第6話 軍団長

「……それで、結局ティナやあなたたちは何者なの?」

 

 一人話に取り残されたルチアが問う。

 ティナが没落後に親しくなったこの盗賊少女は皇帝やエルトリア帝国やらには関わり合いがない。が、存分に巻き込まれてしまった以上、遺跡を渡り歩く盗賊のはしくれとしていろいろと知りたくなった。


「それでは順を追ってご説明しましょう。その代わりといってはなんですが、現在の状況をお聞かせ願いますか」

「それなら、ルチアに聞くといいよ。情報通だから。ね。お願い」


 ティナが小さく手を合わせる。


「まあ、いいわ。けど、高くつくわよ」

「えへへ。ありがとう」


 ティナの純真な笑顔に、ルチアはそっぽを向く。


「では、まず私たちから。もう今から千年以上も前のことになってしまいますが、このパンゲア大陸はエルトリア帝国という国のもとで統一されていました」


 ベリサリウスが説明する。

 ティナたちのいるアヴァルケン半島を含む広大な大陸、パンゲア。

 かつて繁栄した超大国、古代エルトリア帝国は、パンゲア大陸の大半を統一した空前絶後の帝国であった。

 帝国は未曽有の平和を実現したが、それも長くは持たなかった。

 高度な魔導文明であったにもかかわらず、建国から長い時間がたち、無数のほころびが生じた。

 疫病や寒冷化により国力は衰え、さらに暗愚な皇帝が続き、民も長い平和の中で堕落し帝国は力を失っていった。ついには、北方からの異民族の大移動の衝撃の前に帝国は瓦解してしまった。


「そこで帝国の未来を思う者たちは考えました。この国には強力な皇帝が必要であると。建国帝ロムルス・レクスのような英雄がいれば、たちまち復興するに違いないと」

 

 そこで帝国は残りのすべての財を注ぎ込み、皇帝の手足となって働く、帝国軍、全十軍団、総勢十万以上のマギアマキナの兵士たち通称『最後の軍団』を作る計画を実行した。

 そして薄れていた帝室の血を守り抜き、ロムルス・レクスに匹敵する英雄の素質を持つ者の誕生を待った。


「私たちは新たなる皇帝の誕生を待って、永い眠りにつきました」


 それから千年、ベリサリウスが眠り続けていたということは、帝国の再興しうる器を持つ傑物は誕生しなかったようだ。


「しかし、ティナ様が現れました」


 皇帝たる最大の条件それは、建国帝ロムルス・レクスが持っていたとされる黄金の瞳、真実を見抜く帝眼を持つこと。


「ティナ様の黄金の瞳はまさしく、皇帝たる証、帝眼にまちがいありません。帝眼の所有者は、歴代皇帝の中でも建国帝とティナ様だけ」

「帝眼。魔眼どころの騒ぎじゃないわね」

 

 この時代でも古代の英雄ロムルス・レクスの物語は有名だ。ルチアもそれなりに知っている。帝眼のことも物語にはある。ルチアはティナの目を魔眼と睨んでいたが、とんでもない。神話そのものであった。


「真実を見抜く目」

 

 母親から聞かされたロムルス・レクスの伝説を思い出す。

 ティナには幼いころから人には見えないものが見えた。無意識的にその目の力を使っていたのだろう。


帝国宝器レガリアを使えることもその証明です」

帝国宝器レガリア?」


 ティナが首をかしげる。


「もしかして、このペンダント?」

「ええ。まさしく、帝国宝器レガリアの一つ、帝国宝珠マテル・パトリアエにございます」

 

 帝国宝器レガリア。帝権の象徴。皇帝の権能に表す神器。帝国最高の兵器でもある。

 ロムルス・レクスの血を受け継いだ皇帝だけが使えるとされたが、帝国も末期になると血は薄まり、置物になっていたようなオーパーツである。

 ティナの持つペンダントは、マテル・パトリアエ(国家の母)の称号を冠した帝国宝器レガリアだ。


「マテル・パトリアエは帝位継承権そのものであり、強力な魔法を大量にかつ高速に使用可能する力があると聞いています」

「私の知っている神器とは格が違うみたいね。そんなのインチキじゃない」

 

