聖女様は忙しい

白猫なお

第1話 聖女様は忙しい

「ヴィオラ、今日の放課後は私と観劇に行こうではないか、そう、私たちの愛をより深める為に!」

「申し訳ございません、殿下、放課後は聖女見習いとしての仕事がございますので、ご遠慮させて頂きます」


 このお誘いはこの国の第一王子クラウス・ラブリーハウス様でございます。

 平民出身のこの私が、貴族のご子息、ご令嬢が通うこの学園に入学してからというもの、クラウス様は毎日の様に声を掛けて下さっております。


「やあ、ヴィオラ、今日俺、剣術の試合があるんだ。良かったら道場に見においでよ、きっと俺に惚れ直すはずだよ」

「申し訳ございません、ナルジーニ様、放課後は聖女見習いとしての仕事がございますので、ご遠慮させて頂きます」


 この声掛けは騎士団長のご子息であるヘイスティングズ・ナルジーニ様でございます。

 剣術の事など何も分からない私を良く誘ってくださいます。


「やあ、ヴィオラ、良かったら図書室で一緒に勉強をしないか? 君なら僕の隣に座ることを許してやってもいいよ」

「申し訳ございません、ナーバスト様、放課後は聖女見習いとしての仕事がございますので、ご遠慮させて頂きます」


 勉強のお誘いは宰相の御子息であるウォルト・ナーバスト様。

 平民である私の勉学の進み具合を気にかけて下さっているのでしょう、良く誘って下さいます。


 平民の私をこんなにも皆さまが誘って下さるのは、単に私が聖女候補だからです。

 この国は愛の国と呼ばれていて、聖女になる才能を持った者が多く生まれる国でございます。私は10年ぶりに現れた聖女候補。皆様から注目を浴びるのは仕方がない事なのです。


 この国では8歳になると、生まれ持った魔力量と特性を調べられます。それは貴族だけでなく、平民も関係なく調べられるのです。何故ならそれは聖女を探す為でございます。


 聖女の適正を持った子が見つかると、皆家族と離れ教会に預けられる事になります。私も例外なく両親に売られる様に教会に預けられました。両親には今まで聖女を育てていたとして報奨金が降りるのです。その為8歳で別れてからと言うもの、私は一度も両親には会っておりません。今頃はきっと頂いたお金で幸せに暮らしている事でしょう。もう親子では無いと言いきれます。



 そんな聖女の仕事は朝5時から始まります。

 礼拝や掃除が終わり朝食を済ませると、学園に向かう時間となります。学園から戻ったら、聖女見習いとしての仕事、そして夜の礼拝の後、食事をしてやっと自分の時間が持てるのです。

 私は学生ですから夕食後の自由時間は勉学に当てておりますので、就寝は真夜中でしょうか。ですのでとてもじゃないですが、遊んでいる時間など無いのです。

 大変申し上げにくいのですが、多くのお誘いは有難迷惑でしか有りません。


 こう言った忙しい生活が嫌になり、聖女候補の内に結婚相手を見つけ、見習いを辞めてしまう者ばかりがここ数十年と続いております。最後に聖女が出現したのは50年も前の話になってしまうそうです。きっと皆聖女見習いの忙しい生活に耐えられなかったのでしょう。気持ちはよく分かります。


 それに聖女候補は結婚相手として引くて数多なのでございます。

 聖女候補はなんと言っても生まれながら魔力量が多い為、自分の子供の事を考えると妻にと望む方が増えてしまうようです。

 それから聖魔法が使える為、何故か聖女を家族に迎えると繁栄するとも言われております。どこまで本当の事かは分かりませんが、貴族としては家を守る事は大切な仕事になるようで、妻にと望んでしまうのでしょう。


 それからコレは私からは言い辛いのですが、聖女候補は皆見た目が可愛らしく生まれるのでございます。私も他では見ない様なピンク色の髪色に、瞳は金色に輝いております。珍しいと言うだけで注目を集めてしまうのです。こればかりは聖女に生まれ付いたものの性という事でしょう。


 その様な訳で私は沢山のお声がけを頂くのですが、そもそも貴族の子息の方には幼いころから婚約者様がいらっしゃるのです。ですのにそれを差し置いて、友人としてでも二人きりで仲良くお出掛けをするわけには参りませんし、何よりも私にはそんな時間はございません。何度も何度もお断りして居るのですが、それが通じず歯がゆい思いをしておりました。


