問十の答え☆

「別れないよ!」


 僕は真っすぐに柚子ちゃんを見返して言った。

 差し出した右手を取る気はさらさらないんだからな。


「何があっても、それが僕のわがままだとしても、それで柚子ちゃんが苦しくなってしまったとしても、僕は君を絶対手放さない!」


「二尋君……」


 柚子ちゃんの瞳が揺れた。唇の端が震えながらも微かに上へ向かう。


 パチパチパチパチ!


 突然柚子ちゃんの後ろから、黒いスーツにサングラスの男がばらばらと現れ出た。


「え? 何?」


 僕は驚いて柚子ちゃんを引き寄せる。

 抱き寄せられた柚子ちゃんが、胸元で囁いた。


「ごめんなさい。二尋君。私あなたに黙っていたことがあったの」

「え? 黙っていたことって何?」

「私実は……」


「我々から説明させていただきます」

 ひときわ背の高い黒服の男が、姿勢を正して僕たちの前に進み出た。

 一見礼儀正しい所作だが胸元に手を入れている。


 僕は焦って柚子ちゃんを背後に隠した。

 後ろで柚子ちゃんが感激したように「二尋君、素敵」と呟いたのが聞こえる。

 

 大丈夫だ。僕が守ってやる。命に代えても!


 黒服がおもむろに胸元から手を引き抜いた。

 その手には……白い紙きれ一枚。


 はぁーっ。黒い銃だったらどうしようかと思ったぜ。


 僕はばれないようにこそっと息を吐く。


「申し遅れました。私こういう者です」

 差し出された名刺を覗いて見ると、


『㊙エウロパ星移住計画推進局 ノアの箱舟部 スカウト担当 ピエール・ルドラ』


 と書かれている。


「エウロパ星移住計画?」

「はい。これは公にはされておりませんし、むしろ秘密裏に進められている計画ですのでご存じ無いかと思いますが、我々は来る地球滅亡の日に備えて、木星の衛星であるエウロパ星移住計画を推進しております。その移住候補者をスカウトしているのが、我々の仕事なのです」


「は? スカウト?」

 僕は驚いてピエールと名乗る黒服を見つめた。

 サングラスの中の瞳が、何を考えているのかはわからない。


「二尋君、ごめんね。私実は、移住候補者の一人だったの。だから一緒にエウロパ星へ行ってくれる人を探していたの」

「柚子ちゃん、それは一体……」


「本部にてご説明させていただきます」

 ピエールが恭しく一礼すると、他の黒服に合図をして僕と柚子ちゃんを黒いリムジンへと案内した。

 

 僕はこのまま殺されるなんてことは無いだろうと思うものの、胃が痛くなるほどの緊張だった。でも柚子ちゃんは気にしていないようで、嬉しそうに僕の腕に絡みついている。


 リムジンが停まった建物は普通のオフィスビル。

 だが中に入ると入り口に、巨大な木星デザインのエンブレムが床に描かれていて、更にエレベーターから降りた先には、宇宙センターのような大きなモニターだらけの部屋があって、みんなが沢山の宇宙船の航行状況に気を配っていた。


 その部屋の横の応接セットに案内された僕たち。


 ピエールはサングラスを外した。

 中の瞳は案外お人好しな雰囲気だが、顔の前に組み合わせた人差し指を、ピコピコと神経質そうに動かしている。


「改めて、説明させていただきます。我々の観測によって、ここ十年ほど異常な速度で太陽が膨張し続けていることがわかりました。つまりこの地球もいずれ太陽に飲み込まれてしまう日が来てしまうと言うことです」


 Mr.ピエールはそこで一旦言葉を区切ると、僕の様子をチラリと見る。

 僕は思いもよらない話に驚きを隠せてはいなかった。

 その僕の表情を満足そうに見つめると、続きを話し始めた。


「そこで我々は秘密裏に、地球の生命を宇宙へ移住させる計画を進めていまして、それがこの『エウロパ星移住計画』です。エウロパが木星の第二衛星であることはご存じですよね。ここには氷の下に海があるのですが、いずれ膨張した太陽によってこの氷が融ければ、我々人類が移住するのに適した環境になると思われます。そこで、宇宙船『ノア』にて地球の生命を移住させる計画を推進中なのです」


「『ノア』って、ノアの箱舟から命名したんですか?」


「その通りです。『ノア』には地球上のあらゆる生命のDNA情報が詰め込まれていて、クルーは男女のペアとしています。エウロパ星に人類の礎を作るためには、強い絆で結ばれた男女のカップルを送り込む必要があります。我々はそんなカップルを探しだしては次々と送りだしているのです。安全に関しては今まで送り出されたカップルはみな、無事にエウロパ星のシェルターへ辿り着いている実績が証明していますので、ご心配いただかなくて大丈夫ですよ」


 そこでニッコリすると、ピエールは契約書のような書類を差し出しながら言った。


「関川さんには今まで、様々な二択問題を乗り越えてもらいました。そして、最終難関問題、『サヨナラの時間』さえも『別れない』選択をして、見事合格切符を手に入れられました。我々が探している、どんな困難が襲ってきても、二人で協力し合って乗り越えて行かれる最強カップルの素質を持ち合わせていることが証明されたからです。あなた達こそ、我々が求めているカップルに相応しい! 柚子さんは我々の計画に賛同して既に契約済みです。ですから、関川さんの了承さえ得られれば、こちらの悠木柚子さんと一緒に、来月打ち上げられる、『ノア2860号』へ搭乗していただきたいのですが、いかがでしょうか?」


 僕はあまりのことに驚いてしまって、声も出なかった。

 横で腕を絡め続けている柚子ちゃんが、心配そうに僕の顔を見上げている。


「柚子ちゃんはどうしてこの計画に協力しようと思ったの? まあ今は宇宙旅行が昔の飛行機旅行くらい身近な時代になっているとは言え、やっぱり色々リスクはあるよね。それに、僕を選んでくれて……」

「それは、エウロパ星の人類の歴史の第一陣になれたら素敵だなと思ったのと……二尋君とずっと一緒にいたいと思ったからよ。遠い宇宙の星でも、二人で仲良くむちゃくちゃできたら、最高にロマンティックだと思って」


 僕は頬を染めた柚子ちゃんを見つめる。


 そうだね。確かにロマンあふれる話だ。


 ちっぽけな存在だった僕も、スペシャルになれたんだな。


 人類の未来の希望に。

 そして柚子ちゃんのスペシャルに。


 それから一か月後、僕たちは『ノア2860号』でエウロパ星へ向けて出発した。


 

 みんな、ここまで読み進めてくれてありがとう。

 読者の皆さんには感謝の気持ちでいっぱいだよ。

 

 続きは、木星を見上げてみてくれ。

 その近くに僕たちの星、エウロパ星がある。


 僕たちの愛の物語は、そこでこれからも続いていくからね。


           完





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