第4話 魔導機械の軍団兵

「いつの間に!」


 ルチアはティナの手を引っ張り、咄嗟に後ろに飛び退き、腰の短刀を引き抜き構える。

 黒い髪に黒い目。肌は青白く不健康そうだ。少し影のある美男子である。線は細く、丸腰で、どこかのお大臣様のような法服に身を包んでいる。一見脅威には見えない。

 だが、この男、さっきまで誰もいなかった場所に音もなく現れた。


「ご安心ください。皇帝陛下。我々は皇帝陛下の忠実なる臣下にございます」


 そういうと男はティナに向かって跪いた。


「動かないで。皇帝陛下? 何をわけのわからないことを」


 ルチアはひざまずいた男の首元に短剣を突き付ける。

 男は平伏したまま、微動だにしない。

 ここは見たこともないような遺跡ではあったが、この男はさらに得たいが知れない。

 深い森の奥に人がいること自体、驚きだが、この男はティナやルチアと同業というわけではないらしい。

 二人の薄汚れた革鎧とは違い、きれいに黒く染められた絹の法服を着ている。見るからに高級品だ。この服一枚、この非力そうな男から奪って売れば、ティナとルチアは十年、優雅に暮らしていけるだろう。


「ルチア。離してあげて」


 ティナが言う。


「危険よ。何かの罠かもしれないわ」

「でも。暴力はよくないよ。武器も持ってないみたいだし、話を聞いてあげよう」


 ティナは目を潤ませルチアに懇願するようなまなざしを向ける。


「うっ。わかったわよ。でも、そんな、甘いことばっかり言っているといつか足元をすくわれるわよ」

 

 ルチアは短刀を鞘に戻す。

 生まれてこのかた、ずるがしこく生きてきたルチアはティナの純朴なまなざしにめっぽう弱い。 


「それで、あなたは誰なの? この遺跡について詳しいみたいだけど」


 ティナが尋ねる。


「申し遅れました。お初にお目にかかります。私は皇帝陛下より帝国軍を預かる上級軍団長、ベリサリウス。以後お見知りおきを」


 ベリサリウスと名乗る男は立ち上がり、自己紹介をする。

 だが、ティナとルチアにはいまだに意味が分からない単語ばかりだ。


「私どもは来るエルトリア帝国の再興と皇帝陛下のご帰還に備えていた魔導機械の軍団兵マギアマキナレギオーにございます」

「マギアマキナ? ……本当に実在したの? 人間にしか見えないけど」


 ルチアは驚く。

 魔導機械マギアマキナ。人間そっくりに作られた機械の人形。

 かつてこの地に存在した超大国、古代エルトリア帝国で盛んに使われていたといわれる技術だ。

 ベリサリウスは自分をそのマギアマキナだというが、ルチアとティナにはにわかには信じがたい。

 どこからどう見ても人間にしか見えない。

 確かに整いすぎているほどに美形ではあるが、継ぎ目の一つもない。


「では、証拠をお見せしましょう」


 そういうとベリサリウスはおもむろに胸元をはだけさせる。


「きゃあ! え?」

 

 ルチアは少女らしく赤面したが、指の隙間からのぞいた光景に目を疑う。

 ベリサリウスの胸元が扉のように両側に開き、機械仕掛けの心臓が姿を見せる。


「これは魔結晶?」


 ティナはまじまじと機械仕掛けの心臓を眺める。

 ピクリとも動かない鋼鉄の冷たい心臓の真ん中に埋め込まれた魔結晶が光り輝いている。


「嘘。本当にマギアマキナ……」

「信じていただけましたでしょうか」


 こんなものを見せられては疑り深いルチアでも信じざるを得ない。


「ようこそいらっしゃいました。エルトリア帝国の最大にして最高の傑作。帝国再興の最期の希望。黄金の方舟、クラッシス・アウレアへ」


 ベリサリウスは満足そうにしているが、ティナとルチアはまだぽかんとしている。


「……もしや陛下は我々のことをご存じでない?」


 ティナの驚きぶりにベリサリウスは疑問を抱く。


「陛下っていうのが、僕のことなら、僕は何も知らないよ」


 ティナは首を横に小さく振る。


「そちらの従者の方は?」

「じゅ、従者って私のこと? 私はルチアよ。ティナのえっと……」

「友達だよ」

「そう友達よ!」


 ルチアは少し顔を赤らめながらも胸を張る。

 いつもは威張って先輩風を吹かせているが、一匹狼で、ティナが生まれて初めての仲間だ。面と向かって言うとどこか気恥ずかしい。


「なるほど、ご友人でしたか。これは失礼を。私も目覚めたばかりですので何分状況をよく把握できておらず。陛下の」

「陛下じゃないよ。僕の名前は、ティナ・レア・シルウィア。今はただのティナでいいよ」

 

