底辺冒険者になった没落令嬢、超巨大戦艦と古代の軍団(レギオン)を掘り当て、皇帝となる
文屋 源太郎
第一章 帝国の継承者と古代の遺産
第1話 襲撃
人里離れた山奥にあるのどかな村。たまに魔物は出るが、それが、村民にとっては数少ない娯楽になるほど、なにもない退屈な村である。
村を治める貴族の娘、ティナは心優しい両親の元で、なに不自由なく育った。
色素の薄い一族には珍しい豊かな黄金の髪。肌は透き通るように白い。天使と村人にもてはやされるほどに可愛らしい。中性的な顔立ちで、一見すれば、少年のようにも見える。性別を感じさせない超越的な美しさを持っている。
山奥の村で育ったが、屋敷の中で、大事に育てられ、手足は細く、華奢な箱入り娘だ。人の悪意というものには無縁で、その黄金の瞳は、一点の濁りもなく、純粋無垢である。
村人たちの近くで育ったためかティナは貴族特有の毒気もなく、世間知らずでのんびりとした性格だが、両親同様、心優しく、領民にも愛されていた。
ティナは、近頃、忙しい。もうすぐ十五になる。そうなれば、貴族の子女たちが集う学院に入学する。ティナは村の外の世界と学院での楽しい生活に胸をときめかせ、近頃はいつも、おろしたての学院の制服に身を包んでいる。
だが、そんな時、ティナの幸せな日々は、瞬く間に崩れ去った。
謎の傭兵集団が、暴風雨のごとく、ティナの村を襲ったのだ。
ちょうどそのころ、ティナは、村から少し離れた花畑にいた。
花畑は炎に包まれ、火のついた花びらが、舞い上がり、灰になって雪のように降り注ぐ。
「お嬢様、お逃げくだされ!」
ずっとティナの世話をしてくれていた爺やが、その日初めて、声を荒げた。
目をカッと開き、杖を振り回して叫ぶ。
その直後、魔法の矢が、爺やの肩を貫いた。鮮血が飛ぶ。
平和な故郷は炎と血で赤黒く染まった。
「爺や!」
血しぶきが、ティナの白い肌に、ついた。
あまりの衝撃に、ティナは息もできず、涙を流す。足はがくがくと震えて動かない。
「爺やは大丈夫ですじゃ。早くお母さまのところに、お逃げくだ……され……」
地面に倒れた爺やはティナに笑いかけると、そのまま動かなくなる。
「爺や、爺や!」
ティナはなんとか、爺やのそばに縋りつき揺り動かすが、爺やは、もう目を覚まさない。
後ろから魔法の矢を放った騎兵が向かってくるがティナは一向に気づかない。
騎兵が走りぬきざまにティナを掴んで、攫おうとしたとき、一騎の馬がかけ、騎兵の首が飛んだ。そしてそのまま、ティナを抱き上げ、折り返す。
「お嬢。何をやっているんです!」
この男はティナの家に仕える中年騎士リナルドだ。
よほど急いできたのか、滝のような汗で、久しぶりに引っ張り出した古びた鎧は、返り血で赤く染まっている。
リナルドは、馬を全速力で走らせる。
ティナは足をじたばたさせて、おろすようにリナルドに抗議する。
「リナルド、離して、爺やが、爺やが」
「爺の思いを無駄にするおつもりか!」
リナルドは、ティナを抱きかかえたまま、追っ手を撒いて、村中央部の屋敷に逃げ込んだ。
屋敷にはすでに多くの村人たちが半死半生で逃げ込んでいた。
「ティナ!」
質素なドレスに身を包んだ美しい女性が、奥からティナに駆け寄る。ティナの母親、レアだ。髪を振り乱し憔悴している。
「お母様!」
「無事でよかった」
ティナは母親とひしと抱き合う。
「火だ!」
安心もつかの間、村人の誰かが叫んだ。
村を囲んでいる傭兵たちが、展開した魔法陣が屋敷の窓からありありと見える。その魔法陣から、無数の炎球が撃ちだされ、炎は瞬く間に村を飲み込んだ。業火の勢いはすさまじく、逃げ遅れた人々は、炎に巻かれのたうち回り、そのまま、炭になった。この屋敷を炎が焼き尽くすのも時間の問題だろう。
「ここはダメだ。ティナだけでも逃がせ」
鎧に身を包んだ男が言う。ティナの父親にして村の領主、アルバだ。
その険しい顔からは、決死の覚悟が読み取れる。
「お父様は?」
「俺は時間を稼ぐ。いくぞ。リナルド」