 そう、ハッキリ言って大迷惑なのです。断る時間でさえ今は惜しいぐらいなのです。

 私はどうすれば誘わられなくなるかを考えたところ、先生に頼ってみようと思いつきました。教師から注意されれば流石に殿下たちも分かって頂けるだろうとそう思ったのでございます。



「クラウス殿下と、ナルジーニ子息と、ナーバスト子息の誘いがしつこい? ヴィオラ嬢、それは本当かね?」

「はい、校長先生。毎日の様に誰かしらに誘われておりまして、お断りをして居るのですが、最近では腕を引っ張られたり、肩を組まれたりと、密着されるようにもなって来たので……少し不安でして……」


 担任の教諭に相談したところ、私が聖女候補だからでしょうか、校長室へと呼び出されました。

 校長先生の指導であれば流石に高位の貴族であるお三方も目を覚まして頂けるはずと、私はそんな希望を持っておりました。ですが校長先生は渋い顔です。


「うーん……ヴィオラ嬢、それは君の思い違い……勘違いじゃないのかな?」

「えっ……勘違い? でございますか?」

「クラウス殿下達はお優しいからねー、平民出身の君の事を気に掛けてらっしゃるだけなんだと思うよ、それを君が重く受け止め過ぎてしまったんだろう? まあ、勘違いは誰にでもあるからこの事は不問に付すけれど、こういった事はあまり大げさにしないでくれるかな?」


 長い物には巻かれろ……という事でしょうか……

 聖女候補といっても私は所詮平民出の候補者です。王族に楯突くなという事でしょうか? 校長室に呼ばれたのも私に釘をさすためでしょう。校長先生の浮かべる笑顔に嫌悪感を感じました。結局は私は聖女候補でしかないのです。今までの聖女候補の方たちもこの様な不当な扱いを受けていらしたのでしょうか? そう思うと聖女になろうとする気持ちが途中で崩れ落ちてしまうのも頷けるような気がしました。


「……畏まりました。ご指導有難うございます……」

「ハハハハッ、まあ、あれだ、君もたまには誘いに乗ってみると良いよ。気が楽になるんじゃないのかな?」


 校長先生の笑い声がとても腹立たしかったのですが、私は頭を下げて部屋を出ました。

 クラウス殿下や、ヘイスティングズ様、ウォルト様は、そのうち力づくで誘いを受けるようにと言ってくるでしょう。今でさえ壁際に追い込まれたり、部屋に連れ込まれそうになったりと、怖い思いをして居るのです。このままでは心休まりません。

 学校側に願いを聞いていただけないのでしたら別の方法を行使するしかないでしょう。

 私はクラウス殿下、ヘイスティングズ様、ウォルト様、三人の婚約者様にお願いをして見ることを思いついたのでございます。




「まあ、それでは私たちの婚約者であるクラウス殿下とヘイスティングズ様とウォルト様が貴女にしつこく纏わりついて困っている……と言いうのですね?」

「いいえ、纏わりつくという程では無いですが……ただ誘われる事が多くて、困っているのは事実でございます」


 本当はクラウス殿下たち三人の行動は迷惑でしかないのですが、流石に婚約者様方にその様な事は言えません。ただ少しだけお諫め頂いたら……と思ったのですが、私のその考えは甘かったようです。


「貴女、聖女候補だからと少し調子に乗っているのではなくって?」

「そうですわ、平民の貴女に声を掛けるのはクラウス殿下たちのお優しさでしょう? それをまるで貴女に夢中になって居る様な言い方をして……」

「悲劇のヒロインぶって殿方からの同情を買うおつもりでしょう? どうせクラウス殿下たちにもそう言って近づいたに違いありませんわ」


 貴族のご令嬢と言う事でプライドが高かったのでしょうか、私の言葉は受け入れては頂けませんでした。自分たちの婚約者が聖女候補とは言え、平民出の女に夢中になって居るなど認めたくなかったのかもしれません。ですが、もし私がどなたかの婚約者を選んだ場合、彼女たちは婚約解消となってしまう可能性があるのですが、このままで大丈夫なのでしょうか? まあ残念ながら自己中心的な殿方ばかりなので、私はどなたも選ぶ気は毛頭ございませんが。


