援軍きたる!? 鬼ノ城の行く末は……?。

 桃太郎の子孫と犬、猿、雉の数多の軍勢に取り囲まれ、風前の灯火の鬼ノ城。


 四月一日から始まった獅子奮闘の籠城戦は功を奏せず、四月八日を以て落城を間近にする鬼達の士気は下がる一方だった……。


 兵站を完全に断たれた上に、決着を楽観視して数日分の兵糧しか備蓄していなかった為、見る見るうちに城内の備蓄の食料が欠乏した。


 鬼の棟梁の美ぃ助の思惑とは裏腹にして、食にありつけない鬼達の固い結束は脆くも瓦解し、遂には腹ペコになった鬼達が鬼ノ城を脱走する事例が頻発していた。


 桃太郎側へ投降した鬼達は、敵軍に歓待され贅沢なほどの料理で接待を受けているようだった。


 城門間近で吉備団子や桃の実を鱈腹食べる姿をわざとらしく晒した挙句、飢餓に苦しむ鬼ノ城へ開城を迫って来るからだ。


「早く根を上げて投降しろよ。桃が好きなだけ食べられるぞ。白桃は頬が落ちる程に美味いな」


 城内の櫓で虚ろな目をして立ち竦む美ぃ助。


 城外見れば、頬を桃色に染めてふっくらとしている鬼達。城内を見れば、マスカット色に血色が悪く瘦せ細って弱るガリガリの鬼達に苦慮するばかりだった。


 焦る美ぃ助の心境は如何なものか。


 汜水関の戦いで、勝ち誇っていたはずの孫堅軍が味方の補給を受けられず、飢餓に苦しむ自軍の姿をその目に映して苦境に立たされ事を絶望する様相と同様。


 負けは決した。ここは城兵を助ける為に清水宗治の様に潔く腹を切る。


 いいや、そんなけったいな心境は描けないはず。


 武士の鏡になれる訳が無い。腹切れば痛いし、血が出るし、飯も食えない。ここは素直に桃太郎に負けを認めて、独立を勝ち取るよりも目の前の吉備団子や桃を早く食べたい。


 きっとこれが本音で正解であろう。


 その本性をまざまざと現す美ぃ助は、櫓から身を乗り出して城内よりも城外の鬼達に目を奪われ、涎を垂らす醜態を晒しているからだ。


 そんな美ぃ助からは、かの天下人豊臣秀吉が弄した残虐非道な攻城戦、『三木の干殺し』、『鳥取の渇え殺し』、に肩を並べる様な、『鬼ノ城の桃飢え殺し』に何て壮絶なものに発展する事は絶対にないだろし、断じて想像できない。


 美ぃ助は、人参を目の前にぶら下げた馬の如く、周りが全く見えず櫓の手摺から落ちそうにしている。哀れであろう。餌につられるとは……。


 城外の鬼達に向かって降伏を口にするのも時間の問題かと思いきや、美ぃ助に助け舟を出す輩がいる。


 それは、雨ダヌキその人であった。


 美ぃ助の背後に立ち、肩をチョンチョンと人差し指で小突く。


 ハッとして振り返る美ぃ助は、驚愕していた。


 それは突如として何処からともなく湧いて出た雨ダヌキに驚いた。いいや、恐らくその容姿からだろう。


 栄養満点を示す様に頬を桃色に染めて、血色が良い生気漲る肌。

 でんぶりと服の上からでも満腹度合いが分かる小腹。

 一番に目につくのは、ここ岡山を出立する時は、なだらかな斜面だった胸が突如として膨らみを増大させている。それはまるで桃からマスカットメロンへと変貌するマジックの様でもあった。


 雨ダヌキは二マリと屈託のない笑顔を浮かべている。


 それは吉報を齎したからだろうか。


 いいや、口元には吉備団子を食した証である黄な粉が余すことなく塗られ、手にしている紙袋には、広島のお好み焼きの空箱と赤いメガホン、出雲蕎麦の空箱、下関のフグの鍋セットの空箱、博多明太子の空箱や博多ラーメンの空箱。


 どれを取っても明らかに地方の名物料理を美味しく食した。佐賀に行くまでに美食探訪してきたよ。と、言わんばかりだった。


 美ぃ助は驚きを隠さず開口する一番で口にしたのは、「雨ダヌキ、その豊満な胸はどうした?」だった。


 雨ダヌキは言う、「北九のコトさんに腕がいい美容整形外科クリニックを紹介してもらったんだ。肥前のロンさんに失礼じゃない。綺麗にしておかないとさ」だった。


 美ぃ助は唖然とする中で、

「その行動の意図意味は良く分からないが、何となく移動経路が分かった。それよりも頼みの綱のゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人は? この苦境を打破する援軍はどうしたのか?」と問う。


 問いに答える雨ダヌキは何故か豊満な胸を強調していう。


「うん、大丈夫だよ。安心して!」


「何が!?」


 と、問い返す美ぃ助は、作り物の豊満な胸にドギマギして目を泳がせながら頬を桃色に染める。


「出雲大社で縁結びの神様に戦勝祈願したし、萩で科学技術を駆使した仲間に声かけてオイモとチゲの戦車の洗車要請を頼んだし、マツダスタジアムでメガホン片手に懸命に成って赤ヘル軍団に援軍を投げ掛けたんだ。それにさ……」


