175.そして、未来

 『ランディスブランド』。


 ゴルドーリア=ブラッド王国の長い歴史の中で随一の魔術師家系と言われる一族を語るにおいて、その中興の祖と語られるキャスバート・ランディスの名が出ないことはありえない。

 王国の守護神獣たるシステムの寵愛を受け、薫陶を受けて強大な魔術結界をいともたやすく展開させる魔術師であり。

 かつてのベンドル王帝国、現在のベンドル大公国との長きにわたる冷戦を終結させ。

 戦の後に新しく王位についたメルランディア・ブラッド女王によく仕え、平和の世をもたらした貢献者である。


「いや、俺はたまたまテムと仲良くなれただけですし。皆も頑張ってくれた結果です」


 ベンドルとの和平条約を成立させた功績により、男爵位を賜った折にキャスバートは、そう答えたという。

 神獣システムをテムという愛称で呼ぶ者は、現在でも側仕えに選ばれた魔術師とその他神獣に認められたごく少数の者に限られている。その最初の者がキャスバートであることには、誰も異論を持たぬだろう。


「我を崇めるのではなく友として、寄り添うものとして世話を焼いてくれたのはキャスバートが最初であったからなあ。無礼者ではなく、共に立つ者であったゆえ我も相応の礼を以て返しただけだ」


 キャスバートより数代後の特務魔術師に対し、神獣システムはそう述べたことがあるという。その当事者はわずかに黒を含んだ赤い髪以外はとてもキャスバートに似ていた、と後に伝わっている。




 さて。

 冷戦終結の立役者であるキャスバートには、その功績故に縁を結びたいと考える王族や貴族からの申し入れが殺到した。

 ゴルドーリア=ブラッド王国には重婚制度は存在せず、またキャスバート自身があまり恋愛沙汰に興味がなかったこともありその決着には数年の時間を要した、らしい。


「いや、決着など付いてはおらんでござるよ? 大体、正妻の座を得るために自分たちが行ったのは、じゃんけんでござるよ! じゃ・ん・け・ん!」


 当時、決着がついた……と外からは見られたその当時に全力でそう叫んだのは候補者の一人であった近衛騎士ファンラン・シキノである。彼女を祖とするシキノ=ランディス家は現在、近衛騎士を多く輩出する家系として近隣に名を馳せている。


「公爵家の婿に、いくら身内でも男爵はさすがに無理だなんて言われたんですよ? 何ですの、だったらとっとと爵位を引き上げればよろしいのに!」


 同じく候補者の一人、メルランディア女王の妹君であったブラッド侯爵当主セオドラもそのように不満を表明した、らしい。女王と王配・公爵サファードの間には三男二女が授けられ、いずれも王家の後継者として問題なく成長したという。

 セオドラ王女は分家として侯爵位を授かり、その家は現在王家のご意見番として機能している。


「まあまあ、いいじゃありませんか。クジョーリカ様のおっしゃるとおり、案外どうにかなるものでしたし」


 そう、のんきに中立的意見を述べたのはやはり候補者の一人であったシノーペ・ティアレット。ティアランディス家を名乗ることになった彼女の家系は魔術師や魔獣使いが多く、王国を守るための礎として長く働いている。


「わたくしも、頑張ったんですよ? 父上や母上、義兄上も協力してくださいましたし!」


 かつてベンドル軍と激しく戦った、ドヴェン辺境伯家。当時の末子であった令嬢リコリスもまた、候補者として立っていた。その血縁は現在、『ランディスブランド』の本拠地である北部からは遠く離れた南西部に領地をもつ南辺境伯家となっている。


「妾とベンドルの民が救われたのは、間違いなくキャスバートのおかげである。我らはその恩義を忘れず、末代まで伝えていくことを誓うぞ」


 そうして、候補者の中で一番身分の高かった者は彼女。ベンドル王帝改め大公家当主、クジョーリカである。

 北の領地をよく治めた彼女は、二人の子を産み育てた。現代に続くベンドル大公家の当主は、白の中に赤がにじむような独特の髪色を持つという。


 さて、キャスバートの正妻となった者が誰であるのか。実は、現代においてもそれは明らかではない。

 ベンドル大公家、ティアランディス家、ドヴェン南家、ブラッド分家、シキノ=ランディス家。それ以外にも我が家系こそがキャスバートの正妻の子孫である、と主張する家は多く、長年に渡り研究対象となっている。

 ただし、かれらが対立しているわけではない。先祖が正妻であったにしろなかったにしろ、キャスバート・ランディスの血を引くことを互いに否定することはなく親戚として程よく交流しているのだ。


「キャスバートが、皆と仲良くしているのを見るのが我の楽しみのひとつであったからな。その結果に水を指すような愚か者を、我は子孫とは認めぬ」


 牙をむき出して笑う神獣システムの言葉に歯向かう者は、この世界には存在していない。

 ただ、単純にご先祖様が誰を本命として選んだのか、を子孫としては知りたいだけである。よって、研究はこれからも続ける予定だ。


 キャスバート・ランディスの子孫の一人が、ここに記す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特務魔術師をクビになったので故郷に帰ります~王都を守る伝説の血統の実力に気づいてももう遅い~ 山吹弓美 @mayferia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