第3話 遺跡
ルチアと行動を共にするようになってからというもの箱入り娘のティナには初めての連続だった。何度も逃げ出したくなったが、母親から習った魔法のおかげで何とか乗り越えてくることができた。今では、すっかり冒険者家業、もとい盗賊家業も板についている。
時は戻る。ティナとルチアは慣れた手つきで野営地の後片付けると、道なき道を歩き始めた。
太陽が南中したころ、二人は少し開けた場所にでた。
「地図通りだとこのあたりのはずだけど。なにもないじゃない」
ルチアはがっくりと肩を落とし、悔しさのあまり、地図を握りつぶす。
「いや、見て。ほら、あそこ」
ティナの指さす方、土が盛り上がった場所に、小さな石造りの祠がある。
二人は期待に胸を膨らませ、駆け足で祠に近づく。
「なにこれ。ただの石ころじゃない。遺跡って、もしかしてこれのこと……」
ルチアはがっくりと肩を落とす。
祠が古い時代のものであるのには間違いない。長い時間、風雨にさらされたためか所々崩れ落ち、ひび割れ苔むしている。祠一つあるだけで供え物の一つもない。
「落ち込むのはまだ早いよ。これすごいかも。下に空洞があるよ。かなり広いみたい」
ティナは黄金の瞳を光り輝かせる。彼女には祠の下に巨大な空間があるのが見えた。
昔からティナは人には見えないものを見ることができる。
母親はティナだけの特別な力だと言っていた。ルチア曰く魔眼。
滅多にいないが、特殊な力を持つ目を持った人間が生まれてくることがあるらしい。
自分の目がどんな力を持っているのかはいまいち漠然としているが、夜目が効き、ちょっとした透視能力が使える。盗賊家業には、便利な能力だ。
「うそ……。やっぱり、なにかあると思っていたのよね~」
「調子いいんだから」
お調子者のルチアにティナはいつも救われていた。つらいことを忘れて笑っていられる。ルチアと探検しているときが一番好きな時間だ。
「たいていこういう遺跡には仕掛けがあるのよ。ここだ。あれ? ここをこうで。えい!」
ルチアが祠を叩いたり、引いたりするが、うんともすんとも言わない。
「ルチア。そんなに乱暴にしたらダメだよ。……って、うわぁ!」
祠の下の構造物に気を取られたティナが草に隠れて見えなくなっていた段差につまずいてしまい、前のめりに倒れる。
「いたた」
「まったく、人より余計に見えるっていうのにドジね」
「ありがとう」
ティナがルチアの手を借りて起き上がろうと地面を手でつく。
「わわ!」
すると地面がそのまま、ガコンと沈み込み、丘陵、全体が地鳴りとともに揺れる。
「なっ、なにこれ?」
「でかしたわ。ティナ。大当たりよ!」
ティナが手をついた場所を起点に魔法陣が展開され、まばゆい光と魔力の粒子を放ちながら小高い丘全体を覆う。
ルチアは両手をあげて大はしゃぎでぴょんぴょん跳ねる。
「とまった?」
地鳴りがやむ。ティナはきょろきょろと周りを見る。
「ティナ。あそこ!」
祠の前に大きな穴が開いている。
恐る恐る近づいて、その中を二人でのぞき込む。
「階段があるわ。下まで続いているみたい」
「大丈夫。罠は見当たらないよ」
ティナは黄金の目で危険物がないか注意深くあたりを見る。
「魔物はいない。ダンジョンじゃないみたいね」
古代の遺跡には、往々にして魔物が住み着くものだが、ここは魔物にも見つかっていなかったようだ。
「準備はいい?」
「うん」
ティナとルチアは手をつなぎ、一緒にその階段に足を踏み入れる。
すると両脇のトーチがひとりでに燃え上がり、奥へと順に点灯していく。
「熱くない。かなり高度な魔道具よ。これ」
ルチアはゆらゆらと燃える炎に恐る恐る手を当てるが、全く熱さを感じない。
魔力を動力源とする魔道具なのだろうが、明るさといい、見事な金の装飾といいこんな上等なものは見たことがない。
「すごいわ。これ一本売っただけでも大儲けよ。それがこんなに。扉の奥の宝も全部私たちのものよ!」
目の色を変えて興奮したルチアは一人で階段を下って行ってしまう。
「待ってよ!」
ティナもおぼつかない足取りで、ルチアを追いかける。