 噛み合わない話を耳にする中で、美ぃ助は苛立ちを募らせては色々とツッコミを入れたい。


 まず、縁結びの神様に戦勝祈願は間違っている。次に戦車の名前は間違っている。挙げた名前は食べ物だろうが、オイとチトかチヌが正解だ。それよりも動かさず洗車してどうする。最後にマツダスタジアムで懸命に投げ掛けたのは、声援と応援。


 仕事が出来ない雨ダヌキに苛立つよりも、肝心な肥前さが県からの援軍はどうしたのかと、問い詰めようとした時だった。


 どう言う訳か雨ダヌキはニヤリとして、「あれを見てよ」と人差し指を天高く掲げて、それは天を突かんとばかりに威勢だけは良かった。


 その指の動きに併せて、釣られた美ぃ助は空を見上げると、即座に呆然とした。


 それは、佐賀インターナショナルバルーンフェスタの熱気球、いいや、銀色に輝く巨大なUFOの母船だったからだ。


「えへへ、ちゃんと仕事したよ。決して道草食って、ううん、初めてのお使いの様にただ道に迷った訳じゃないんだ。車の運転はお世辞にも上手じゃないけど、ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人は車よりも見事に動かして、連れてきた」


「おお、でかした雨ダヌキ。今までの事はサラッと水に流そう」


 と感嘆の声を漏らす美ぃ助。そして、城内城外から味方敵からも驚愕の声が大きく響き渡る。


 図に乗って有頂天になる雨ダヌキは続け様に言う。


「どうだろう、この胸も器量もドーンと大きいんだ。先ずは、飢えに苦しむ同胞の為に、援助物資を投下するね」


 パチンと軽快に指を鳴らすと、UFOの下部が大きく口を開き、プリンがギッシリと詰まった巨大なプリンの容器とコーヒー牛乳で満たされた巨大な牛乳瓶が数多と投下されてきた。


 歓喜に湧く美ぃ助だったが、直ぐに顔を曇らせた。


 そう、投下される援助物資の数々は、巨大さもさることながらパラシュートすら付いておらず、敵味方双方に無作為に投下されるからだ。


 最早それは援助物資の恵みの雨霰と言うよりは、敵味方を押しつぶす絨毯爆撃だった。


 戦場は一気に大混乱をきたす。


 ドカ、ドスン、ドバーンと、重苦しい爆発音に似た大音響が鳴り響くことを止めない。泡を食って叫び声を張り上げて逃げ纏う敵味方同士。


 それを鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見詰める雨ダヌキ。


 そして援助物資の後にフワリフワリと数多のゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人が降下してくるが、上空で何故か滞空浮遊して留まる。


 その光景は異様過ぎる。


 雨ダヌキは、ぽんと掌を叩くと、言う。


「ああ、ごめん、ごめんね。ゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人は、犬アレルギーだった。肝心な事を忘れてたよ。てへへ」


 と、舌をチョロッと出して、てへぺろする。


 いや、いやいや、そこじゃないよね。この戦場は完全に間違っているよね。と、頭を抱えて混乱する美ぃ助の心境はそうであったに違いが無い。


「この混乱の収拾はどうするつもりだ!」と美ぃ助は問う。


「あ、うん。私は急用を思い出しちゃたからさ。ごめんね。後は適当に収めてね。私、存外適当だからさあ」


 と、悪びれていう雨ダヌキは、謝りながらゾン・ヴィラン・ド・サ・ガ星人を引き連れて母船へと吸い込まれる様に姿を消した。


「雨ダヌキ!? 逃げるのか? ならば俺も一緒に! カンバック、雨ダヌキ!!」


 との美ぃ助の声が虚しく響き渡るだけだった。


 雨ダヌキに見捨てられ、混乱する戦場に虚しく残された美ぃ助は、決断した。


 動ける仲間達を多数見繕って威勢よく馬に騎乗すると、頭の中に関ヶ原の西軍の姿を思い出す。そう、島津義弘が徳川家康の本陣へ敵中突破する時に魅せた島津の退き口の光景だ。


 馬の手綱を引き、鬼ノ城の城門を開くと、敵本陣目指して……いいや、まだ騒動が起きていない鳥取方面を目指して落ち延びる。


 心中には、雨ダヌキは、役に立つのか立たないのか分からないグレーゾーン。だがしかし、混乱を増長させた挙句に鮮やかに逃げやがったのは、事実。


 言いようのない蟠りを抱えて、口にするのは、


「是非に及ばず。夢幻の如く……織田信長の気持ちが良くわかる様で、分らんわあ!!」


 と、叫び狂い、混乱に乗じて我武者羅に鳥取を目指した。


 独立を目指したばかりに散々な目に合った事への後悔の念を飛ばしながら――。

(了)

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燃ゆる鬼ノ城 美ぃ助実見子 @misukemimiko

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