 ですが私はこの事がきっかけで学園中のご令嬢から嫌われ、目の敵にされてしまい、しつこいいじめが始まったのです。


 ですがそこは世間知らずなご令嬢の方たちばかりでしたので、物を隠されたり、足を掛けられたり、嫌な噂を流されたりとはしましたけれど、所詮学園内止まりでございました。流石に聖女候補を表立っては攻撃できなかったのでしょう。けれども学園内での私の生活は益々息苦しくなりました。


 聖女候補として学園の成績を落とすわけにも参りませんし、殿下たちのお誘いもまだ続いたままでございましたので、私は親代わりである神殿の大司教様にご相談させて頂くことにしました。

 流石に大司教様ならば私の話を聞いて下さり、何か提案をして下さるとそう思ったのでございます。


「聖女見習いヴィオラ、では君は学園で迷惑を被っていると言うのだね?」

「はい……私には聖女見習いとしての仕事がありますし、学園での勉強もございます。クラウス殿下たちのお誘いは大変申し訳ないのですが私には迷惑でしかないのです。それにご令嬢方には私が数多くの男性たちをたぶらかしていると噂をたてられておりますし……この様な状態のままでは聖女候補としての見習いの勉強を続けるのは厳しいかと思い、大司教様にご相談させて頂きました」

「ふむ……そうか……では、聖女見習いを辞めるかね?」

「えっ……?」

「君が聖女にならなくてもまた数年経てばこの国ではすぐに聖女候補は表れる、我々は君が聖女にならなくても別に構わないのだよ。それよりもクラウス殿下たちのお心を癒して差し上げるのも君の一つの役目ではないのかな?」


 フフフ……と微笑まれた大司教様の表情を見てゾッとしてしまいました。

 きっと今までも聖女候補達は見習いのうちにこの様な選択を迫られていたのでしょう。

 私は平民出身の聖女ですから、多少は馬鹿にされる事も蔑まれる事も覚悟しておりました。ですが今までは男爵家や子爵家出身の聖女候補が多かったと聞きます。彼女達は貴族であるからこそ、この様な状態に耐えられず見習いを辞めて行ったとしか思えません。


 私は大司教様の部屋を後にしながら、必ずや聖女になりこの国の王に今の現状をお伝えしようと心に誓いました。聖女になれば王と並ぶだけの権威を受けることが出来ます。後世の聖女候補の為にも聖女見習いの生活を良くしなければならないと決意したのでございます。


 そして私は一心不乱に勉学と聖女見習いの仕事に励みました。

 クラウス殿下や、ヘイスティングズ様、ウォルト様のお誘いは、出来るだけ学園で顔を合わせないようにして乗り切りました。他のご令嬢の傍に居れば流石に殿下たちも婚約者がいる手前、大っぴらには私を誘えません。それからご令嬢たちの嫌がらせは、なるべく各教科の先生の傍に行き、休み時間は質問をする事で時間を潰し乗り切りました。教科書などはいたずらされないように普段から全て持ち歩き、どなたにも私の持ち物は手に入らないようにしたのでございます。





 そして学園での三年の月日が無事に過ぎ、私は間もなく卒業を迎える時期となりました。

 ですがここでもまた殿下たちの有難迷惑な行動が発動されたのです。


「ヴィオラ、君は私たちの婚約者にいじめられているというでは無いか! 私は卒業パーティーで彼女たちを断罪しようと思う!」

「ヴィオラ、俺達に全て任せてくれ、君への愛を卒業パーティーで示して見せよう」

「ヴィオラ、僕達が証拠はきちんと集めるから安心して欲しい、君のその手首の怪我だって階段から突き落とされた物だろう? 君は全て僕達に任せておけば大丈夫だから」


 頭が痛くなりました……


 ご令嬢たちからのいじめは私の言葉がきっかけだったかもしれませんが、原因はクラウス殿下達が婚約者様を蔑ろにして、私を誘うからでございます。その事を棚に上げて、それも祝いの席である卒業パーティーで断罪をすると言うのですから。これ以上ないほどの醜聞となることでしょう。

 これまで同様巻き込まれたくない私としては、クラウス殿下達がパーティーのパートナーとしてお誘い下さるのを何とかお断りし、卒業パーティーに出席することを諦めました。とてもじゃありませんがもうこれ以上、私を思っての行動という名の身勝手な行いに、迷惑を被るのはウンザリとしていおりました。ですので私は誰にも迷惑を掛けない様、ひっそりと学園を卒業したのでございます。


