、飛び出してくる。


 線の細い、深紅しんくの竜。


 想像していたよりも痩せていて小さいが……、

 それでも脅威であることに変わりないのだろう。


 爆発物を体に取り付けた人間が竜にしがみついているが、

 竜はその人間を簡単に尻尾で払い落とす。

 地面に叩きつけられる前に、払い落とされた人間が地面すれすれで爆発した。


 人影を包んだ黒煙が消えた後、そこにはなにもない。


 人間の形を崩し、吹き飛ばすほどの火薬の量。


 仲間の無駄死にの末路を見ても、しかし人間たちは引き下がらず、竜にくくりつけたロープを手繰って、距離を詰めていた。

 竜が体をぐるりと回し、ロープに掴まっている人間たちを振り回す。


 握力がなくなった者から空中に投げ出され、

 八方に散っていく人間たちが、次々に爆発していく。


 理由がある命を懸けた戦いなのかもしれない……、だけど、竜に一切のダメージを与えられていないし、次に繋げられるような、竜の弱点を見つけたわけでもない。

 竜は一割の力を使うことなく、人間たちをあしらい、結果、人間たちは強力過ぎる自分の武器に殺されているだけだ。こんなの、無駄死に以外のなんだって言うんだ……?


「――ディンゴ!」


 名前を呼ばれて、反応するまで少し遅れた。

 自分の名前でないのだから仕方ないが、この状況では致命的な遅れだった。


 竜に振り落とされた、爆発物を体に巻き付けた男が俺の前に落下したのだ。


 ――爆発に、巻き込まれる……っっ。


「しま――」


 その時、俺の背後から小さな影が駆け抜け、

 手に持つナイフで男に巻き付けていた爆発物を素早く取り、空中へ放り投げる。


 一秒にも満たないタイミングで、爆発。

 俺たちは爆風に押しのけられ、まとめて森の奥まで吹き飛ばされた。

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