 陛下、陛下と仰々しい呼び名がむずがゆくなったティナが言う。


「陛下の命とあれば、恐れ多くもティナ様と呼ばせていただきましょう」


 ベリサリウスは胸に拳を当てると、ティナに向かってまっすぐに伸ばした。

 これはエルトリア帝国式の敬礼であるが、ティナには理解されなかった。


「どうやら、情勢は想定より大きく変化してしまったようですね。では、ティナ様。立ち話はこのくらいにして奥に参りましょう。陛下の忠実なる臣下がお待ちです」

「奥? どこにも扉がないみたいだけど」


 ティナとルチアは地上から階段でこの小部屋へ降りてきたが、その途中にもそしてこの部屋にもほかに通じるような扉は見当たらない。


「ティナ様。ご友人も。もう少し、こちらへ」


 ティナとルチアは指示通り、ベリサリウスに近づき、さっきティナが乗っていた台座に乗る。

 すると、三人の足元を囲むように光の円が現れたかと思うと、床が丸く抜けて、下へと降りていく。


「「わあああ(きゃあああ)」」

 

 ティナとルチアは経験したことのない体の浮遊感に襲われ、抱き合って絶叫する。

 しばらくそのまま下に降りると、やがて大きな空間に着地する。


「申し訳ありません。どうやら速度調節の魔法陣が壊れていたようですね」

「い、生きてるよね」

「し、死ぬかと思ったわ……」

 

 ルチアは腰を抜かしたティナに手を貸す。


「まさか、地下にこんなに広い場所があったなんて」


 ルチアは上を見上げる。


「ここは皇帝陛下すなわち、ティナ様の忠実なる臣下にして帝国軍、全十軍団の軍団長となるべきマギアマキナが眠る場所。万神殿パンテオン


 ここはまさに神殿だ。

 所々切れてはいるが、魔力を用いて発光するタイプのシャンデリア型の照明が、部屋明るく荘厳に照らし、重厚かつ荘重な巨大な白い円柱が、ドーム型の天井を支えているのがわかる。

 全部で十二本の円柱の間には十二体の神々の美しい彫像が置かれ、その足元には棺のような長方形の箱が置いてある。


「十二の神像。古代エルトリア帝国を守護する十二の神々ね」


 ルチアがドームの壁に書かれた古い文字を読む。


「その通り。そしてここに眠るのは、十二の神器を与えられた特別なマギアマキナ」


 棺はすでに一つ空いているが、これは、ベリサリウスが眠っていた場所だ。


「ちなみに私の神器はこのプルートです」

 

 ベリサリウスは魔法陣を展開し、一本の黒剣を顕現させる。

 錬金術師や鍛冶師、魔道具技師。高い技術力を有する職人たちが、長い時間と莫大な資材をつぎ込んで作り上げる強力な魔法の武器。それが神器だ。魔剣や聖剣と言った方がわかりやすいかもしれない。

 歴史上で英雄と呼ばれた人物たちは否応なく神器の使い手だった。


「神器ってそんなにいっぱいあるものなの?」 


 ティナも神器のことは本で読んだことがある。が、現物を見るのは初めてだ。


「そうね。大貴族様ならいくつも持っていても、おかしくないわ。上級冒険者の必需品でもあるしね。けれど、ものにもよるけど十二個は多いわ」


 古代エルトリア帝国の時代、魔導文明は隆盛を誇っていた。その技術力は現代をはるかに上回るといわれている。現に、古代エルトリア時代から伝わるとされる名物はいくつかあるが、いずれも強力な神器として知られている。

 もしベリサリウスの言うことが真実ならさっきまで、照明用魔道具なんかで大喜びしていたのが馬鹿らしくなるようなお宝がここにはいくつも眠っていることになる。


「さあ、ティナ様。号令を。みな、待ちわびています」


 ティナはベリサリウスに促されて、あの言葉をうたう。

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