~転生後 クラリス⑥~

「初めて自分の声の録音をしてみましたが……。普段聞いているのとは大分異なるものですね。」


「こえはおそとだけではなく、ほねもつたうのです!」


 空気中を伝わって耳から入り鼓膜を振動させるのに加えて顔や頭の骨の振動で聞こえる骨伝導が加わるため、話している時の声は録音と違って聞こえる。

 クラリスの有能な秘書であるヤスシは、正直このアイドルビジネスついてはそこまで成果を期待していなかった。スカウト・公演の旅に付随して共和国産の技術や交易品を売買することがビジネスの本旨であると考えていたからだ。


「まさか、本当にここまで受け入れられるとは……。私もまだまだですね。」


 そのため、一年の活動を通じて劇的に『ファン』が拡大し、単体でもビジネスとして成り立つようになったことには素直に驚嘆するとともに、クラリスへの畏敬の念を再度深める事となった。


「この音を再生させる装置と円盤、それと遠隔で映像を映し出す事が出来る装置。これらの普及も大きな成功要因だとは思いますが、正直どういう原理なのかまでは理解できないですね。

 後者は高価な事もあり一部での利用に留まっていますが、これが全体に広がればどれほどのビジネスを生み出す事になるのやら……。」


「でこぼこではんしゃさせて、ないようをよみとるのです!それをぴたっ!ばしっ!にかえてゆらすのです!」


 クラリスが立ち上げたアイドルユニットは、CⅯG4X(しー・えむ・じーふぉーてぃーえっくす)と名付けられた。『会いに行けるアイドル』として各地で公演をするとともに、会場にて多種な関連商品を販売する。それらには投票権や握手権が付与されており、獲得したポイント数に応じて人気投票やセンター決めへの参画が可能となったり、直にアイドルと逢う機会が与えられたりする。

 もう一つ重視されているのはファンからの投書である。それらを参考に活動の改善を行う事で、アイドルの成長とともにファンの参画意識(自分が育てる、育てた)を高めるのである。こういった活動を通じ、各々に対してデータベースと成功体験を与える事で、更なる資源獲得へとつながるのだ。

 音源、ポスター、ブロマイドといったものの物販も軌道に乗り、かなりの利益を生み出すようになっていた。勿論、それらは共和国の最新技術により生み出されたものであるため、ヤスシが当初考えていた通り交易へも多大な影響を与えた。


「はくは120~180をめいんにしていくのです!ちまたにいうばらーどというやつなのです!」


 クラリスは曲のBPMに指定を入れはしたものの、その他曲や振り付けには大きな注文をつけなかった。それよりも、健康面や訓練前後におけるケアに重点をおく。


「あまいのはさいご、たべすぎにちゅーいするのです!」

 

 体型維持も視野に野菜・肉類を先に取り、血糖値の上昇を緩やかとする食事法を推奨しつつ、量も適度に抑える。昔、『1日30品目食べる』という推奨が為されていたが、いつの間にか消えて、『食生活は、主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを。』という曖昧な表現へ変わった。それを守ろうとすると、かなりの確率で食べ過ぎなるため、である。


「あつあつのときは、ひやひやをにぎるのです!」


 手のひら(AVA・血管)を冷却する事で熱中症対策となる。冷たすぎると血管が収縮して冷却効率の低下を招くため、水の入ったボトルなど15~20℃がベストである。


「いたくなったらすぐせで――ひやすのです!」


 痛みのピークが来る24時間後を目途にそこまではアイシング、その後は温める・軽い運動をする事で回復を早める事が出来る。アイシングにより炎症を抑え・痛みを麻痺させ、その後血流をよくする事で回復に必要なものを早く・多く届ける形である。


「はきだすときはひっこめずにたもつのです!」


 これは腹式呼吸とはちょっと異なるIAP(腹腔内圧)呼吸法というものだ。息を吐くときにも腹部を膨らませたまま維持する呼吸で、これにより体の中心を正しい状態にキープする事が出来る。その結果、効率のよい体の使い方が出来るようになり、疲労し難い体へとシフトさせる。

 そして、もう一つ力を入れたのはファンの調きょ――訓練である。


「ばかもんっ!じーさん・ばーさんのるんばじゃないんだ!もっときびきびうごかんかっ!」


 光る棒――ペンライトとともにオタ芸をファンへインプットする。これにより戦場を自在に舞うソルジャーへと進化したファンたちは、公演を盛り上げるとともに一つの見世物へと昇華されていった。


「……この光る棒はどうやって色を変化させているのでしょうか?」


「ちかくにあるいろとがっちんこすると、しちへんげするのです!」


 ペンライトはディプレイなどと同様に、混色の原理を使う事で色を変化させている。そのため、色により消費するエネルギーが異なっており、白が最も大きなエネルギーを要する事となる。


 こうして剣と魔法の地に、科学とともに新たな文化が創成される事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

格差社会における異世界転生について ゆきしろ @gokuchan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