最終話

 無事に体育館から脱出することができた俺は今、何故か女の子と二人っきりで空き教室にいた。

 人生でどんなことがあっても、このシチュエーションに遭遇することなんて絶対起こりえない、あれはクリエイターが妄想で創り上げたちんけなフィクションだ! と思っていたのだが、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。

 ……だが、こんな誰もが羨む状況にいるのに、何故、俺の心はこんなにもモヤモヤしているのだろうか。

 目の前では腕を組み、半身になってこちらをじっと見てくるこの女の子、一束ひとたばよもぎという名前らしい。

 見た感じの印象はクールな雰囲気を纏っていて、その印象を裏切るように付いている二つのまん丸な瞳は、見ているだけで人の心を見透かしてくるかのような力強さを感じる。あの目をした占い師がいたら「何だかこの人当たりそう……」と思ってしまうこと間違いないだろう。因みに同じクラスだってことは、今さっき思い出した。

「……誰にも言わないで」

 一束さんはポツリそう呟いた。

「え?」

「だから! 誰にも言わないでって言ってるでしょ!」

 聞こえていたけど、思わず「え?」と口に出してしまうことってあるよね。それはなぜかというと、一度聞いただけでは脳が処理しきれなくて、もう一度確認する事で冷静に情報を整理してから記憶するためらしい。

 ……噓なんだけどもしかして俺って、それっぽいこと言うが得意なのかも知れない。

 そんなことはどうでもいいとして、ひとまず今、一束さんには安心してもらうことが重要だと思われるので、ここは必殺技をかまして一撃で黙らせるしかないようだ。


「一束さん、安心して。こんなこと言いたくないんだけど、そのことを話すような友達いないから」


 題して「こっちも身を削って話すからこれでチャラね」だ。この技を前にして引き下がってくる奴はこれまで一人もいない最強技だ。

 さぁ、どう来る?


「でも細谷くん、『といったー』やってるよね?」


 ここでそのSNSの名前『といったー』を挙げるってことは……嫌な予感がする。


「君、このまま帰ったら呟くよね。絶対」


 いや、これは、うーん、どうなんだろう。一束さんは俺のアカウントを知っているんだろうか。でも、『といったー』をやっているのを知ってるってことは、もしかしたらばれているかもしれない。

「いや、呟かないよ絶対、約束する」

「本当? 嘘だったとしても分かるからね」

 あっこれは確実にばれてますね、はい。

 あーあれかな、アカウントばれたのその日あったことを日記みたいに呟いてたせいかもしれない。これから見られているのを配慮しながら呟くのか……これは全くもってめんどくさい。それに割とフォロワーがついているせいで、消すのもなんか嫌だ。という承認欲求に支配されている自分にうんざりする中、ここで一つ思いついたことがある。

 今、佐渡さどさんって保健室にいて、そして一束さんとキスしていた。ということは……?

「あのー一束さん?」

「なに?」

「今、佐渡さんってどこにいるか知ってる?」

「何、急に」

「いや、何となく気になって」

「……知らないわよ、それがどうしたわけ?」

 よし、条件クリア。あとは実行に移すだけだな。

「今、佐渡さん保健室にいてそこで先生とイチャイチャしてるよ、って言ったらどうする?」

「え? ……」

 あーあ、言っちゃった。

 でもさ、気になっちゃったんだもん。俺、純愛よりもドロドロしてた方が好きだもん。一束さん、俺の『といったー』見てるなら知ってるでしょ。

「それってホント?」

「うん、だってさっきまで俺も保健室にいたんだもん。間違いない」

 そう言うと、彼女は瞳を濁らせて人差し指を唇にあてた。

「ちょっと行ってくる」

「どうぞ」

 そう言い残すと彼女は重たそうな足どりで教室を出ていった。

 俺は、夕暮れに沈む教室の中、一人でポツンと佇んで考えていた。

 これで本当に良かったのだろうか。

 少しの後悔がじりじりと心を傷つける。

 そして、俺は小さく笑った。この心の痛みに少しの快感を感じながら。


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この目に入れた百合が、世界を変えそうだ 不透明 白 @iie_sou

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