07:重すぎた身体

 ジュンは蛇の毒で死んだ。

 しかしヨースケは、そうは思わなかった。

 ジュンはあの窓の向こうにいってしまったのだ。

 オーゼイユ、と彼は言っていた。その言葉をヨースケは調べたが、何も検索にはひっかからなかった。

 広い世界に、それは存在していないのだ。

 けれどもジュンはいなくなってしまった。音楽に誘われて。自分では想像もできない未知の場所へ。

 瞳を塗りつぶした深淵は拭えない。

 ――あれから何日もが過ぎたある日の朝、ヨースケは一人、浜辺を歩いていた。砂に跡を刻む足を、冷たい波が濡らす。

 朝日に水面は輝いていて、けれどもやはり濁っていた。深くに潜む暗闇まで、陽の光は届かない。身体を包む風はべたべたとしていて、相変わらず生臭い。

 だがヨースケは、その中で一つの旋律を耳にしていた。

 ジュンの口ずさんでいた、怪しいメロディー。

 ――自らが発しているものだと気づかないまま、ヨースケは海を臨んだ。

 黒々とした海。寄せては返す波が手招きしている。潮風が高く昇って枯れ薔薇屋敷を包み、最上階の窓枠しかない窓から内へと入り込んでいく。

 あの正体不明の欠片は、もうどこにも落ちていない。


【屋根裏部屋の破片 終】

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屋根裏部屋の破片 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

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