「はっ」
アルバはリナルド達、戦えるものを集める。敵はすでに村を包囲している。ただの略奪目的の傭兵ではない。手際が良すぎる。練度が高く、一糸乱れぬ動きで、的確に村人を追い込んでいる。
アルバは強い。貴族ながら若いころは冒険者として、リナルドとともに多くの魔物の首級をあげた実力者である。だが、多勢に無勢。普段、平和なこの小さな村にいる兵士だけでは、容易に太刀打ちできない。
ティナは戦いのことは全く分からないが、今ここで離れれば父親とは二度と会えない気がした。
「そんな、お父様、待って」
「行きましょう。ティナ」
レアは、ティナの手を無理やり引っ張る。
「レア。いや、レア様。ティナを頼みます。ティナは我ら千年の希望」
アルバはレアに一礼する。
いつもの仲睦まじい両親の姿ではない。まるで忠誠を誓う騎士とその女王のようだ。
レアは、何も言わず、アルバを見つめ、頷いた。ティナを生かす以外、これから死にゆくものに手向けになるものはない。
「お母様、どうして?」
「あなたは生きなくてはなりません。それがこの村のものすべての願い。いいえ、一族、千年の願いなのです」
「え?」
ティナは周りを見渡す。
この村は高齢化が進んでおり、老人ばかりだ。
しかし、一人もおびえることなく、こぶしを握り締め、早く逃げろとティナを見つめる。
その眼差しは普段、みんながティナに向けている暖かいものとは違う。単に優しさではない。もっと重い。まるで自分たちの思いを託すかのようにじっと見つめている。
「さあ、行きましょう」
村人たちの並々ならぬ眼光に気おされたティナの手を引き、レアは走り出す。
東に一歩でも遠く東へと。
暗い森の中、ティナは、母親の手を引いて走っていた。
涙をこらえながら、枝や小石が肌の薄いやわらかな素足に刺さるのも顧みず、ひたすらに走る。
服は、焼けてボロボロで靴もない。それでも追ってから逃げるために一心不乱に走る。
背を向けた故郷はごうごうと燃え、真っ赤な炎が煌々と夜空を照らし出す。
父親もリナルドも村のみんなももうこの世にはないだろう。
うっそうと茂る森の中を行く当てもなくかきわけていくたびに、母親は力を失い、ついには立ち止まってしまった。
「お母様! もっと急いで、あいつらに追いつかれる」
「私を置いていきなさい。ティナ」
「どうして? そんなことできるわけないよ」
レアは服をはだけさせ。背中をさらけ出す。
「嘘。どうして……」
少女は絶句する。レアの背に穴が開き、どくどくと血を溢れさせていた。逃げる途中、魔法による攻撃を受けたのだろう。逃げるのに必死で、ティナは全く気付いていなかった。
「私が、魔法で」
ティナは母親の背中に手を当て、魔法陣を展開し、癒しの光を当てる。しかし、傷口はあまりにも大きく、出血が止まらない。
「お願い、お願い」
「もうよいのです。お逃げなさい。ティナ。あなたはここで死んではいけません」
「どうして? お母さまも一緒じゃないといやだ。いやだよ。お母さまもいなくなったら私、一人ぼっちになっちゃう」
「わがままを言ってはいけません!」
レアは心を鬼にして娘をしかりつける。
「ごめんなさい。私のかわいいティナ。でもこれが、母の、そして一族の願いなのです」
最後の力を振り絞って、泣きじゃくる娘をいっぱいに抱きしめる。
「ティナ。頭をこちらに向けて」
レアはそっとティナの首にペンダントをかける。
ペンダントには七色に輝く美しい宝石がはめ込まれ金獅子と銀狼の彫刻が施されている。
「これ……お母様の大事なペンダント」
ティナはよく知っている。物心ついた時から母親がこのペンダントを常に身に着けていたのを覚えている。
幼い時に、いくらねだっても触らせてすらもらえなかったあこがれの宝物。
「肌身離さず持ち歩きなさい。そして、この言葉を忘れないで」
レアは娘の目をじっと見つめた。
「再び世界を照らす光とならん」
村に伝わる歌に出てくる一節だ。ティナは、意味も分からず、とにかく頷いた。
