第7話 新しい家族

「じゃあ、今度は私たちの番ね。私はルチア。盗賊よ。ティナの、その……と、友達よ」

 

 ルチアは気恥ずかしさから、言いよどむ。

 スラム出身のルチアは一匹オオカミの冒険者もとい盗賊として生きてきた。

 誰にでも動じず、ずけずけモノを言うタイプだが、大人数の前で注目されながら話すことにはまだ慣れていない。


「盗賊ってことは泥棒さんなのっ?」


 ヘレナはその幼く純粋な瞳を潤ませ、震える。

 料理畑出身で人格の幼い彼女は、徴用されて軍事用に改修されてなお、荒っぽいことは苦手で怖がりだ。


「ルチア! 素直に冒険者って言えばいいのに。かわいそうにこんなに怖がって」

「見た目は子供でも、マギアマキナよ。マギアマキナが怖がるわけないでしょう」


 ルチアはそっぽを向いてしまう。


「意地っ張りなんだから……大丈夫だよ。盗賊は盗賊でも私を助けてくれたとってもいい盗賊だから」


 ティナはヘレナの頭をなでながら、ルチアをあきれた目でにらむ。


「冒険者とはなんだ?」

 

 ウルは疑問符を浮かべる。ガイウスやベリサリウス達も知らないようだ。


「あ、私、劇場で演じたことがある。確か、魔物を狩る傭兵とか言ってた気がする。まあ、私たちマギアマキナに任せきりで、ほとんどいなくなっちゃったみたいだけど」

 

 ルーナが自分の爪をやすりで手入れしながら、答える。

 冒険者と呼ばれた者たちは、古代エルトリア帝国よりも前の時代、人魔入り乱れ争いの絶えなかった混沌の時代に方々で活躍していたという。

 しかし、恐れを知らぬマギアマキナの兵士にとって代わられ、人がわざわざ直接戦う必要が消え、冒険者も自然に繁栄の中に消えていった。

 現代に至り、マギアマキナの技術が失われたことで、魔物への対抗手段として冒険者は再び日の目を見ることになったのだ。

 

「最後は僕だね。僕はティナ。ティナ・レア・シルウィア。ルチアと一緒に冒険者をやってるよ。あと陛下はやめてよね、僕のことティナでいいから。よろしくね」

 

 滑らかな絹糸のごとき黄金の髪。

 万物を照らす太陽のような黄金の瞳。

 マギアマキナたちと同じように熟練の職人の手によって作られたかのような最高級品の人形のような完璧な造形の顔立ち。

 美少女とも美少年ともとれるそのいでたちが、ティナの神秘的な美しさをより一層際立てている。


「ティナ様が冒険者! 危険です。もう、そのようなことはおやめください」

 

 ウルがティナに訴える。


「よいではないか。ティナ様はそのお年で魔物と立派に戦っておられるのだぞ。誇らしいことではないか」


 ガイウスは胸を叩く。


「ガイウス。そのようなことを言って、ティナ様にもし万が一のことがあれば」

 

 皇帝を守るために親衛隊として作られたウルにとってティナはなんとしてでも守らなければならない宝であり、神である。傷一つつけることも許されない。

 戦一辺倒で皇帝は先頭に立って戦う事こそふさわしいと考える武人気質のガイウスとは根本から考えは違う。

 しかし、帝国軍の軍団兵として作られたガイウスにとっても古代帝国が滅び去った今、ティナは唯一にして絶対の忠誠の対象である。ティナを失うことは自分の存在意義の喪失に他ならない。

 それにティナは小柄な少女だ。ガイウスにとっての理想の皇帝像である建国帝ロムルス・レクスの姿を容姿に共通点があるとはいえ、さすがにまだ幼すぎる。

 そんなティナにもし万一があれば、責任など取れるはずもない。

 ガイウスはぐうの音も出ない。

 

