タイムラプス

たくあん漬け

第1話:新しい日々の始まり

まだ薄暗い空に、ニワトリのけたたましい声が響く。それと同調するかのように、布団とそれに包まる何かがもぞもぞと動くのが分かった。

「今日は…ちょっと早いなぁ…」

寝起きでまだ少し霞んだ目をこすりながら、北倉アンズは布団から顔を上げた。時計は4:50を指している。

「久下のおじちゃん家のニワトリくんは…もうちょっとねぼすけでもいいと思うよ私は…」

誰も聞くことがないであろう独り言を天井に放ちながら、手慣れた様子で布団をたたみ、お気に入りのパーカーに着替える。いつもと同じ動きだ。最早ルーティンと言っても過言ではない。

服を半分着替えたところで、アンズはあることに気付く。

「そーいや今日は、中学の入学式じゃん…」

『アンズはもう小学生じゃない!』と昨日あれだけ言っていたのにも関わらず、一晩寝ると綺麗さっぱり忘れてしまうようだ。この忘れやすい性格は、どれだけ成長しても治らないだろう。

「もう中学生か…!カンガイ…?深いものだぜ。」

こんな調子の言葉を口にしながら、少し軋む階段を降り、リビングへ向かう。そしてコタツに身体を埋めながら二度寝をかます…アンズのささやかな朝の楽しみだ。

いつもと同じように、肩までしっかり潜り込む。しばらくするとジワジワとお腹のあたりが暖かくなってきて、やがてそれが全身を包み込む…これがもう堪らない。

ここは山の盆地に位置する村、春先でも十分寒い。

そのため秋の後半から春先まで、コタツくんはリビングに居住することを余儀なくされている。

「10分くらい…寝ても…イイヨネ…」

この言葉を最後に、アンズの意識は遠のいていった。



それから一体何分経ったであろうか。遠くから何者かの声が聞こえる。『こっちがこんなに気持ちよく寝ているのに、それを邪魔するのはナンセンスだぞ…』と心の中で反論する。しかし、その声は止まる事なくむしろどんどん近づいてくる。

「……きなさい!起きなさいアンズ!!もう7時半過ぎよ!」

母の声だ。なぜそんなに焦っているのだろう。理解不能だ。

「なんで起こすのさ…こちとら快眠を貪ってたんですけど…」

少し不機嫌そうな目をしながら母を見つめる。何かがおかしいことに気がついた。妙に格好がしっかりしている。どこかへ出掛けるのだろうか?

「おかーさん…何でそんなカッコしてるん?これから出張でもあんの?」

母は半ば呆れた様子で

「今日はお前の入学式でしょ?ほら、無駄口叩いてないでさっさと着替えてホラ!」

と言い放った。

「あー…そっか………アッ!そうだった!!」

ものすごい速度で記憶が再構築されていく。焦りと寒さで手がうまく動かない。それに加え、今着替えているのは初めての制服。ワイシャツを着るだけで5分もかかってしまった。もう残り時間はわずかしか残っていない。朝食の味噌汁を口に注ぎ込み、歯磨き代わりのガムを口に放り込んで、母の車に飛び乗った。

「おかーさん!急いで!快速急行ライナーレベルで急いで!」

「意味分かんない事言ってないで、荷物の忘れ物がないかとか確認しときな!」

我が家から中学校までは約10km、いくら信号がないとはいえ20分はかかる。それなのに残された時間はあと15分、いつもなら「遅刻する」という手段を使えるが、今回ばかりはそうは言っていられない。文字通りの『絶体絶命』だ。

「始まりがこれとか…もう嫌な予感しかしない…」

窓から見える、一面を黄緑色と桜色で染め上げる山々を呆然と眺めながら、アンズはそう呟いた。

こんな感じで、彼女とその友達が織りなす、刺激的で、どこか抜けている中学生活が幕を開けるのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイムラプス たくあん漬け @Takuan-zuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