オトコマエの定義

七瀬みお@『雲隠れ王女』他配信中

美月と那津


 

 美月みつきは男女にかかわらず美しい人が好きなので、街なかで心惹かれる人を見付けると思わず目で追ってしまう———。


 『うんちく人間ウォッチャー』。


 美月のことを、親友の那津なつはそう呼ぶ。


 平日の夕暮れどき、表参道に開店したばかりのカフェはオープンテラスが心地よく、相変わらず混んでいる。

 紺、白、緑、赤……学校帰りの学生たちの制服は色どりが豊かだ。うちの高校の制服はありきたりな紺色のセーラー服、もうちょっと個性的なら良かったのに。

 お洒落なマダムふたり組が持ち込む風情ふぜいは、紙のショッパーさえもお洒落。『マダム御用達・世界のショッパー展』とか、あればぜひ見に行きたい。


 細身の高級そうなスーツをスマートに着こなすお兄さんは会社帰りに誰かとの待ち合わせかな……彼女? だったらどんな人。


「———彼氏、欲しいんでしょ?」


 苺とホイップクリームのシェイクを口もとをすぼめて吸い上げながら、那津がほとんど面倒くさそうに言った。

 三十分ほど並んでようやく席に着けたあとも、美月は人間観察を欠かさない。


「……ねえ、あんたさあ。人のコト見てるばっかじゃなくて、ちゃんと自分の相手、探しなよ?」


 スマホをいじる那津と、那津の周りでスマホをいじっている那津のコピーみたいな人たち。性別も顔の形もちがうのに、スマホをいじってる人はみんなおんなじに見える。


「そう言う那津はどうなのよ。ずっと彼氏いないじゃん」

「だってあたしは、そんなの要らんもん」


 ふたりでぼうっとしてるとき、那津のスマホの画面はもっぱらネットゲームだ。


「三組の高田とか、どう? 美月のコト、ときどき目で追ってるって相川が言ってたよ」

「高田って……あのテニス部の? う〜ん、あいつはイケメンだから、ダメだね」


「また出た、美月の『イケメンダメ』発言。イケメン見るのは好きなくせに……」


 美月の視線の先に、まさしくイケメンと美女のカップルが居る。

 男性の方は俳優さながらの美形、それにとてもお洒落で美月はずっと見とれてしまう。


「イケメンは、見て楽しむものだもん」


 男性の向かい側はとても優しい雰囲気の女神——肩にかかる茶色い髪に光の妖精をまとっている——周りの目を惹くカレシ? と居るのが幸せで嬉しくて仕方ないオーラを放ち、身振り手振りを交えながらせわしなく口元を動かしている。


「きた! 美月のロックオン。A大生かな? いいよね〜幸せがにじみ出てる感じがしてさ」

「そうかな……彼氏さんは、那津のコピーだよ」


「はっ?」


 スマホをいじる手をとめて、那津は美月を、それから彼らに視線を戻した。


「……うわの空」


 イケメン男性は女神の言葉に生返事で、スマホをいじる指が忙しい。



 ——ねぇ、ちゃんと聞いてあげなよ?

 女神、一生懸命話してるじゃん。



「しょおもない男」

「まあ、そういう見方も確かにあるな」

「でもあの女神、まだ間に合う。結婚してなかったら」


『イケメン』と『オトコマエ』の定義は違っている。

『イケメン』は、文字通り見た目の美しい人。


「確かに、まだ間に合う。結婚したら人生の半分持ってかれちゃうからね」


 美月は——思う。


 パン屋さんの棚の、人目にもつきにくい端っこの方に残っているけど、食べてみたら中のカスタードクリームが絶妙に美味しいクリームパンのような。


『オトコマエ』ってそういう人じゃん?


「誰もいない放課後に、教室で黒板拭いてたり……」

「あ、それ高田だよ?!」


「え」


「あいつ、そう言うとこある」

「まじか」


「美月は見ようとしてないだけだよ。昔のトラウマなのわかるけど、イケメンって言うだけで防御線張っちゃうから」


「そうかな」

「そだよ。まあ高田がイケメンじゃなくても、見てなかったかも知れんけどね」


 那津は汗をかいた硝子のコップを水滴が落ちないように注意深く持ち上げて、薄桃色の液体を勢いよく飲み干した。


 ——イケメンと出逢わなくてもさ。

 オトコマエな人って、きっと周りにたくさん居るはずだよ?

 ただ、ちゃんと見ようとしてないだけ。


 美月は、そんなふうに言う那津を『オトコマエ』だと思う。


 カスタードクリームが超絶美味しいクリームパンのように、目立たずひっそりと、案外近くに存在しているのかも……?


「那津が男だったら結婚するのにな〜」

「は? 何言っとる」


 そこの女神よ。

 見た目に惑わされないで?


 そして相も変わらずスマホいじってる男よ。

 表面のキレイさにとどまらず、

 割ったら栗が出る意外性を目指してよ。


「美月のうんちく! もういいから。あの男もかっこいいだけじゃないかもよ? 高田みたいに、さ」

「う……ん」

「だから目の前の景色を双眼鏡で覗いて見極める目を養ってるワケでしょ? イケメンじゃなくてオトコマエ、もしくはイケメンでもオトコマエ。美月はもはや、双眼鏡いらずの千里眼だけど!」


 いつか那津から投げられた『課題』を、今更ながらに思い出す。


 あの頃の美月は、きれいなものしか見えていなかった。涙が枯れるほど泣いて、それでも美しいものに惹かれ続けていた。


『美月はさ、これから「オトコマエ」を見極める目を持つの。

 人からの評価じゃなくて、

 美月自身の評価でちゃんと相手を見てあげて?


 美月だけの「オトコマエ」は、

 きっと近くに居るはずだから。』



「ねえ、那津……」

「ん〜?」


 那津はまたスマホをいじり始めている、指先を上下に器用に動かして。


「高田って、クリームパン好きかな?」


 ——棚の奥にあるからって、美味しくないって決めつけて、ちゃんと見ようとしてないだけ。


「どうかな。でもいきなりどおした」

「突然クリームパンもらったら、高田、気味悪がるかな」

「ん〜、べつにいいんじゃない?」

「明日まで持つかな、クリームパン」

「ちょっと堅くなるかもだけど、大丈夫でしょ、生物じゃなし」


 早く行かなきゃ売り切れちゃう、恋も、美味しいクリームパンも。


「あっ、買いに行く?」 

「うんっ」



 


 〜おしまい〜

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