おまけ

AFTER RIOT OF GENOME

 ライオットオブゲノムの、その後の話。





 永遠の命を持つ僕らにとって、楽しい日々はあっという間だった。

 仲間といくつかの冒険を乗り越え、新しい命を迎え、別れを告げてからかなりの時間が過ぎた。


 国はもう僕らがいなくても大丈夫。

 シエラブルーの息吹は、たくましいモメンヅルのように、しっかりと国民の心に根付いて行った。

 もうここには、以前のような悲劇は存在しない。


 僕たちが起こした革命のずっとずっとあと、僕とジュダムーアは平和なエルディグタールを出た。

 そして心機一転、まだ見ぬ発見を求め、二人で旅をしている。


 僕は一人、地層がむき出しになった山肌のふちを散策していた。さまざまな性質の堆積物が、美しい縞模様しまもようを描いている。


「ん? これは……!」


 きらりと光った地層の側面に顔を寄せる。

 化石だ。

 地層に触れると、僕の心がおどりはじめた。


 ……ジュダムーアにも見せてあげよう!


 嬉しくなった僕は、テントで昼食の準備をしているジュダムーアの元へと急いだ。

 緑の大地に、純白の長い髪は良い目印になる。

 どうやら、火の横に座って鍋を見守っているようだ。


「ジュダムーア、ジュダムーア! 太古の昔に絶滅したしじみ貝の化石を見つけたんだ! 君は見たことがないだろう? ねえ、ジュダ……ムーア……」


 駆け寄る僕に、ジュダムーアがハッと顔を上げた。

 泣いている。

 真っ赤な鼻で、恥ずかしそうに涙をぬぐった。


「あ……龍人、おかえり。早かったね」


 無理矢理笑顔を浮かべたジュダムーアの手には、本が握られていた。


「シエラママが書いた本?」

「うん……そう。ママの本の……一冊め」


 シエラママは、自分と仲間のヒーロー伝を後世に伝えるため、冒険の度に本を書いた。きっと、子どもたちに楽しんでもらおうと思ったのだろう。

 一生懸命にペンを握っていた、可愛い後ろ姿が目に浮かぶ。


 でも僕から見たら、これは単なる物語ではない。

 ライオットオブゲノム期を忠実に書き記した歴史書として、とても価値のあるものだ。


 そして、僕らの楽しい日々を思い出す、世界一の宝物でもある。


 しかしジュダムーアにとって、一冊めの本だけはそうではなかった。

 心の傷をえぐるナイフのようなものだからだ。

 自分がどれだけ酷い王様だったのか、見せつけられてしまうから。


「大丈夫? 無理しちゃダメだって、言ったじゃないか。無理に過去と向き合わなくても、君は僕にとってかけがえのない兄弟であり、友達なんだ」


 ジュダムーアは、これまで何度も読もうとしてきた。

 自分の罪を、受け入れるために。


 しかし、愛情をたっぷりもらって育ったジュダムーアは、昔と違って感受性がとても高い。毎回大泣きして読めなくなってしまう。

 それだけじゃなく、最後の章に差し掛かると必ず落ち込んでご飯も食べれなくなってしまう。

 一気に10キロ痩せたこともあったので、無理に読まないよう僕はドクターストップをかけていた。


「うん……。ごめん。ありがとう。……実は、龍人に隠れてちょっとずつ読んでいたんだ。それで、今やっと最後まで読んだところ」

「……最後まで読めたの?」


 驚きだった。

 そんな素振りは一度も見せたことがない。


 ずっとジュダムーアを心配していたが、彼は僕が思ったより強かったようだ。

 であれば、逆に干渉しすぎだったということになる。

 僕としたことが、大切に思うあまり、個人的な感情を抱いてしまった。

 医者として客観性に欠いたことを反省する。


 同時に、僕自身が変化したことを、また実感する。


「読んだよ。そしたら……」


 ジュダムーアが最後のページを開いた。

 何も書かれていない、白紙の見返し。


「……? このページがどうしたの?」


 白紙の上を、ジュダムーアがそっと撫でる。

 すると、水色の文字が浮かび上がった。

 シエラママの色だ。


「わ、隠し文字? 魔力に反応するようになっていたのか!」

「そうみたい。ボクたちに向けて、ママが残したんだ」

「僕たちに?」


 ジュダムーアの横に並んで座り、僕は文字を読んだ。

 永遠に生きる、僕たちへのメッセージを。


「……ははっ。ずるいなぁ。ジュダムーアが読み終わらないと見えないメッセージなんて」


 僕は溢れそうになる思いをこらえ、無理矢理笑った。

 なのに、ジュダムーアの赤い目から涙がポロポロこぼれ落ちたせいで、僕も我慢ができなくなってしまった。 


「……ボクのせいでメッセージを受け取るのが遅くなっちゃったね。長い間、待たせてごめんね。龍人」

「全然。だって時間なら、僕たちにはたくさんあるんだから。見つけてくれてありがとう、ジュダムーア」

「ボクも。あの時ボクを助けてくれてありがとう、龍人」


 一緒に生きてくれて、助けてもらったのはこっちの方なんだけど……。

 弟気質のジュダムーアに本心をいうのはなんだか恥ずかしくて、僕は思わず強がってしまった。 


「ま、僕にかかればあんなの朝飯まえだけどね!」

「ふふふっ。そうだね!」


 膝を抱えたジュダムーアが楽しそうに笑う。

 人知れず過去と向き合ってきた彼の笑顔は、とても美しく見えた。


 これ以上涙がこぼれないよう、僕はわざと明るく提案する。


「じゃあ早速ラボに戻って、タイムマシンでシエラママに会いに行っちゃう?」

「えーっ⁉︎ 龍人、それだけはしないって前に言ってたじゃない。ボクが何回頼んでもダメって言ってたのに」

「本人の許可が出たからいいんだよ。それに、未来の僕たちが元気でいるか気にしてるかもしれないし、ジュダムーアも寂しくて我慢できないだろ?」

「とか言って、あんなメッセージをもらったから、本当は龍人が我慢できないんでしょ!」


 ジュダムーアがすねて頬を膨らませた。

 この顔を見ると、ついちょっかいを出したくなってしまう。


「そんなこと言うなら、僕が見つけた化石、見せてあげないから」

「えっ、化石⁉︎ 今度は何を見つけたの?」

「しじみ貝!」

「ボクも見たい!」

「よし、こっちだ! ついてきて!」


 長い時をこえて届いたメッセージ。

 どんな過去も受け入れてくれた人が、その愛情で僕たちの未来を再び照らした。


 まるで、燦々さんさんと輝く太陽のように。

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作者:田中 龍人 中村 天人 @nakamuratenjin

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