リアルの
オープンチャットのメンバーに初めましてと告げ、しばらく会話を楽しんだあと、俺は、スマホからふいと目を離す。自分の部屋からでて、水を飲みにとキッチンへ向かう。そこから見えるリビングを見回すと、誰もいない。母はなくなった食材を買い足しに、こんなご時世だから1人でスーパーマーケットに向かった。父は、すっきりと片付けられた寝室で、PCに向かって何やら話している。弟は、隣の部屋で会えない友達とフォートナイトのチャット機能を使い、けらけらと楽しそうに笑っている。静かとは言えないリビングに俺は静けさを感じる。先ほどまで騒がしいネットにいたため、余計に。俺は急いで自分の部屋に入った。
ぱたん…
扉を閉める音さえも、俺が独りだということを伝えてくるようで、静かにベッドに座り、年に似合わないラブリーな、ふわふわなぬいぐるみを抱きしめる。そしてダークブルーのワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み、ガンガンに静かを打ち砕こうとする。
ピロンッ
LINEがくる。日茉利か…?オプチャの誰かか…?
通知に薄目を開けると、花音からだった。
「らいと〜、暇ーっ!!!から、かのんちゃんが遊んであげゆ」
羽柴花音はリア友で、同じクラス。しかも出席番号が前後と、話す機会も多く、LINEでもよく話している。
眠い目をこすりつつ、優しい音で静かから救ってくれた(?)花音に返信するべく、LINEを開き、たぷたぷと画面を撫でる。
「ありゃとーwあ、そういえば昨日のあのアニメ見た?」
そううっていたが、何か違う気がして全文ころころと音を立てて消す。頭に響く音が嫌になり、ミュートボタンを押す。無音でキーボードに指を滑らす。
「ありがと〜w
てか俺今圧倒的癒し不足だから、おまえんちの犬の写メ送って?🥺🥺」
しゅこんっ
「………はぁ」
LINEを送り、息を吐く。
リアルでもちゃんと友達や話し相手はもちろんいるが、最近は新型ウイルスの流行のせいでほとんど会えない。
「…つまんね…」
ぬいぐるみに顔を埋める。何故だか涙が頰をつたう。最近はよくある。ストレスやらのせいだと勝手に思っている。が、きっとひまりが抜けたせいだろう。
昨日の、よく晴れた午前中、ひまりが急にオプチャを抜けた。
理由は、手術をするらしい。
もともと体が強くなく、そのせいでオプチャを始めたとかなんとか言っていたが、今回大きな手術をするらしく、一旦抜けるそうだ。
「みんなへ
ごめんね、手術があるので一旦抜けます。みんなと話すの、すごく楽しかったよ!手術の成功は20%だって。まぁ絶対戻ってくるし、戻って来なくてもオプ卒した、ってことにしといて〜笑がんばるね!またね!!」
明るく振る舞われていた。直前までそんなことには触れずに他のメンバーと話していたようだ。彼女のリア友は知っていたらしく、抜ける前日からたしかに静かだった。俺はそんなこと全く知らなかった。その時は呑気に洗濯物を干していて、抜けた後に気づいた。すごくすごくすごくびっくりして、呆然と立ち尽くしていた。だが、昼ごはんはちゃんと食べられた。
何かで、
「君がいなくなったって、ご飯は美味しい」
と聞いたが、本当にその通りだった。
俺はその日祈るしかなくて、なのに宿題も黙々としていたから普段より早く終わった。
憎らしいほど青く澄んだ午後の空を眺めつつも、ひまりの、
「明後日の夕方には戻って来れると思う!」
という言葉を信じ、ただただ必死に祈るだけの俺がいた。
春の、苦い、あれ。 かなた @osabutokanata
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