 ルチアは各地で帝国宝器の言い伝えを聞いたことがあった。古代エルトリアの威光はまだ消えていない。それどころか、伝説となり、人々の空想の中で楽園と語り継がれている。

 ティナは、神器として永い眠りから目を覚ましたペンダント、帝国宝珠に少し魔力を通すと眩い輝きを放った。


「魔法か。試しに――――って、わあ」


 ティナの指先から爆炎が上がり、難しい顔をして思案を巡らせていたルチアの後ろ髪を焦がした。

 初歩的な発火魔法を使っただけであったが、帝国宝珠とティナの体が共鳴し、あふれ出る膨大な魔力を御しきれずに暴発してしまった。

 ティナは村で暮らしていたころ、これも貴族令嬢のたしなみと母にきっちり魔法を仕込まれていたので、こんなミスはそうそう起こさない。

 それだけ、帝国宝珠は絶大な力を持っている。


「熱っ! 熱い! は、早く消してえええ」

 

 ルチアは後頭部から漂う、嫌な臭いに現実に引き戻された。

 後頭部の炎をから逃れようと走り回る。


「今消すから!」


 慌てたティナはまた下級魔法で水球を出す。

 しかし、コントロールできず、大きな水球が、ルチアの頭上ではじける。

 火は消えたもののルチアは全身ずぶ濡れになってしまった。


「もう、びしょぬれじゃない!」

「ごめん。ごめん」


 と謝りながら、ティナは魔法陣を展開し、これまた初歩的な治癒魔法で髪を元通りにした。それどころか、ルチアの体全体の擦り傷や古傷まで瞬く間に直してしまった。


「すごい」


 ルチアはつるつるになった自分の腕や足を交互になでる。


「お見事にございます」


 ベリサリウスたちも拍手を送る。


「そういえば、私以外の自己紹介がまだでしたね」


 ベリサリウスが言う。


「では改めて私から。エルトリア帝国軍、最後の軍団レギオン、上級軍団長ベリサリウス。ティナ様のおそばにて全軍団の指揮を執ります」

 

 ベリサリウスは胸に拳を当てから、腕をピンと伸ばすエルトリア式の敬礼をする。

 彼は上級軍団長。実質上の最高司令官だ。軍団長たちを統括し、軍団レギオンを動かす。


「……はーい。私は第九軍団、軍団長エル。主に諜報活動をする密偵だよ」

 

 ぼさぼさの青髪の少女エルが、気の抜けた声で言った後、エルトリア式の敬礼をする。

 スカーフで顔の半分を隠しているが、流麗な目元と眉だけでもわかる美少女だ。

 立つのもおっくうだというふうに、ふにゃふにゃとした態度だが、彼女はこれでも立派なスパイマスターである。密偵を各地に放ち、情報収集をすることを得意とする。


「次は私だねっ。私はヘレナ。第十軍団の軍団長だよっ。みんなのためにご飯を作ったり、物を運んだりするよっ」

 

 ヘレナはふわふわとしたオレンジ色の髪を揺らし、元気よく敬礼する。

 くりくりとした目と鼻のかわいらしい少女というより幼女といった風貌でエプロンドレスがよく似合っている。

 だが、これでも立派な軍団長だ。軍団の生命線ともいえる補給部隊を統括するという重要な役割を担っている。

 料理もこなすというが、千年前のレシピしか頭に入っていない。ティナたちの口に合うかは未知数だ。


「第八軍団、軍団長ファビウス。工兵の長」

 