「ふぬぬぬぬ。なによ。この扉。開かないじゃない」
ルチアが奥へと続くであろう重厚な扉をどんなに押しても引いてもうんともすんとも言わない。
ようやく追いついたティナは目を疑った。
「僕のペンダントと同じ」
そこには金色の獅子と銀色の狼の紋章が描かれている。
「ええ! 嘘、本当だわ」
ルチアは、考えを巡らせる。
「ティナは元々貴族よね。だったらここは、もしかして、ティナの先祖のお墓?」
ティナは父も母も殺されて、故郷を追われとっくに没落しているが、もとは貴族。いにしえから続く由緒正しい家柄なら、発見されていない古い先祖の墓ぐらいあっても不思議ではない。
「そんな話、聞いたこともないけど」
たいそうな家ではない。小さな村の小領主だ。
だが、あの晩、家族を失った日。村を焼いた傭兵たちはティナを探していた。田舎の村をわざわざ焼いてまでして。なにか理由があるはずだ。
今まで、考えても特に思い当たらなかったが、もし、この遺跡が自分に関係があるのなら何かわかるのかもしれない。
それにここはちょうど故郷の村から東にある。
「お母様が言ってた。肌身離さず持ち歩きなさいって」
生前、母が大切にしていた金と銀のペンダント。
獅子と狼の紋章が描かれているだけで、何の変哲もないペンダントだが、いつも新品のように光り輝いている。
母親同様ティナも大事に扱ってはいるが、先日、転んで地面に擦りつけてしまった時も、かすり傷一つつかなかった。
「そして、こうも言ってた」
ティナがペンダントを外すと壁に近づける。
母親は命がけでティナにこのペンダントを託した。
形見というよりは、何かに使う目的で渡したようにティナには思える。
「世界を再び照らす光とならん」
ティナは母親が忘れるなと伝えてくれた言葉を唱える。
するとペンダントがティナの胸元から浮かび上がり、太陽のごとき輝きを放つ。それに呼応するかのように大きな扉がゆっくりと開いていく。
「すごい。なんて、きれいなの」
「一体どんなお宝が」
あまりにも非現実的な光景にティナとルチアは胸を膨らませ、思わず息をのむ。
不思議と危険な感じはしない。それどころかどこか懐かしい暖かさをティナはこの光に感じていた。
ティナはその小さな手でペンダントをぎゅっと握りしめる。
扉が開いて、小さな部屋が姿を現す。
継ぎ目一つない滑らかな白い石の壁に極彩色の壁画が描かれている。
繁栄した都。そこを行きかう大勢の人々。色とりどりの豪勢な料理。大きな空飛ぶ船。人々と暮らす人形。そして襲い来るドラゴンと逃げ惑う人々。焼け落ちた宮殿。
「この壁画、何かの歴史かしら。絵柄は古代エルトリア様式に似ているけど」
ルチアは仕事柄、古い美術品には詳しい。
知識さえあれば、一見ガラクタに見える価値あるものを見分けられる。
壁画は美しいものだが、部屋の中は何とも寂しく、財宝のようなものは一つも見当たらない。
「なんにもないわね。この台座くらいかしら」
唯一、目を引くのは部屋の中央にある円形の台座。
きめ細やかに彫られた装飾が、それが特別なものであると教えてくれる。
「ティナ?」
ティナは黙ったまま、その台座に吸い寄せられるかのように近づき、のぼる。
『魔法陣起動』
「誰?」
ティナの頭の中に直接、響くかのように声が聞こえる。母親に似た声だ。
『認証中』
ティナの足元、台座から魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと上昇する。
「わわっ。ちょ、ちょっと」
『皇帝因子確認。帝国宝珠、マテル・パトリアエを確認。承認中』
ティナの黄金の髪と黄金の目、そしてペンダントが、台座の魔法陣に呼応するかのように淡い光を帯び、発光する。
『承認。再び世界を照らす光とならん。新しき皇帝陛下に万歳』
「あなたは誰なの? どこでその言葉を」
「お帰りなさいませ。皇帝陛下。お待ち申し上げておりました」
ティナの目の前に突如、現れた一人の男がぺこりと頭を下げる。
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