「いたぞ。向こうだ!」
男の野太い声が、森に響く。
馬のひづめが地を蹴る音が、だんだんと近づいてくる。
傭兵たちは、馬術に長け、何度、姿をくらましても森の中を縦横無尽にかけ、影のように執拗に追跡してくる。
「さあ、お行きなさい。生きるのです。生きて東を目指しなさい!」
レアはティナに背を向けると二度と娘の方を振り返ることはなかった。
ティナは理解した。母親が死ぬということを。そしてその覚悟を決めたことを。
泣き顔を見せまいと、裾で目をこするが、拭っても拭っても涙が止まらない。
ティナは引きずってでも母親を連れていきたい気持ちと、ここで母親と共にいたい気持ちを必死に殺す。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
振り返らず、母の願いを背にただ東へと走った。
「なんだ。母親だけか」
馬に乗った小汚い傭兵の男が侮蔑の視線をレアに向ける。
「おい、お前ら娘を探せ。金髪の娘だ」
「そうはさせません」
レアは傭兵をにらむ。
「どうさせないんだ? お前は別に好きにしてもいいと隊長殿から言われているんでな。好きにさせてもらうぜ」
傭兵は下卑た笑みを浮かべると舌なめずりをする。
「ごめんなさい。ティナ。あなたには伝えきれていないことがまだたくさんあるのに」
「何をぶつぶつ言ってやがる」
「なるべく遠くへ。あなたは我ら千年の願い、なのだから」
レアは魔法陣を展開する。
(愛する私の可愛い娘、母としての願いはただ一つ……)
幸せに生きてほしい。一族の呪いなど関係なく。
「ちっ。まだそんな力が残ってやがったか!」
漆黒の森に火球が爆ぜた。何度も何度も。
ティナはまだ走っていた。
大切にしていた学院の制服は木の枝に引っかかって裂け、煤で真っ黒に汚れている。だが、もはや制服のことなど気にしている余裕もない。
ついには、足が動かなくなってトボトボと歩き始めてしまった。
暗い森の中、ここがどこかなのか、右か左かもわからない。
かすむ視界に、一つの灯りが映る。
森の奥からこっちに向かってくる。
(お母様!)
母親が逃げおおせることができたのかもしれない。歓喜に打ち震えるが、ティナは、呼吸に精一杯で声も出せない。
しかし、ティナの目に映ったのは優しい母親の姿ではない。
恐ろしい形相の男だ。
片目はつぶれ、もう片方の目は吊り上がり、口は耳まで裂けている。おおよそ人間には見えない。
傷だらけの鎧を身に着け、炎のような赤紫色のたてがみをなびかせる漆黒の怪馬にまたがっている。
さっきまで追いかけてきていた傭兵たちとは、一線を画する。瘴気が体からあふれているのを、ティナはその黄金の瞳で見た。
「見つけたぞ。よくぞ。ここまで逃げおおせた。ほう。それが噂の日輪の天眼か。人より夜目が効くってわけだ」
馬上から、男はせせら笑う。
男が何を言っているのか、ティナにはわからない。
悠然とティナを見下ろす男を目の前に、ティナは体を動かすことができず、逃げることもできない。
「ほら、もっと逃げろ。生きようとあがけ、俺にお前の魂の輝きを見せてみろ!」
男は、ティナの周りをゆっくりと回りながら、黄ばんだ鋭い歯をガチガチと鳴らして笑う。
「ほら、生きろ、もっと生きてみせろ。それとも、お前には無理か――――のお前には!」
もはや、男の罵りあざける声も聞こえない。
ティナは目をぎゅっとつぶって恐怖から目を背ける。
「――――手を掴んで!」
五感が鈍くなり、死を受け入れようとした時、その声だけは聞こえた。とっさにわらをも掴む思いで、手を伸ばす。
「おりゃあああ!」
馬を駆る少女が、雄たけびを上げながら、ティナを引っ張り上げ、そのまま走り去る。
「悪運の強い奴だ。千年の悪霊共が、奴を生かそうとしているに違いない。まだまだ楽しめそうだ」
男はティナをそれ以上追わず、高笑いしながら闇に消えた。
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