 職人気質な丸禿の寡黙な男、ファビウスが短く言った後、どっしりと敬礼。

 背は低いが、体格はがっしりとしており、樽のような体型で立派な口ひげを蓄えている。

 古代エルトリア帝国は『つるはしで勝った』と称されるほど、優れた土木建築技術を持っていた。

 パンゲア大陸中に都市や城砦、そして今日に至るまで使われ続けている主要な道路はすべて古代エルトリアが築き上げてきたものだ。

 ファビウス率いる工兵軍団も同様の技術を持ち、軍団の勝利に大きく貢献するだろう。 


「第三軍団、軍団長ガイウス。重装騎兵を率いまする」

  

 岩山のような大男、ガイウスは堂々と敬礼する。

 白髪の老人ではあるが、はつらつとしていて眼光鋭く、どのマギアマキナよりも生命力にあふれている。

 この武人が率いるのは軍団の主力、重装騎兵だ。

 強固な全身鎧を身に纏い鉄馬という機械仕掛けの馬に乗って敵軍に突撃をかける。その突破力は帝国軍一を誇り、勝敗を決定づける重要な役割を担う。


「私の名は、ウル。第一軍団、軍団長。第一軍団は、ティナ様のお世話と護衛をさせていただく親衛隊です。以後お見知りおきを」


 赤髪の美女、ウルはすらりとした美しい敬礼する。

 長身で凹凸のはっきりとしたスタイルのいい美女で、目元涼やかで鼻筋がきりっとしている。口調も落ち着いた様子だ。 

 彼女は皇帝たるティナの護衛や身の回りの世話をする親衛隊だ。

 人数は少数だが、皇帝の親衛隊だけあって、高性能なマギアマキナが多く所属する精鋭部隊である。


「私は、ルーナだよ。第六軍団の軍団長。よろしくっ」

 

 ひときわ派手な格好のピンク髪のルーナは、フランクな口調であいさつする。

 奇抜で露出の多い格好をしているが、はっとするような美少女で、なにげない動き一つ一つが、見るものを魅了してしまう魔性の魅力がある。


「第六軍団は、そうだな~。こーんなことやったり」


 ルーナは魔法陣を展開し、弓を顕現させると構えて見せる。


「こーんなことやったりするよ」

 

 腰の刃のついた輪、チャクラムを指で回しながら、宙に飛ばして見せ、腰をひねりながら回転し妖艶に踊る。


「えーと、大道芸をやる軍団?」


 嬉しそうにルーナの技を見ていたティナが尋ね、ベリサリウスが答える。


「いえ、第六軍団は、戦闘部隊です。彼女は劇場出身なものですから」

「もとは踊り子なの。あの頃はすっごい人気だったんだから」


 ルーナは優雅に舞って見せる。


「踊り子ってことは戦闘には参加しないの?」

 

 ルチアは疑問に思う。踊り子として作られたマギアマキナが、皇帝の軍隊で軍団長をやっているというのはおかしな話だ。


「元踊り子ってだけ、ばっちり戦えるよ」


 ルーナがピースサインで答える。

 彼女は民間から軍に徴用された高性能なマギアマキナで軍事用に拐取を受けている。


「お恥ずかしながら、最初から軍事用に作られたのはこの中では、ガイウスとウルだけ。かくいう私ももとは教師型。私も含め他の者は民間の出身です」

 

 軍団の総指揮官であるベリサリウスですら元は民間機。彼は貴族の子弟を教育するための教師型マギアマキナだった。

 帝国末期、その性能を買われ、軍で戦闘もできるように、改修を受けたのち、最後の軍団に加わった。

 一からマギアマキナを生産する余裕がないほどに帝国の状況はひっ迫していた。


「ヘレナちゃんはどこ出身だったの?」


 興味を持ったティナが尋ねる。


「私は、いろんな場所でお料理したよっ。宮廷とかホテルとか、町の酒場でも!」

 

 ヘレナは働いてきた場所を指折り数える。

 彼女もまた、民間からの徴用である。ファビウスも同様に民間の工房からの徴用だ。

 ティナはエルにも聞こうとしたが、すでに居眠りをしていた。

 以上七名。全十二軍団長のうち、目を覚ましたのはおよそ半分。個性豊かで、最高の職人の手で作られたマギアマキナだけあって絵にかいたような美男美女たちだ。

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