「ぐっ、それは……」

「別にそんなに危険はないよ。遺跡をあさるだけだから」


 ティナは申し訳なさそうに頬をかく。

 意気揚々と笑っていたガイウスの顔から血の気が引く。


「なんと、それでは、物取りの類ではないですか」

「最初に言ったでしょ。盗賊って、それにティナは皇帝なんでしょ。なら、古代帝国の遺跡はティナのものみたいなものじゃない」

「それもそうか」


 ガイウスはルチアにうまく丸め込まれてしまう。

 ほかのマギアマキナたちも確かにそうだと議論している。


「みんな、ありがとう」


 ティナは突然、ぺこりと頭を下げる。


「まだ、帝国のこととか皇帝のこととかよくわからないけど、みんなは僕のために千年も待ってくれた。本当にありがとう」


 ティナは目端に涙を浮かべ、微笑をする。

 家族を殺されるという悲劇を経てなお、その純真さを濁らせてはいなかった。

 辺境の遺跡で出会った得体のしれない人形たち。

 本来なら不気味に思い警戒すべきところだが、ティナは違った。

 彼ら彼女らを受け入れ、気を許し、千年もの間、主人を待ち続けた忠義に涙さえ流した。

 自分を見て喜ぶベリサリウスたちに慈愛に満ちたやさし気な笑顔を惜しげもなく振りまいた。

 ベリサリウスたちは人形だ。人間のために働くことだけを存在理由としている。

 彼ら彼女らには、心がある。だが、それは人間に愛嬌を振りまくため、もしくは、複雑な構造によって芽生えた副産物でしかない。所詮はまやかしだ。

 しかし、ベリサリウスたちは確かにおのれのうちにあるはずのない魂が震えたのを感じた。

 この瞬間、ティナというたった一人の小さな少女のために死んでもいいと思ったのだ。

 自然、彼ら彼女らはティナの前に恭しく平伏した。


「「我らが皇帝陛下。日の上るところから日の沈むところまですべての支配者。再び世界を照らす光とならん」」


 目の前で繰り広げられる英雄譚のワンシーンから一人はみ出していたルチアが言う。


「それで、これからどうするつもり? ずっとここにいるわけにもいかないでしょ」

「……そうですね。我々の目的はティナ様を皇帝とし、帝国を復興することですが」


 ベリサリウスは涙を拭いて答える。

 普通ならもう少し感傷に浸るところだが、彼の根底は合理的な機械だ。こういう切り替えは早い。

 加えて、一度活動を開始したからには早く行動に出たい。千年の眠りについていた彼らは、久しぶりの棺桶の外でうずうずしている。


「まずは陛下の、いや、ティナ様のご両親を弑し奉った悪党どもを探し出し、誅殺ちゅうさつすべきだろう!」

 

 ティナの過去を聞き、顔を赤く染め挙げて、ガイウスが怒り狂う。


「そうだ。たとえ、私一人でも草の根を分けて探し出し、叩き切ってやる」

 

 ウルは剣の柄に手をかけ怒り興奮している。

 ガイウスとウルは、帝国軍によって作られた根っからの軍事モデル。帝国や皇帝に対する忠誠心は並々ならぬものがある。


「私も賛成。こんなに優しいティナ様に悲しい思いをさせるなんて絶対に許せない」


 ルーナも賛同する。

 ベリサリウスやヘレナも異議なしと頷く。


「僕も知りたい。誰がなんのために僕の大切な家族を故郷を奪ったのか」


 ティナには不思議だった。ティナの住むアヴァルケン半島は乱世の様相を呈してはいたが、山間の小さな村である故郷が襲われるいわれは何もない。

 なぜ自分はあのような悲劇に見舞われねばならなかったのか。ティナはそれをいつかは探ってみようと思っていた。

 しかし、何も手掛かりになるようなものはなかった。

 故郷も家族もみな灰燼に帰した。覚えているのは、あの恐ろしい形相の傭兵の顔だけ。

 だが、ここにきてようやくその手掛かりがつかめた。

 古代エルトリア帝国、皇帝の後継者そして、この遺跡とマギアマキナたち。

 傭兵たちの目的はわからないが、このことが関係していることはまず間違いない。

 そして、協力してくれる仲間を得ることができた、この好機を逃す手はない。


「ごめんなさい。ルチア。だからもう盗賊は……」

「いいわよ。そんなしみったれた顔しなくても。私も付き合ってあげる。私がいなきゃ、世間知らずのあんたと古臭い人形じゃ、ここら辺の情勢はわからないでしょう」


 ルチアは盗賊ながら根は善良であったが、ティナが心配でしょうがないから、とか、ティナを襲った連中が許せないから、とか本音をそのままいうことができない。それがルチアのいいところでもあったが、本人は時々自分の性分を苦々しく思うことがある。


「それに盗賊やるよりこっちの方が安全に儲かりそうだしね」


 とこんな具合におどけることしかできない。

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