はじめましての距離
森陰五十鈴
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「この子にしよう」
夕飯の買い物でたくさんの車が出入りするスーパーマーケットの広い駐車場。その一角を借りて、大きめの白いバンが停まっている。周囲には、十数匹の犬猫たち。白いのも、黒いのも、大きいのも小さいのも、仔犬も成犬も問わずリードに繋がれて、或いは組み立て式の囲いの中に入れられて、買い物客たちの目を引いていた。
そして、彼らを見守るように立つ、三人の大人たち。壮年の男性一人と女性が二人。服装はそれぞれだが、みな共通して揃いのオレンジのビニールのパーカーを羽織っている。背中には犬と猫のシルエットに挟まれて『アニマル縁』文字が印刷されている。
里親探しのボランティアの集団であることを容易に予想させた。
事実、ここにいる犬猫たちは、動物保健所で保護されている動物たちだ、と私はボランティアのおばさんから聴いた。みんな、行き場を失くした子たちなのだ。
私は、犬好きだった。猫も好きだが、断然犬派。父方も母方も祖父母が犬を飼っていて、遊びに行くたびに構っていた。
私自身もいつかは、と思ってはいたけれど、両親は共働きだし中学生の私も部活で忙しくて、毎日のお世話は難しい。なによりアパート暮らしで、一応ペットは禁止。犬を飼うなんて夢の話だった。
――そうだと思っていた。
土曜日。午後三時まで掛かった部活が終わり、母親の買い出しに父と共に付き合ったスーパーマーケット。その買い物帰りに見かけた白い犬と、黒い犬。どちらも雑種であることは明らかで、白いのは顔は日本犬なのに胴が長くて片方の耳が折れている。黒いのは一見甲斐犬のようだけれども、毛が長めでボサボサ。大きいけれど一歳には満たない、そして悪く言えば見栄えのしないその子達は、きっと雑種という理由で捨てられてしまったのだろう。
けれど、そういう子達こそ、私の好みのど真ん中だった。
セーラー服のままであることも忘れて、お菓子に釣られた子どものようにホイホイされて、撫でさせてもらって、でもそれだけでお別れだろうな、と少し残念に思っていたら、「連れて行こう」と母が言い出した。
「え、嘘っ!? 良いの!?」
犬を飼うことそのものよりも、アパートの規約が気になって問い返せば、
「お隣だって、ビーグル飼ってるじゃない」
当たり前のように母が返すものだから、ますます驚いた。確かにお隣は、ペット禁止のアパートで公然と犬を買っているけれども。
私と同じく犬好きの父も母に同調していることから、犬を飼うことは最早決定事項になっていて、呆然としている間に、女の子の白いほうを貰っていくことになっていた。
ずっと憧れていたことなのに、なんだか夢を見ているような気分で青いリードを引き取った。
軽く引っ張れば、躊躇いがちに小さな白い足が隣に並ぶ。
駐車場はアスファルト敷きなのに足下はなんだかふわふわしているし、よく晴れた夕焼けはなんだか白っぽいしで、やっぱり夢心地のまま、一緒に古いセダンの後部座席に乗る。
布張りのシートに一人と一頭並んで車に揺られているうちに、じわじわと胸の中が熱くなってきた。
ずっと憧れていた、犬のいる生活。
当分叶わないと思っていた夢が、今日突然降ってきた。
濃紺の襞スカートに白い毛がたくさん付着しているのを見ると、口もとがにやにやと歪んでいく。
その隣に視線を移せば、太腿の隣、触れるか触れないかの距離で置かれた白い足。
さらに横に目を向ければ、シートの上で身体を伏せてそっぽを向いたすまし顔。
ふわふわのしっぽをお尻にピッタリと付けた様子は、若干の緊張感を漂わせていて。
そっとお腹に触れてみれば、温かい毛並みの下で、お腹が早い周期で膨らんだり凹んだりしていて。
車の振動が怖いのか、それとも新しい家族に戸惑っているのか、どっちだろう、とますます唇が歪んでいく。
散歩は朝晩。ご飯もあげて、トイレのお世話もして。
しつけだってきちんとして。
ただでさえペットは難しいと思っていた生活だったから、お世話は間違いなく大変だろう。
でも、この子だって生き物なのだから必ずこなすのだ、と上目遣いでこちらを窺う茶色の瞳に決意する。
――それは、気付けば
はじめましての距離 森陰五十鈴 @morisuzu
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