フロッキングホームレスのコンビ解散

ちびまるフォイ

不在しがちの家主

「さ、さ、寒い……」


「この時期の外はさすがにこたえるな……」


二人のホームレスは冬の橋の下で震えていた。

いつも根城にしていた駅から追い出されて行くあてもなかった。


「こ、こここ、このままじゃ死んじゃう……。

 どこか暖かい場所へ行かないと……」


「ホームレスの俺たちに行くあてなんてないだろう」


「フ……フロッキングしてみないか……」


「フロッキング? 家主に気付かれないように家に住むやつか?

 馬鹿言うな。こないだそれやった仲間がバレてただろう!」


「捕まったってかまうもんか。刑務所のほうがまだここよりマシだ。

 それに俺たちはふたりいる。片方見張りに立てればバレることはない」


二人のホームレスに残された選択肢などなかった。


二人はまず近くの住宅街を見回って不在時間の多い家を探す。

なにせ時間だけはたっぷりあるので、目をつけた家のルーティーンを把握するなどわけなかった。


「この家にしよう。ほとんど家に帰ってないし、明かりもついてない。

 フロッキングするにはうってつけだ」


「ようし今度は間取りのチェックだな」


家主が不在であることはわかったが、隠れて住めるスペースがあるかどうかは別。

ホームレスの二人は不動産屋を訪れてはさりげなく狙いの家の間取りを確認していった。


「子供も生まれてそろそろ一戸建てがほしいなって思っていて。

 そうだなぁ、あの2丁目の家みたいな感じがいいんですが近い間取りってありますか?」


「でしたらこういうのはいかがでしょう」


「……なるほど」


お互いの情報を統合して、フロッキングできるだけのスペースを確認した。

決行は家主が不在の夜に行われた。


「いくら不在とはいっても見ている人がいるかもしれない。

 片方が見張り、片方が家に住む役になろう」


「待ってくれ。それじゃ見張り役が割に合わないだろ」


「交代交代ですればいい。家主がいなくなったら家から鍵を開ける」


見張り役は通行人がこないかを見張り、もうひとりが家へと侵入した。

家は想像通り広く隠れて住むには十分すぎた。


二人のホームレスによるフロッキング生活が始まった。


「いいか。この家の食料には手を付けるなよ。

 ぜいたくをすればこの家の暮らしを失ってしまうんだからな」


「わかってるって」


見張り役のホームレスと1日おきに交代しながら、屋根の下でこっそり暮らす生活が続く。

痕跡を残せばバレるので表立って水道やガスは使えず、食料は自分たちで補充する。


そして、その食料を運んでくるのはもっぱら外で見張っている側だった。


「ほら、今日の弁当。最近はコンビニも厳しくて……」


「遅いぞまったく。お腹ぺこぺこだ」


「……おい、それだけか? なにか言うこと無いのか?」


「おつかれさん」


家に隠れ住むホームレスはバタンとドアを締めてしまった。

これではまるでパシリ同然だった。


「俺がいなくちゃこの生活もないのに……」


それでも明日になれば自分が家に住めると楽しみにしていた。

翌日、いつまで待っても玄関のドアは開かなかった。


「おかしいな……午前10時には鍵をあける約束なのに……」


結局その日は1日鍵を開けてもらえず、初めて1日おきの交代が崩れた。

次の日にやっと玄関のドアが開けられた。


「おい! 昨日はどうして鍵を開けなかったんだ!

 昨日は俺が家に泊まる順番だっただろうが!!」


「昨日はたまたま家主が帰ってきてて、身動き取れなかったんだよ」


「うそつけ! 俺はずっと外で見張ってた! そんな様子なかったぞ!」


「本当だよ。なぜか家主がいたんだ。それより弁当は?」


「ねぇよ!! お前が自分でとってこい!!」


「……ああそうかよ!」


家に住んでいたホームレスは再びドアを閉めてしまった。


「おいてめぇふざけんな! いつまで泊まるつもりだ! かわれ!!」


ドアを叩いたが返事はなかった。

二人の溝はついに決定的になった。


「それならこっちだって考えがあるからな……」


その夜、外にいたホームレスは家の電気が灯ったのを確認する。

道に落ちていた小石をひろうと、フロッキングしているホームレスの部屋めがけて投げた。


コツン、と小石は壁にぶつかって弾かれる。

何度も何度も繰り返し続けると、窓から見えるシルエットが音に誘導されて2階へと向かう。


一方で家に隠れているホームレスは気が気じゃなかった。


(あの野郎! 腹いせに俺のことバラそうとしやがって!!)


近づく足音に冷や汗が止まらなかった。

止めろと叫ぶこともできない。


たまらず窓を開けて屋根の上に昇る。

ジェスチャーで必死に止めろと伝えても、外のホームレスは石を投げ続けた。


「あっ」


そのひとつが手からすっぽ抜けてあらぬ方向へ。

屋根の上に立っていたホームレスのこめかみを直撃した。


ホームレスは屋根から滑り落ちる。

どすん、という音の後に夜の静寂をつんざく悲鳴が聞こえた。


家の外で聞こえた悲鳴に家主はすっ飛んでくると、

庭で足をかかえて悶絶しているホームレスがいた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「足が……足が……!」


「これは……足が折れてますよ! 早く運ばないと!」


ホームレスの意識はそこで途切れた。

次に目が覚めたときにはベッドの上で寝かされていた。


「ここは病院……か……?」


「気が付きましたか」


「あ、あの! 俺はホームレスで保険証もお金もなくって!」


「そんなこと気にしなくていいんですよ。

 怪我している人を放っておけるわけないじゃないですか」


家主はやさしく微笑んだ。

その人柄にホームレスは自分がこれまで家に潜んでいたとは明かせなかった。


「でも、どうしてうちの庭にいたんですか?」


「自分はホームレスでして。でもホームレスの仲間とケンカしちゃって……」


「それで仲間に足を? ひどい話ですね」


「ええでもいいんです……身から出たサビですから」


「その仲間は?」


「さあ、今ごろどこへ行っているやら。

 カエルのようにどこかへ跳んでしまったのかと」


「そうなんですか」


ホームレスは天井を見上げた。

病院にしては珍しい板張りの天井だった。


「カエルで思い出したんですが、カエルの習性って知ってますか?」


「習性?」


「カエルってね、繁殖期になるとなんでもメスだと思っちゃうんです。

 似た肌質のものにならなんでもメスだとおもって飛びつくんですよ」


「ああ、そうだったんですね。俺も子供ころにコンニャクを川にぶら下げて、よくカエル釣ってましたがそういう習性だったとは」


「面白いでしょう?」


ホームレスは今になって自分の体がベッドへ固定されていることに気づいた。

家主は楽しげに血が固まったままのメスを取り出した。



「だってカエルも人間も大きな目的があると、

 ちゃんと確認しもせずに飛びついちゃうんですから」

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