 学園を卒業した後、聖女見習いのとしての過程も全て終え、私は遂に50年ぶりの聖女となることが出来ました。

 庶民に向けてのお披露目を前に、王の御前に赴き挨拶をする日が参りました。聖女となった今でもクラウス殿下達からは手紙や貢物が届いておりますが、丁寧な返信と共に全てお返しさせて頂いております。これ迄の生活の中で彼らの危険な思考回路は理解しておりますので、一度でもプレゼントを受け取ってしまえば、それが婚約だと騒がれてしまうかもしれません。触らぬ神に祟りなし……彼らとは今後も出来るだけ接触しない方が良いでしょう。お互いの身の為でございます。



「ふむ……、そなたが50年ぶりに聖女となったヴィオラか……面を上げよ」


 聖女になったとはいえまだ式典の前、それに聖女は王と対等の扱いになるとはいっても所詮建前の事です。私は平伏して王の御前に赴きました。元より対等でいようとは思っておりません。私の望むことはただ一つ。聖女候補の生活改善でございます。今日はその事を王に注進させて頂こうと思っていたのです。その為顔を上げた時はこれ程ない緊張が体を走りました。


「おお、これはこれは稀代の聖女は中々の美人では無いか……どうだ、今日からそなたを私の妾にしてやろうか?」

「王、それはなりません、既にヴィオラ様は聖女と認定されております。せめて式典が終わってからでないと民衆から反発が起きてしまうでしょう」

「ふむ……そうか……では式典の後、半年ほど聖女の仕事をさせてから我の妾としよう。まあ、聖女など居てもいなくてもこの国には変わりの候補は幾らでも生まれてくる、ヴィオラがずっと聖女でい続ける必要など無いだろう。良いな、皆の者、その様に手配するように」

「畏まりました」


 これが私がこの国に幻滅した瞬間でした。


 結局この国には聖女など居てもいなくても良いという事でしょうか? それにこの国では聖女は幾らでも変わりが生まれると王は思っておりますが、それは確実なのでしょうか? もし私の後に聖女候補が生まれなかったとしたら? この日の事を王は悔いる日が来るのでしょうか?


 王がこういった考えならば、今まで会った他の方たちも似た様な考えなのは納得出来ます。

 まだ私を好きだと仰ってくれていたクラウス殿下たちの方が、押しつけがましい善意ではありましたが、人としての心があるような気がします。

 国のトップである王があのような考えではこれからも聖女候補の生活は変わらない事でしょう……


 それ故に私はある決断をしたのでございます。






 聖女お披露目の式典の日、各新聞社から私は取材を受けました。

 これ迄の見習い時代の話や、学園でのこと、そしてこれからの聖女としての活動内容など、色々な話を聞かれました。そして私はある一社の新聞社にとある物を差し出しました。それは私も含めた歴代の聖女候補が身に付けていたペンダントであり、録音魔道具で有った物です。


 正式な聖女にならなければそのペンダントに録音された話の内容を聞くことは出来ず、私はこれ迄ただのペンダントだと思っておりました。けれど、50年前の聖女様が残してくださったこの魔道具には、これ迄の聖女候補が受けてきた数々の記憶が残されていたのです。


 この国一番の大衆紙の新聞記者に内容を聞かせ、私は式典の後この国からそっと姿を消しました。


 聖女を失った国……それが今のあの国の呼び名でございます。







 あれから数年が経ち、私は聖女としての活動をしながら世界中を回り、聖女候補の少女を見つけては弟子にして育てております。隣国には私を支援し、応援して下さる方達がいて、聖女候補用の神殿を準備してくださいました。そこで引き取った少女達を聖女見習いとして教育し、その子達は数年で皆聖女として立派に成長し、活躍しているのでございます。


 そして私の故郷であった愛の国は、あの後聖女を虐げていた事が大衆紙によって国中に広がり、民衆から暴動が起き、あの当時の王は退位し、第一王子のクラウス様が若き王になったそうでございますが、悲しい事に今だに国では内乱が絶えないそうでございます。


 あの国では新たな聖女も生まれる事がない為、それが原因で国があれているのでは無いかとも言われておりますが、それはもう私の預かり知らぬ事でございます。

 今の私は聖女見習いの教育に忙しいため、あの国に戻ることは二度とない事でしょう。


 そう聖女は常に忙しいものなのですから。

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